異世界生活が始まらない

浅羽 信幸

異世界生活が始まらない

 異世界転生には、テンプレがある。


 まずは導入。トラックに引かれる、と言うのが最初期の主流だった。

 ところがどっこい近頃は、これが流行らないらしい。違うらしい。目の前の神様曰く「トラックの運転手の殺人率が高くなり、偏見や精神的疲労が酷くてとてもじゃないが続けられない」と結論付けられたそうな。


 なんだそりゃ。


 ちなみに、その議会での結論は「馬鹿な死に方なら問題なかろう」とな。


 そこで様々な手段が生み出された。


 最初に増え始めたのは、『側溝にはまって足を取られてバランスを崩し転倒。打ちどころ悪く死んでしまう』という手法。


 これは、「ドジっ子キャラのエピソードに使い辛くなってしまう!」と催涙スプレーを議場に持ち出して、まき散らす行為まで行いながら訴えた神様たちがいたことで早々に打ち止めになったそうな。

 目の前で足を組み替えた神様曰く、その神様の顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、何べんも何べんも「そういう問題っほおー! 解決じだいがだめに! ワダジば、ワダジばああ! どういうねえ、誰が誰をどう殺じでもおんなじやおんなじや思っでえ! トラックばがり、ばがり。せやけど! 側溝でも変わらへんからって実行して。 ぞれば、ドジっ子を殺すことだからワダジがこうして暴れて! 文字通り! 命がけでぇええ! ひょいと手で操作するだけの、あなたがたには分からないでしょうけどね!」と言い続けたらしい。


 その涙と鼻水、催涙スプレーじゃないの? ってか、本当に日本好きな神様なんだなって感想しか浮かばなかった。


 そして次の手段。

『ギャグで落ちてきたタライの落ちどころが悪く、首の骨が折れる』


 可哀想に。

 これ、あの神様の演説の影響もあって選ばれたんじゃねえかなって。


 こっちもトラックと同じくやった側の罪悪感、人生のその後が酷すぎるからと訂正された。


 以後の目標は、『自力で死んでもらおう』と言うこと。

 他者に迷惑を掛けないように。

 だが、誰かが言い出した。腕組みをしながら言い出した。

「これ、死んでまで逃げたかった人を働かせるってことだから、これも酷くないか? 無理じゃないか?」

「無理ってのはねえ、うそつきの言葉なんですよ」

「無理だった人がいなくなるからできてしまった人しか残らないわけで。うち、ブラック企業からの脱却をもくろんでるんでね」

 と。


 いや、ほんと。

 ここの神様みんな日本好きだな。


 そんなわけで、「殺して転生!」から「呼んでもらおう」にシフトした。

 呼ぶ世界の方に誰か彼かを派遣して、碑文を残したり発明のヒントを与えて、異世界からの召喚呪文を授けて。

 こうしてできたのが、異世界転移、らしい。

 ちなみに、その異世界で死んだ人は「急に呼ばれて可哀想」と言うことで死後にあくまでも『異世界に行ったのは夢』と刷り込んで戻そうと言う動きもあったそうな。


 だから、異世界転生、異世界転移の何割かは本当の体験談らしい。


「んなアホな」

「誰が阿保じゃと?」

「申し訳ありません。ただの戯言です」


 神様と名乗る愚痴しか言わない人に、頭を下げる。


 しかし、ここで問題があった。

『プライドの高い性質を持つ集団は、異邦人の力を借りようとしない』と言うことだ。


 折角の異世界転生の手段があっても、これでは意味が無い。

 神様が住まう「どの世界の事象も干渉できない世界」だからこそ強大な力を付与できるのであって、各世界の人が世界に居るままに付与は出来ないから、守りたい種族が死んでしまう。


 だから目の前の神様は考えた。

 やっと目の前の野郎が考えた。


『ああ、じゃあ、連れてくればいいんだ』と。


 そうして、トイレの個室に入ったと思ったらここに来たのが俺と言うわけだ。


「分かったかの?」

「あ、はい。神様も随分と人間臭いんだなっていうのが」

「儂らを愚弄する気か!」


 神様が立ち上がった。

 中世的な童顔で頬を膨らませているため、全く怖くないけど立ち上がった。


「メッソウモゴザイマセン」

「うむ。許そう。儂は寛大だからな」


 ちょれえ。

 じゃない。仮にも、トイレの扉をここに繋げられる人が相手だから、気をつけねばならんのだ。


「で、私はどこの世界の魔王を殺せば良いのでしょうか」

「いや、殺さなくて良い」

「え?」


 え?


「魔王軍がピンチだから、そっちに加勢して欲しいのだ」


 え?

 

「そもそも、どっちかに力が偏りすぎているから呼んでいるだけだしの。所詮は下界の者が神を殺すなんて片腹痛いわ。草生える」


 草に「w」が生えそうな勢いで神様だと名乗る不審者が笑った。


「えっと、じゃあ人間を? 殺す? ってことですか?」

「おぬしらの人間の広いからの」

「あ、じゃあ違うってことですね」

「うむ。おぬしらとネアンデルタール人くらいはの」


 分からねえ。

 その違いがどれくらいかが分からない。チンパンジーほどは違わないってぐらいしか分からない。


「分からないと言う顔をしておるの。ならば、詳しく教えてやろう」


 そして始まった言葉は、たまたま入ったカフェでIT企業の社長同士の会話が聞こえてきたかのようにほとんど意味不明な言葉の羅列だった。


 まあ、いいや。

 最初っからこうだったし。

 最初は、なんだっけ。ああ、そうだ。

 この世界の説明と言いつつ、なんで自分がこんな面倒くさい真似を、という愚痴だ。何でも、神様と言えでも一気に使える力は限られていて、温存しておく必要もあるらしい。だから基本は殺すと。死んで来てくれる方が楽だから。魂と肉体に別れてくれた方が楽だから。


 そうそう。ここでも意味が分からない話で、ようやく終わったら強力な力の説明。

 ここでもひと悶着あったらしい。

「一つの方がかっこよくないか?」派と「いっぱいあって無双した方が気持ちが良い」派と「一見外れスキルを与えて、苦しみながらも夢想していくのが気持ち良い」派に分かれて争ったと。


「魏呉蜀に別れてバチバチしたんですね」と言ったら「魏ほど圧倒的多数の集団はいなかったぞ」とマジレスされてしまったけど。

 日本が好きならちょっとくらい乗ってくれよ。空気を読んでくれよ。


「聞いておるのか?」

「はい」

 聞いておりません。


「では」

「申し訳ありません。神様は、なぜ魔王様に肩入れを?」


 聞いていなかった場合は、話題を逸らして追及を避ける。日本で身に着けた悪知恵だ。そうして、後で「すみません忘れました」と言えば何とかなる。印象も悪くなる。


「うむ。魔王の方が、他種族をまとめているからの。他種族をまとめる方が難しかろう?」

「なるほど……」

「だから、生かすためにも力を貸してやって欲しいのだ」

「……そんな多様性のある人たちに認められる方が難しくないですか?」

「であろうな」

「言葉は」

「うむ。そこは安心せよ。議会でも、『本来ならそれだけで強大な力だが、特別に異世界のどの言葉でも口頭では扱えるようにする』と決まっているからの」


 あー、確かに。

 俺のいる世界だけでも幾つ言語があるのか分かりませんもんね。それを全て分かるなんてすげえや。同じ日本語でも方言で分からなくなるのに。


「いや、これを決めるのもひと悶着あってな。しかも反対派の長が「儂は耳が不自由だがすべての言葉がわかる」とか言って披露したが実はゴーストリスナーとゴーストスピーカーがいたり、部下が書いた文章の漢字を読み間違えたり。日本語は儂らの一丁目一番地だと言うのにだぞ。まあ、推進派も酷くてな」

「ごめんなさい。すみません。もう一つどうしても気になることがございますので私めにお教え願えないでしょうか」


 ここに来てから体感六時間。

 別に異世界に行くことに胸は躍りはしないが、水も飲まずにしゃべり続けるんだなとどうでも良い所で神様だと感じ続けたくはない。


 だから、必死で頭を下げた。

 ここが例え路地裏でもトイレでも土下座をする決意で、頭を下げた。


「なんじゃ?」


 幾分か、不機嫌な声。


「その、上手く気に入られる能力とかも、戴けたりはしないでしょうか?」

「ならん。基本は、強力な能力は一つか二つ。ステータスを強力に、なんてゲーム脳に対応するために例外はあるが、与えすぎると周りがうるさいのだ」

「でも、異邦人の力とかに頼りたくない人たちなんですよね。そこに力があるからと行っても、認められないどころか、下手したら内部分裂を招く危険性もあるのではないでしょうか?」


 長話が始まる前に、素早く、手をもむような声で述べた。

 神様も、なるほど、とでもいうようにうなずいている。


「一理あるの」

「ですよね?」

「だが、儂が納得しそうになったのだ。それだけの話力があればなんとかなろう」


 なんともならねえから言ってんだよ、この人でなしのろくでなしがよお!


 ふう。

 落ち着こう。

 Be coolだ。


「そうそう。どこにどう落とすかのさじ加減も難しいのだ。神様ってのは退屈派がいての。いや、退屈なら代わってくれと言いたくもなるが、奴らは奴らで仕事があると言う。何をしているのだか。高級料理店で皆の金を使って飲み食いすることが忙しいのか、仲間内に特別甘くすることに忙しいのか。いやはやいやはや」


 しまった。

 心を落ち着けている内に、また愚痴が始まってしまった。

 一度止めた以上、次はすぐには止まらないだろう。


 知っている。

 もう、何度も経験したから知っている。


「大体、苦しんでいる様子を見るのが楽しい一派もいるのだ。娯楽が極端に少ないからのう。だが、ここら辺はおぬしらもわかろう? 物語は、主人公が苦しめば苦しむほど楽しいからの。あるいは、のほほんとしている方が、とも言えるか」


 こうして、話が飛びながらもどんどん愚痴は加速する。

 これさ、経験値を得ることがそのまま自身の強化につながる設定で、『愚痴を聞けば聞くだけ経験値になる』とかだと俺めっちゃ強くなったんじゃない、とか、思いながら。

 今変えられないかなーとか思うけど、変えたいと言ったらまた長話が始まるんだろうなって。


 でも、あと幾つあるの? あと幾つ説明があるの?

 分からないけど、この話が終わったら提案してみよう。


 ああ、本当に。

 俺の異世界生活はまだまだ始まらない。

 

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異世界生活が始まらない 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

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