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ドリーム・ドリーム(800字サイレントバージョン)


 大きなフロントガラスの片隅に赤いポストが入った。俺は何度か切り返し、運転席から飛び降りた。

 サイドブレーキを引くくらいに、バックミラーに見えた女の子も俺と同じ場所を目指しているらしい。手には大きな封筒を抱えていた。

 俺が今月のを終えて自動ドアを通ると、まだそいつは前でオロオロしている。


「お財布……忘れちゃった……どうしよう」

「んあ?」


 か細い声を聞いて俺はタバコを取り出すのをやめてそのの側に寄った。


「どないしてん」

「今日送らなきゃいけないけど……もう閉まっちゃう……」



「いくら、足らんねん」


 コンビニ用の小銭なら、左のポケットにじゃらじゃら入っていた。


 困った顔を見たくなくて、


「貸してみ」


 俺は『○○小説新人賞応募』と書かれた封筒と少女の手を連れて引き返した。



「あの、……お金、」

「ええわい、たいした額ちゃうし。それに俺もう今から出やんとあかんし」



 中学生か高校生か、小柄で素直でマジメそうだった。もう三ヶ月ほど息子に会ってなかったなとも気づいた。

 子供はいつも笑ってるほうがええ。俺はさっきの封筒の表書きを思い出して背中を押してやった。



「がんばって書いたんやろ?

 おっちゃんに応援されたと思っとき。

 有名になったら本うたるし--そや、ペンネーム、聞いとこ」





 数ヶ月後、行きつけの食堂でとろろご飯をかきこんでいたら、テレビ・ニュースがどこかできいた名を二度告げた。目だけを画面にやると、なんと、あの時の少女だった。


 ふらふらと封筒をつかんでいた手には、分厚い記念盾がしっかりとおさまっている。カメラのフラッシュに目を細めていたけど、間違いなく、あの娘だった。


 うわ、あいつ、やりおった。食堂のばあちゃんは飯粒を飛ばす俺にあきれていた。



 俺はもう一杯ご飯をおかわりしてから、車に戻った。

 えんじ色の夕焼けをフロントいっぱいに映しながら吸ったタバコは、格別にうまかった。

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【KACPRO202110】ドリーム・ドリーム2021【第10回お題:ゴール】 なみかわ @mediakisslab

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