快楽を倍加した人間のなんと多いことか!!

ちびまるフォイ

幸せなハングリー精神

「人生って退屈だな……」


検索バーに「退屈」と検索するほどに退屈しきっていた。

何を食べても、どこへ行っても、友達といても満たされない。


検索結果が表示されたうちのひとつにアプリの紹介があった。


「快楽倍加アプリ。聞くだけであなたの快楽を底上げします……ははは。バカらしい」


退屈しのぎもかねてアプリを入れて起動すると、

スマホからは変な音が1分ほど流れて終了した。


画面には「あなたの快楽が倍になりました!」とだけ表示されている。

体にはなんの変化もない。やっぱりガセだったようだ。


ペットボトルの水を取って喉をうるおした。

水が体に入ったとき、目が覚めるような快感が体を包む。


「え!? お、おいしい!! どうなってる!?」


飲みかけの水で味を知っているはずなのに、砂漠で見つけた水のように美味しい。

慌てて洗面台の蛇口をひねって水道水をがぶのみしてみる。


「うまぁーーい!! 同じ水道水に感じねぇ!!」


味覚による快楽が倍加しただけかと思ったが、

飲みすぎた水分をトイレで排出するときにも強い快楽が伴った。


「ふにゃあ……さいっこう……!」


あやうくトイレで失神するほどだった。

普段なんにも思っていない小さな快楽でも強化されるだけで日常は一気に色づく。


何回もクリアしたゲームにわくわくしたり、

ありきたりなドラマに号泣できたり、

友達からちょっと褒められただけでも天にも昇るほど嬉しくなる。


快楽が倍加しても不幸はそのままなので、常にポジティブでいられる。


「もっと早くにこのアプリと出会いたかった!!」


すっかりとりこになって、アプリを常に使うようになった。

快楽が倍加できる時間は限られているので、定期的に摂取する必要があった。


そろそろ快楽が切れるころだなと思ったらアプリを立ち上げて音を聞く。

そうすればまた継ぎ足しで快楽が倍加されていく。


友達に会うと、自分の変わりように驚いていた。


「なんか……雰囲気変わったな」


「そうだろう、そうだろう。今は俺の体からハッピーオーラが溢れてるだろう!」


「やばい薬とかやってないよな?」


「薬なんかやるか。あんなのは下位互換、劣等品さ。

 瞬間的な快楽ではなく日常のあらゆる幸せを広げるほうが今のトレンドさ」


「もっとヤバそうなのに手を出してた!!」


友達はドン引きしていたがこの生活をやめるつもりはなかった。


快楽倍加しただけで毎日がすごく前向きになれた。

失敗したらどうしようという考えよりも、得られる倍加された幸福のことしか考えられない。


前向きな気持ちでチャレンジを続けることで彼女ができ、友達が増え、美味しい店を知り、楽しいことが増えていく。

倍加された幸福がどんどん幸福を増やしていく好循環。


もはやこのアプリなしの生活は考えられない。


このアプリの良さを他の人も知ったのかどんどん広まっていった。

スマホの初期設定に組み込まれるほどに日常に入り込んだころ、偉い人が禁止へと動き出した。


「みなさん、この快楽倍加アプリは非常に危険です!!

 これが広まってから犯罪件数が増えまくっています!

 快楽を求める行動が犯罪を助長しているのです!」


一部の過激なアプリ信者が快楽を求めて暴れていたのが目についたようだ。

多くの人は犯罪なんてせずに、日常を色づけるために使っている。


「このアプリは犯罪助長アプリとして、使用を禁じます!!」


その宣言に耳を疑った。

自分の幸せが他人によって奪われることがただ恐怖だった。


「うそだろ……これがない生活なんて……地獄そのものじゃないか」


アプリには犯罪助長アプリとして晒し上げられてしまい、

サービスを終了しなくならなければならない事情を掲載していた。


「もうこの音が聞けなくなる前に録音もできないし……どうしよう」


この「快楽倍加の音」を所持しているだけで犯罪者予備軍になってしまう。

でもどうにかして音を聞ける方法がほしい。


一休さんがとんちをするように目をつむると、頭に浮かんだのはひとつのアイデア。


「そうだ! この音を頭に記憶させよう!!」


同じ曲が頭の中にずっと流れて止まらなくなるように、

アプリの音を頭に刻み込めばいつでも聞けるし、音の所持として捕まらない。


目を閉じて手を合わせて集中する。

何度もアプリの音を聞いて脳内再現できるほど鍛錬を積んだ。


時間はかかったが手を合わせて目をつむれば、いつでもどこでも音を脳内に響かせることができるようになった。


その頃にはアプリはサービス終了してもう脳内以外で音を聞ける場所はなくなった。


「危なかった。もうちょっと遅かったら快楽が倍加できなくなるところだった……」


今の幸せな毎日を奪われずに済んだと安心したのもつかの間だった。

アプリが消えてもなお犯罪が増えていることが問題になっていた。


「きっとあのアプリが、なんかよくわかんない効果を脳に与えて

 犯罪するように仕向けられた危険な国家崩壊アプリにちがいない!!

 これまでの利用者はすべて吊し上げるべきだ!!」


犯罪者のほとんどが快楽倍加アプリを利用していたのが何よりの証拠だとして、

アプリをかつて利用していた人は魔女狩りのごとくひっ捕らえられた。


ついに俺の家にも警察のガサ入れが早朝に行われて捕まった。


「ちょっと待ってくださいよ! 俺がなにしたっていうんですか!」


「アプリを使っていただろう! お前も犯罪をおかすにちがいない!」


「だったら、あなたは犯罪者みんなが白米食べていたら

 同じように白米食べている人を犯罪者として捕まえるんですか!?」


「私は五穀米派だ!!」


パトカーに揺られながらも頭はこの後の人生をシミュレートしていた。


牢獄にぶちこまれて毎日毎日つらい生活を強いられる。

いくらいつでも快楽倍加できるといってもその生活は……。


「地獄だ……こんなの耐えられるわけがない」


未来に絶望し、俺は覚悟を決めた。

走行中のパトカーのドアを開けて道路に飛び出した。


対向車線から走ってくる車はとっさのことに反応できるわけがない。

車に跳ね飛ばされたときにはスリルが倍加されて痛みを打ち消していた。


自分の死を実感したときにはすでに天国へと到着していた。


「すごい……ここには何でもある!」


天国にはさまざまな娯楽が充実していた。


樹には美味しそうなステーキが肉汁を垂らしながらみのり、

お酒で作られた温泉には水着の美女が浸かっている。


「ようし思う存分、天国ライフを楽しんでやる!」


目をつむって手を合わせる。

脳内に聞き馴染んだ快楽倍加の音が再生された。


快楽倍加によりさらに楽しめると思っていたのに、

いざ触れてみるとまるで快楽を感じなかった。


「おかしいな……全然満たされている気がしない。音が甘かったか?」


何度も快楽倍加をしても効果はなかった。

天国では何をしても満たされる気がしない。


すると、天国の隅っこにうずくまっている男を見つけた。


「あの、そこでなにやってるんですか? あっちには楽しいものがたくさんありますよ?」


「いいんだ……ほうっておいてくれ」


「で、何を見ているんですか?」


男が覗いていたのは天国から見える地獄だった。


「悪趣味な人ですね、人が苦しむのを見て楽しんでるんですか?」


「そうじゃない。憧れているんだよ」


「はあ?」


「お前は天国にきて何も満たされない気持ちにならないか?」


「それは……まあ、なりますけど」


「それは今が十分に満たされているからだ。

 満タンにされたコップにはそれ以上に水を注げないだろう。

 

 でも、快楽ってやつはコップに溜まっているときには感じず

 注がれているときに感じるんだからやっかいだよな」


「なるほど……わかった気がします」


「わかった? 何がだ?」


「幸せになる方法です」


俺は男をおしのけて天国から地獄へと飛び降りた。

地獄では念願の辛いことばかりが待っている。


過酷な中でもふとした瞬間に訪れる幸福な瞬間は天国では味わえないほどの快楽だった。



「やっぱり地獄って最高!!」

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