第16話 Crystal Planet
物心ついた時から、レネは兄と二人で暮らしていた。兄は腕の良い人形師で、管理局の機関構成員だった。
弟に良く似た自動人形を作って、世間を驚かせたこともある。自動人形の名は、ルネと言った。
南区に聳え立つ古い塔は、兄が管理局から譲り受けた場所で、地下に個人の研究所を構えていた。
今は、事故で眠っている兄の代わりに、レネが塔の管理を任されている。
「レネ、はやく……!」
歳の離れた兄弟の背中が見る間に小さくなる。
昔から、レネは運動が苦手だ。ライカの動きは俊敏で、レネがどんなに走っても追いつけやしない。
少年の黒いケープが風にあおられ、坂道に鳥の影を作る。まるで低空飛行をしているようだ。
胸元で揺れる赤いリボンは誕生日にプレゼントしたものだが、気まぐれなライカは毎日リボンの色を変えている。
「レネ!」
坂道を下りきったライカが手を振る。ふと、少年の細身の身体を黒い影が覆った。
鴉色の制服は管理局の機関構成員のものだ。
ようやっとライカに追いついたレネは、呼吸を整えながら、友を見やる。
「よお、レネ。相変わらずもやしだな、お前」
シグルドはライカを抱き上げると、いつもの爽やかな笑みを浮かべた。
「レネ、このひと、誰?」
ライカはきょとんとした表情でシグルドを見つめている。
好奇心旺盛な少年の興味は、すぐさま彼のイヤリングにうつった。
シグルドは、六個目の穴に、アクアオーラの粉末で染め上げた装飾品をつけていた。
「彼は、シグルド・ワーズワース。私の友で、お前の新しい主治医だ」
「シグルド、お医者さんなの?」
「まあな」
レネはライカの左手に視線をうつす。
透明な水晶で出来た鳥の羽が、早くも少年の左手に寄生している。
兄の寄星病が治らない限り、いくらクローンを作っても同じ症状が現れる。
抜け出すことのできない無限ループは、レネの心をじわじわと疲弊させていく。
ライカが無邪気に笑う。世界の幸福をいっぺんに受けたような顔をしている。
(あれは、兄さんじゃない……。私の、兄は……)
俯くレネの手を、シグルドが引いた。懐から端末機を取りだして時刻を見せる。ユニフス・メトロの発車時刻が迫っていた。
(私は、いつまで、続ければいいんだ……)
レネのハニーブロンドを北風がふわりと撫でた。白衣の裾が空に翻る。頭上を見上げれば、雲ひとつない青空が広がっていた。
遠くでライカの声がする。
レネは白衣のポケットに両手を入れ、ゆっくりと、狂気の一歩を踏み出した。
End.
Crystal Planet 聖河リョウ @seigaryo
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