恋人を始めませんか?
白猫なお
第1話 恋人を始めませんか?
「エリザベス・ヴィルクザーム侯爵令嬢、私は君との婚約をここにて破棄させて頂く!」
この言葉は、先日の王家主催の重要な夜会の席で、小国の王子であるアレックス・チャーミングが、筆頭侯爵家の令嬢であり自身の婚約者である、エリザベス・ヴィルクザームに向けた心無い言葉であった。
エリザベスとアレックス王子は幼いころからの婚約者で、幼馴染だった。
二人は恋人と言えるような甘い雰囲気は持ち合わせては居なかったが、それでもエリザベスはいずれ王妃になった時には信頼関係という名の下、王となるアレックス王子を支えて行けたらとそう思っていた。
アレックス王子を支えるため、幼いころから始まった厳しい王妃教育にも耐え、王子の婚約者として恥じぬようにと学業も手を抜かず頑張っていた。
婚約者のアレックス王子は言葉には出さないながらも、そんなエリザベスに多少なりとも感謝し、国を背負って共に歩む婚約者として認めてくれているだろうとエリザベスはそう思っていた。
けれど……
あの日、その期待は大きく裏切られる事となった。
二人がラブリン学園の中等部に入学すると、アレックス王子は王城での教育をさぼる様になり始めた。
「それはエリザベスに覚えさせれば良いだろう! 私には他にも大切なことがあるのだ!」
それがアレックス王子の口癖となり、エリザベスの王妃教育は益々大変な物となっていった。
貴族の名前から、他国との繋がり、下手したら各国の王家の方の趣味まで……
小国は、大国、中国の王族に対し、間違いで無礼を起こすわけには行かないため、際限なく覚えることがエリザベスにはあった。アレックス王子はそんな事は重要では無いと、覚える気も起き無い様で、エリザベスの細い肩には大きな重圧がのしかかっていた。
(これも全て国の為……我がヴィルクザーム侯爵家の令嬢としての務め……そして婚約者であるアレックス王子を支えるため……)
そう思い、エリザベスは遊ぶ時間も年ごろの少女としての楽しみもすべて捨てて、王妃教育に捧げ、注ぎ込んできたのだ。
それなのに婚約者であるアレックス王子はアイラ・ボニー男爵令嬢にそそのかされ、エリザベスに婚約破棄を言い渡したのだ。近くでエリザベスの頑張りを見ていた一番の理解者だと思っていたのに、それは呆気なく崩れ落ちた。
あの夜会でのアレックス王子に対するエリザベスの失望感はもの凄い物だった……
アレックス王子は他国の貴族も多く集まる場所で、婚約破棄にとどまらず、言いがかりも甚だしい断罪を始めてエリザベスを追い詰めた。
アレックス王子の誤解を解こうとしても、彼は初めからエリザベスが悪だと決めつけ、聞く気も無いような有り様だった。
こんな愚か者の為に自分は大変な妃教育に耐えて来ていたのか……と思うとやるせなさが募った。
(ああ……もうどうなっても良いですわ……)
例え傷物令嬢として蔑まれる様になったとしても、アレックス王子の元へ嫁ぐよりはずっとマシなはずだと、エリザベスが全てを諦めた瞬間、一人の王子が助けに入った。
その方はオリオン・エレティック。大国の王子だ。
オリオン王子は高々小国の侯爵家の娘であるエリザベスに「友人として付き合いたい」と申し込んでくれた。エリザベスは王妃教育のたまもので令嬢として感情を隠すことに長けているが、この時だけは驚きが隠せなかった。
そしてオリオン王子はあっという間にアレックス王子の愚かさと、アイラ元男爵令嬢の禁断の魔法を摘発すると、エリザベスが傷物にならない様にと、夜会のダンスに誘ってくれたのだ。
「友人から始めませんか?」
あの言葉でエリザベスがどれ程救われたか。
あの場に居た令嬢達にはエリザベスは羨望の眼差しで見つめられ、大国にもエリザベスの素晴らしさは知れ渡っていると、オリオン王子が言ってくれた事から、小国の侯爵令嬢としてだけでなく、素晴らしい淑女として他国の貴族からも認められる事になった。
エリザベスにとっては人生最悪の夜から、最高の一日に変わった瞬間だった。
そして勝手に婚約破棄を試みたアレックス王子は、微かにアイラの魅了の魔法が掛けられていた事もあり、一ヵ月の謹慎と、アレックス王子責務でエリザベスとの婚約を解消する事になった。
それとアレックス王子は18歳の成人の義で王太子になる筈だったのだが、これが撤回され、まだ幼い弟王子が王太子になる事がほぼ確定し、そしてヴィルクザーム侯爵家への賠償は、いずれ譲渡される筈であったアレックス王子の領地を譲り渡す事で取り決めとなった。
つまりアレックス王子は領地も持たぬ名ばかりの王子になったのだ。王になる道も閉ざされ、領地もない王子……残されている道はどこかへ婿養子に入るぐらいだろう。
ただしアレだけの事をしでかしたのだ、受け入れ先が見つかるかは誰にも分からない事だった。
そして禁断の魔法で人々を魅了し、自分の思い通りに他人を操っていたアイラは、北の修道院送りとなった。瞳に魅了の魔力が込められていた為、使えない状態にされてから修道院に送られたらしい。アイラは最後まで自分の罪は認めず「私はヒロインなのよ!」と喚き散らかしていたそうだ。
北の修道院はとても厳しい場所だと言われている、あのアイラがそんな場所で生きていけるかは、エリザベスの預かり知らぬ所であった。
オリオン王子が友人宣言をしてくれてから、エリザベスの周りは変わった様に思う。
王妃になる為に受けていた教育も無くなり、自由になった事もとても大きい。
それに両親があの夜会の後、エリザベスの事をとても心配してくれた事が何よりも嬉しかった。
いずれは王妃になるのだからと距離があった両親も、今はエリザベスの事をとても甘やかしてくれている。
アレックス王子の愚かな行いを、婚約者として止める事が出来なかった自分が、こんなにも幸せになっても良いのかとエリザベスは悩むときもあるが、今はただ前を見つめ、普通の令嬢に戻れた時間に感謝し、自分を取り戻して行きたいとそう思うのが精一杯なのだった。
「エリーおはよう」
学園に着いたエリザベスに元気に声を掛けてきたのは、伯爵令嬢のソフィア・アミ―ガスだ。
ソフィアは騎士団長子息のジェイコブ・シャサールの従姉妹でもある。
学園生活で、アレックス王子の婚約者のご友人としての地位を目当てに、エリザベスの周りにいた令嬢達は、エリザベスがあの夜会で断罪されている時に誰も助けには来てくれなかった。
勿論この国の王子であるアレックス王子に逆らえなかったという理由もあるかも知れないが、エリザベスが無実を訴えた時に、せめて傍にいてくれたら今もまだ友人と思えたかも知れない、けれどエリザベスは都合のいい時にだけ寄ってくる様な彼女達とはもう話もしたくない気分だった。
そんな時、学園で皆が腫れものを触る様にエリザベスを傍観している中で、ソフィアは「あの夜会の時はエリザベス様は立派でしたわ」と声を掛けてくれたのだ。
夜会でエリザベスの友人として名乗りを上げてくれたオリオン王子は異性だ。
オリオン王子の従者であるジェイコブやフィンレーそれにディランと行動している中に、侯爵令嬢であるエリザベスが女性一人で傍にいるのは悪い噂になる可能性もある。
その事もあって気を遣ってくれたオリオン王子が、ジェイコブの従姉妹であるソフィアに声を掛けてくれたのだと、後から内緒だと言ってソフィアがこっそりと教えてくれた。
「でもエリーと友達になりたかったのは本当よ。私ずっと憧れていたんだから」
本当の親友になる為に隠し事はしたくないと、ソフィアはエリザベスにオリオン王子の事を話してくれたのだ。ソフィアの友情とオリオン王子の優しさに触れ、傷ついていたエリザベスの心は温かくなった。
(またオリオン様に助けられてしまったわ……)
婚約者でもない、ただの小国の侯爵令嬢に優しくしてくれるオリオン王子の友人として、その名に恥じない様に、エリザベスは強く前を向いて行こうと決意したのだった。
けれど、勿論それを気に食わない人物も出てくる訳で……
「あら、婚約破棄されて直ぐに大国の王子に言い寄る様な浅ましい方が平気な顔で学園に来てますわ、空気が汚れて嫌ねー」
アレックス王子の不義の上で、婚約解消になった事は貴族ならば誰もが知っている事なのに、エリザベスに嫌味を向け噛み付いてきたのはスカーレット・ネニーザッチ侯爵令嬢だ。
ネニーザッチ侯爵家はエリザベスのヴィルクザーム侯爵家に次ぐ家で、スカーレットはアレックス王子の婚約者候補の一人にも上がっていた令嬢でもあった。
けれどアレックス王子が自ら選んだのはエリザベスで、この学園での成績もスカーレットは到底エリザベスには敵わない。その上今はオリオン王子とエリザベスは友人として仲が良い、同じ侯爵令嬢としては悔しくて仕方がないのだろう。ここぞとばかりにスカーレットは婚約破棄をネタにエリザベスを攻撃してくるのだ。
エリザベスはアレックス王子の婚約者だった時だって、代わってくれるならその座をスカーレットに譲りたいぐらいだった。今もなお目の敵にされてはエリザベスは困るだけだ。
けれどスカーレットが狙う相手がオリオン王子となると話は違ってくる。自分の窮地の際に守って頂いたオリオン王子には、侯爵令嬢として品のないスカーレットには近づいて欲しくなかった。
(自分の我儘なのかもしれないけれど……)
スカーレットとその取り巻き達がエリザベスの前に立ちはだかると、ソフィアがサッとエリザベスの前に立ち、スカーレットから守る様にしてくれた。
友人の勇気ある行動にエリザベスは嬉しくて胸が熱くなった。
以前エリザベスの傍に友人顔で居た令嬢たちは、今スカーレットと共にエリザベスの前に立っている、エリザベスが相手にしなくなったのでスカーレットに乗り換えたのだろう。所詮その程度の付き合いだったのだ。何にも惜しくはなかった。
「スカーレット様、お言葉ですが、エリーに非が無い事は王家が保証しておりますのよ、貴女はそれに異議を唱えるのですか?」
「なっ! 貴女、私くしに意見を言うの? 私は侯爵令嬢なのよ、貴女は所詮位の低い伯爵風情でしょ、生意気なのよ、控えなさい!」
「ここは学園の場ですわ、家格は関係が無いと思います。それに、スカーレット様が仰る通りならば貴女こそ侯爵家筆頭のエリザベス様に意見など言えないのではないのかしら?」
「なっ! なんて生意気なのっ! 私くしを侮辱するなんて!」
スカーレットが持っていた扇子でソフィアを打とうとしたため、エリザベスはハッとしてその間に入り込んだ。大切な友人を自分の問題で傷付けるなど許せなかった。
しかし打たれて痛みを感じるはずのエリザベスの体には、何の衝撃も走らなかったのだった。
「これは、これは、美しいご令嬢が扇子を振り回してどうしたのかな?」
間に割って入って来たのはオリオン王子だった。
美しい赤い瞳でスカーレットを見つめ、エリザベスとソフィアを守る様に立っている。
突然の大国の王子の登場にスカーレット達は顔色が悪くなった。
「こ、こ、これは……その……」
「ネニーザッチ侯爵令嬢、もしかして虫でも飛んでいたのかな? 私の友人を守ってくれて有難う。では失礼するよ」
オリオン王子は魅惑的な笑みでスカーレットたちに挨拶をすると、エリザベスの手を取りその場から離れた。スカーレットたちに対して怒りが収まらなさそうなソフィアも、従姉妹であるジェイコブやそれにフィンレーとディランに促されて、二人の後を付いてきていた。
スカーレット達と距離を取ると、そこでやっとオリオン王子は口を開いた。
「エリー大丈夫だったかい? 怪我はない?」
心配そうにエリザベスを見つめるオリオン王子に、エリザベスはホッとして笑顔を返した。
ソフィアは「私の事は心配じゃないのかしら?」と小さな声でジェイコブに話しかけていたが、友人として二人の邪魔はするつもりはない。折角のいいムードなのだから。
「オリオン様……また守って頂いて有難うございました……」
オリオン王子のルビーの様な美しい瞳に見つめられ、エリザベスは頬が熱くなるのを感じた。
友人とはいえオリオン王子はとても優しい、傷物令嬢の自分には勿体ないほどの人だ。それに先程も、非があるはずのスカーレットの事を責める事はしなかった。
オリオン王子は誰にでも優しい人なのだ、淡い期待は持たないようにしようと、エリザベスは自分の気持ちに蓋をした。
「何度だって守るよ、君は私にとって大切な人だからね。そうだ、エリー、良かったらこれを貰ってくれるかな?」
「これは?」
オリオン王子が差しだしたのは赤い宝石が入ったペンダントだった。
そしてオリオン王子はエリザベスの瞳の色と同じペンダントを胸元から取り出して見せてくれた。
自分の気持ちに蓋をしたばかりなのにエリザベスはときめいてしまう自分が分かった。
「友人の証として、君へのプレゼントだ。私と色違いなのだけど受け取ってくれるかな?」
「……はい……有難うございます……あ、あの……」
何故私くしにこの様な物を? とエリザベスが勇気を出して問いかけようとしたところで、オリオン王子は今度はソフィアの方へと向きを変えた。
「ソフィア、君にもだ。色は君の瞳の色にさせてもらったよ」
「えっ? わ、私にもですか?」
ソフィアは困った様な表情を浮かべ、チラッとエリザベスの方を見てからペンダントを受け取った。これではプレゼントに友情以上の思いが無いと言われている様だ。
オリオン王子はエリザベスの事を大切にしているようで、本気では無いのかもしれない。何と言っても大国の王子だ、この国の貴族とは余りにも身分が違い過ぎるのだから。
「それから、ジェイコブ、フィンレー、ディランにも」
「「「えっ?」」」
「君たち三人も私の友人だろ、どうか受け取ってくれるかな?」
「「「あ、有難うございます……」」」
三人は嬉しかったのだろう、少し頬が赤くなって居る様だった。
”大国の王子の友人の証” これがどれだけの効果があるかは皆貴族なので良く分かっている。
けれど……エリザベスとオリオン王子の様子を見ていると、何故か素直に喜べない皆だった。
「……オリオン様……あの……大切にいたしますね。有難うございました……」
「ああ!」
エリザベスは例え友達としてしかオリオン王子に意識されていないとしても、それでも構わなかった。今はとても幸せ。多くは望まずこの方の傍にいさせて頂こうと、素直に笑顔を返したのだった。
☆☆☆
「ふわー、今日もエリたんマァジで可愛かったなぁー」
帰りの馬車の中、オリオン王子は思わず本音を呟いていた。
気が付けばゲームの世界である『胸キュンキュン。恋ラブ愛ラブ♡プリンセス ~私の瞳はあなたの為に~』に転生していたオリオン王子は、10歳の時にその記憶を取り戻した。
それからと言うもの、大好きなキャラであった悪役令嬢のエリザベス・ヴィルクザーム侯爵令嬢に会う為、自分のチート能力を高め、やっとあの夜の婚約破棄の現場に何とか間に合うことが出来たのだ。
ゲームの世界ではオリオン・エレテック王子というキャラは、隠しキャラだった為、下手したらエリザベス・ヴィルクザームに出会う事が叶わない可能性もあったのだ。
その為オリオン王子は努力に努力を重ね、誰も口出せない程の立派な王子となり、やっと自由を手に入れ、このエリザベスが居る小国に留学することが出来た。
その努力が合って、あの夜会の場でオリオン王子は願い叶ってエリザベスに友達申請出来たのだ。今自分史上最大級の幸せを満喫していた。
同じ学園にエリザベスが居る。
もうこれはオリオン王子にとってはご褒美でしかなかった。
(エリたん、マジかわ! 俺、デレ期到来!)
帰りの馬車の中、エリたんことエリザベスの今日の様子を思いだし、窓の外を見ながらにやけるオリオン王子は、外から見れば夕焼けに微笑みを向ける美しい王子にしか見えない。
そう顔面チート能力を爆発させ、誰もが見惚れる様な王子を演出している。
まさか心の中では鼻の下が伸びているなど、今のオリオン王子を見ても誰も信じないだろう。
「オリオン様、心の声が出ておりますよ……」
オリオン王子の呟きに逸早く反応したのは、この小国の騎士団長の子息であるジェイコブ・シャサールだ。武術大会でオリオン王子と出会い、今は護衛騎士として傍に居る。
あの夜会の日はこのジェイコブにとっても記念日となった。そう尊敬するオリオン王子の従者だと堂々と名乗れる様になったからだ。
あの気難しい騎士団長の父でさえ、オリオン王子の事は認めている。今では「自慢の息子だ」とジェイコブの事を褒めてくれるようにもなった。あのアレックス王子の傍に居たままではあり得ない事であっただろう。
「はー……だってさー、今日もエリた……ゴホンッ、エリザベス嬢はすっごく可愛かったんだよー、思わず口に出しちゃっても不思議じゃないだろう。ああ、本当にエリザベス嬢と友達になれて幸せだなー」
馬車の中でオリオン王子の従者であるジェイコブ、フィンレー、ディランは困ったように顔を見合わせた。オリオン王子が余りにも呑気すぎるからだ。
「オリオン様、そんな悠長にしていて良いのですか?」
「何が?」
「何がって、勿論エリザベス様の事です」
「えっ? エリザベス嬢? えっ? それってどう言う意味?」
ぽかんとしているオリオン王子を見て、従者三人は流石に呆れてしまった。まさかこれだけあからさまにエリザベスに好意を抱いているのに、今の危機的状況に気が付いていないとは……オリオン王子ともあろう人が頭まで幸せボケになってしまった様だ。従者達三人はまた顔を見合わせると、主人に苦言を申した。
「宜しいですか、エリザベス様はあの事件がキッカケで、今一番注目を集めている令嬢なのです。つまり沢山の婚姻の申し込みが集まっているという事です」
「えっ? なんで? だってエリザベス嬢は婚約破棄したばかりじゃないか……」
三人は大きなため息をついた。完璧なオリオン王子に、まさかこの様な欠点があったとは……
どうやらオリオン王子は好きな相手に対して、グイグイと迫れないようだ。
きっとエリザベスが婚約破棄したばかりだから様子を見ていたという事だろう。これはオリオン王子の優しさだ。けれど他の者達はそれこそそこを狙って居るのだ……
「だって、普通は六カ月ぐらいは様子を見るものだろう? それでなくてもエリたん……あー……エリザベス嬢は傷ついているのに……」
「それは次の婚約発表を少し間を置いてから行うという事でございます。実際は今もう既にエリザベス様への婚約の申し込みは沢山集まってきているでしょう。早い者でしたらあの事件の夜からすぐに申し込んでいる事も考えられます。きっとヴィルクザーム侯爵はオリオン王子がエリザベス様と友人宣言したことから、二人の様子を今の所見守っているのだと思われます……ですがそれもいつまでもとは参りません。なんせ良い婚約者というのはすぐに決まってしまうのです。エリザベス様は適齢期、ヴィルクザーム侯爵もオリオン様の今日の様子では、いつまで友人でいる状態を良しとするかは分かりませんよ」
「俺……いや、私の今日の様子って?」
「ペンダントです。我々やソフィアになど渡さず、エリザベス様だけにお渡しすればよかったのです。それだけでも違いましたのに……」
「だって、しょうがないだろう……君たち三人だってソフィアだって、私の大切な友人なんだから……」
ジェイコブとフィンレーとディランは「うっ……」と言いながら胸を押さえた。
オリオン王子は修行の甲斐あって顔面チートが凄い、儚げな様子で ”大切な友人だ” なんて言われてしまったら、例え男同士であってもときめいてしまう。
そして何よりもアレックス王子の側近の時ではあり得ない程の、従者への愛情に胸打たれた三人なのだった。
そのオリオン王子と言えば心の中で焦っていた。エリたんこと、自分の大好きなキャラだったエリザベスと友達になったことに浮かれまくっていたが、まさかもう既に他の男たちに狙われていたとは思いもしなかったからだ。
(うおー! そうだよな、エリたん美人だもんなっ! それにスタイルだって滅茶苦茶いいし、性格だってゲームと違って素直でいい子だし。皆が夢中になるのも当然だよな! ヒロインじゃないからって油断してたぜー! 俺のアホ―!)
グワーッと言いながら頭を抱えてしまったオリオン王子に、気持ちを落ち着けた三人はまた話しかけた。出来れば自分達の主人には幸せになって貰いたい。この恋を従者三人でまとめて見せようと決意した。
「オリオン王子、出来れば早めにエリザベス様にお気持ちをお確かめ頂くのが一番かと思います」
「えっ……ええっ?! それって告白するって事?! だって、だって、断られたら……」
そう断られたらもう友人として傍に居ることが叶わなくなってしまう。
ここまで長い間、待って、待って、やっと会えたエリたんなのだ。振られるよりも今のまま友人でいた方が……と思ってしまう中身ヘタレのオリオン王子なのだった。
だが、従者三人にはなぜ振られるとオリオン王子が思っているのか理解が出来ない。
大国の王子と言うだけで、この国のどの貴族の令嬢だって良い返事しかしないだろう。その上このチート爆発の見た目だ。すでに好きな相手がいたってオリオン王子を選びそうな物なのに、その上で絶体絶命の夜会で助けに入ったヒーローの様なオリオン王子の事を、エリザベスが断るとは思えなかった。
勿論それは守って貰った恩返しとかそう言う事ではなく ”惚れてまうやろ!” という事である。
だが、オリオン王子はくねくねして、ハッキリとはしない様子なのだった。
「だって俺……いや、私はエリザベス嬢の好みのタイプとは正反対だろう……?」
「好みのタイプ?」
「そう……エリザベス嬢の好みは、アレックス王子の様な風貌なのだろう……私は正反対じゃないか……」
従者三人はキョトンとした。
一体誰がそんな事をオリオン王子に吹き込んだのかと、アレックス王子との婚約は子供の頃にアレックス王子がエリザベスを選んだから決まった物だ。決してエリザベスの好みのタイプだからとかでは無い。
大体家臣であるヴィルクザーム侯爵から申込むのも無理がある、まあ打診ぐらいはするかも知れないが、あの娘を溺愛しているヴィルクザーム侯爵ではまずあり得ないだろう。
「オリオン様、エリザベス様は決してアレックス王子を好んで居た訳では無いかと思います……」
「えっ? そんな訳は……」
「何方に話を聞いたのかは存じませんが、エリザベス様もヴィルクザーム侯爵も渋々アレックス王子との婚約を受け入れていた様に思われます」
「えっ? だって……」
そうゲームの中ではエリザベスがアレックス王子に一目ぼれして、父親であるヴィルクザーム侯爵に頼み込み無理矢理婚約をもぎ取ったのだ。
そして年ごろになり、学園で自分の婚約者であるアレックス王子と、仲良くなっていくヒロインのアイラ・ボニー元男爵令嬢に嫉妬し、いじめ、遂に婚約破棄される形となるはずだった……
しかし――
オリオン王子が留学前の王国に居るときから、エリザベスの素晴らしい噂は流れて来ていた。
決して悪役令嬢だったゲーム内のエリザベス・ヴィルクザームでは考えられない事だ。
(胸キュンキュン。恋ラブ愛ラブ♡プリンセス ~私の瞳はあなたの為に~の世界とは変わってるのか? そうだよな……あのヒロインだって、あんなひどい女じゃないはずだもんな……)
「なあ、ジェイコブ、フィンレー、ディラン、正直に答えてくれ……俺って……いや私は、エリザベス嬢に相応しいだろうか?」
主人であるオリオン王子に問いかけられた三人は、アレックス王子の傍に居た時と違い、嘘偽りなく答えた。「勿論です」と――
(よっしゃ! 明日絶対にエリたんに告るぜ!)
と決意を固めたオリオンなのだった。
そして翌日学園へと息巻いて登校すると、オリオン王子と従者三人衆の所へ、ソフィアが駆けつけてきた。その顔色は悪く、令嬢にあるまじき様子で慌てて居るのが分かる。一体どうしたのかと思えば、恐ろしいことを口にしたのだ。
「オリオン様、エリーの姿がどこにも見つからないのです!」
オリオン王子に人生最大の衝撃が走った瞬間だった。
☆☆☆
エリザベスはいつものように朝早くに学園に登校した。
教室に飾られている花の水を変え、図書室に行って今日借りる本を選ぶ、それが妃教育が無くなってからのエリザベスのルーティンだ。
友人であるソフィアとは、毎朝図書館で待ち合わせをして居る、朝のこの時間が今はとても幸せだ。
昨日オリオン王子から貰ったペンダントを、胸元から取り出した。
父親であるヴィルクザーム侯爵に昨夜このペンダントの事を聞かれた。どうやらエリザベス付きの侍女が報告したようだ。「オリオン王子に頂きました」と答えれば、父は「そうか……」とだけ納得したように呟いていた。
(勘違いさせてしまったかもしれないわ……)
友人としての証のペンダント。
けれどエリザベスのペンダントはオリオン王子の瞳の色だ。
それだけで父親が勘違いするのは分かる。けれど……エリザベスはそれ以上何も言えなかった……
(オリオン王子には、友人としてしか見られていないのに……私はずるい女だわ……)
もしオリオン王子にエリザベスと婚約の意思がなければ、父はすぐに次の婚約者を見つけてくるだろう。エリザベスは今年16歳。もう年ごろだ。
本来ならばアレックス王子との婚約お披露目を今年するはずだったのだ。それが無くなった今、出来れば次の婚約者の事など考えたくはなかった。
それに……確実にオリオン王子に惹かれ始めている自分に気が付いているのだから……
「エリザベス」
後ろからふと声を掛けられて、エリザベスが振り向くと、そこには思いがけない人物が居た。
「アレックス王子……」
エリザベスが最後に見た物は、卑しい笑みを浮かべる元婚約者の姿だった。
「アレックス王子、話が違いますわ、私くしが学園迄お連れすれば、エリザベス様を城へ連れていって断罪するのだと仰ったではありませんか、これでは誘拐に拉致監禁ですわ。我がネニーザッチ侯爵家にもどんなお咎めがあるか――」
「五月蠅い! 黙れ、バカ女!」
「きゃあっ」
バシッと叩く音がしてエリザベスは気が付いた。
頭が重く痛い。きっと何か薬をかがされたのだろう。
うっすらと目を開けると、横たわるスカーレットと、それを睨みつけるアレッシオ王子の姿が見えた。
そう言えばそろそろアレックス王子の謹慎が開ける頃あいだ。アレックス王子は謹慎部屋を出されたことでスカーレットに取り入ったのだろう。毛嫌いしているエリザベスの本当の罪が見つかったとでも言えば、スカーレットならば騙されそうだ。何て言ってもアレックス王子を好きだったのだから。
「酷い……女性をぶつだなんて! 貴方なんて王子失格よ! お父様に言いつけてやるんですから!」
「黙れ! 殺すぞ!」
「ひぃっ」
痛む頭の中でエリザベスは自分の現状を把握した。
後ろ手に縛られてはいるが口は塞がれてはいないようだ。場所も学園の裏小屋の様だ。余り人は寄り付かない場所だが、最悪大声を出せば気付いてもらえる可能性もある。ただし、令嬢としての体面は失うかもしれないが。
エリザベスは地面に横たわるスカーレットを睨みながら、罵声を浴びせているアレックス王子に声を掛ける事にした。約束の時間にエリザベスが図書室にいなければ、ソフィアが探してくれるだろうと信じていた。
それに……きっとオリオン王子たちも……
「アレックス王子、女性に暴力を振るうのはお止め下さい……」
エリザベスの声を聞くと、アレックス王子はニヤつきながらエリザベスに近付いてきた。スカーレットは泣きじゃくり壁際に避難した。初恋の相手からの酷い仕打ちに相当ショックを受けているようで、普段の気丈な様子は見られなかった。
「エリー、エリザベス、私の愛しい恋人……」
アレックス王子はそっとエリザベスの頬に触れ、瞳を覗き込んできた。触られたその瞬間エリザベスは全身に鳥肌が立つのが分かった。元婚約者と思うのも嫌な程アレックス王子の事を嫌っている自分に気が付いた。もう二度と会いたくはない人物だった。
「アレックス王子、お離し下さい、何故このような愚かな行いをされたのですか?」
愚か、という言葉にアレックス王子は強く反応し、美しいはずのその顔を酷く歪めた。
「あのバカ女から、君とオリオンって言う大国の王子の噂を聞いてねー。私の愛しい婚約者が他の男と仲良くやっているなんて許せるわけが無いだろう、君は私と結婚し、この国の王妃になるんだから……」
「アレックス王子、私達の婚約は貴方のご希望通り破棄することとなりました。私くしの事を婚約者と仰るのはお止め下さい」
「ああ、エリー、私がアイラに騙されたから拗ねているんだね。でももう大丈夫、私は君との真実の愛に気が付いたんだ。だから何も心配いらないよ、これからも変わらず、今まで通り仲良く過ごしていこう……」
全く話の通じないアレックス王子にゾッとした。エリザベスが婚約者に戻れば以前の自分の立場を取り戻せるとでも思っているのだろう。笑顔を浮かべるその瞳は、全く笑って居ないようだった。
エリザベスは元婚約者の立場としてアレックス王子に現実を突きつけた。
「アレックス王子、貴方はアイラ・ボニー男爵令嬢に騙され、婚約者であった私くしとの婚約を、外国の大使が大勢集まる、国にとって重要な場で愚かにも破棄し、嘘の罪迄作り上げて断罪しようとされました。これは王子以前に一貴族としてもあり得ない程の愚かな行いです。私くしが例え婚約者に戻ったところで、貴方のその罪が消えるわけではありません、今一度自分の置かれている状況を――」
「五月蠅い! 五月蠅い! 五月蠅い! どいつもこいつも同じ様なことを言いやがって! 俺はあの女に騙されていただけなんだ! 悪くない! 悪くないんだ!」
「……アレックス王子……」
癇癪を起しだしたアレックス王子にそっと声を掛ける、あの夜に自分が手放してしまった物の重さを認められないようだ。これは王子として甘やかされてきた弊害だろう。彼もまた被害者なのかもしれない……とエリザベスは少しだけ同情をした。
「……エリザベス……一緒に死のう……」
「……えっ……」
「そうだ、真実の愛を引き裂かれた婚約者として共に逝こうじゃないか……」
アレックス王子が剣に手を掛けた瞬間、それを止める者がいた。
「そんな物は真実の愛ではない!」
「なっ、お前は!」
「オリオン様」
オリオン王子は鍛え抜かれた技術を使い、あっと言う間にアレックス王子の腕をねじり上げた。
痛がるアレックス王子を従者三人に放り投げると、オリオン王子はエリザベスに駆け寄り、手枷を素早く外した。
「エリザベス、ケガはないかい? 遅くなって済まなかった」
「……オリオン様……有難うございます……」
うっすらと涙を浮かべるエリザベスが余りにも可愛らしくって、オリオン王子は思わず抱きしめてしまった。怖かったのだろう、少し震えているエリザベスは、小さく華奢な体をして居た。
二人の様子を見た従者達は喚き散らかすアレックス王子を小屋から引きずり出し、そして小屋の片隅で小さく震えていたスカーレットは、ソフィアが救護室まで誰の目にも触れないように連れて行った。
二人きりのチャンスを、オリオン王子は物にした瞬間だった。
(エリたん、いい匂い、マジでホッソ。肩とか折れそうじゃね?! かわええ! 俺役得じゃね?)
「あ、あの……オリオン様……もう、その……大丈夫ですので……」
「あ、ああ、ごめ……いや、済まない! 気が動転してしまって」
「い、いえ……」
貴族のご令嬢をぎゅっと抱きしめていたことに気が付いたオリオン王子は、すぐにエリザベスから離れたが、そこで目にしたエリザベスはものすっごく可愛かった。
頬だけでなく首や手まで真っ赤にし、相変わらず瞳は潤んでいる。もう一度抱きしめたい気持ちを抑える為にはチート能力がなければ無理だっただろう。それ位エリザベスは破壊力満点だった。
「あ、あの……オリオン様……どうしてこの場所が?」
「あ、ああ、このペンダントは魔道具になっていてね。私の恋しい相手の元まで案内してくれたんだよ」
「……恋しい……?」
「あ、ソフィア達のは友人としての物だよ。恋しいのはエリザベス、君だけだ……」
「……オリオン様……」
オリオン王子は膝をつきエリザベスの手を取った。
「エリザベス嬢、お願いです……どうか私の恋人になっては頂けませんか? 私は貴女の事を愛しています。どうか私と恋人を始めて頂けませんか?」
「オリオン王子……はい……喜んで……」
こうしてオリオン王子とエリザベスは無事に恋人同士になる事が出来た。
罪をまた犯したアレックス王子は、王城にある北の塔にて監禁される事になった。もう一生そこから出ることは無いだろう。
そしてアレックス王子に手を貸してしまったスカーレットは、学園を退学になり、ネニーザッチ侯爵家の領地で幽閉されることになったようで、この事件での本人のショックも大きかったらしく、今もまだ寝込んだままらしい。
そしてオリオン王子は愛する恋人との、甘い生活を送ることとなり、二人の幸せな様子が物語になり、いつしか憧れの恋人同士となって行くのだった。
(はわわーん、エリたん可愛い! 最高! 絶対に誰にも渡さないからなー! 幸せ最高! フッフー!)
恋人を始めませんか? 白猫なお @chatora0707
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