【KACPRO202110】ドリーム・ドリーム2021【第10回お題:ゴール】

なみかわ

ドリーム・ドリーム2021

 河内堅上の桜は今年もきれいに咲いている。風に散る花びらをまとって、大和路快速や直通快速が右手を突き抜けて行く。

 国道の景色も、久宝寺に快速が止まり、でかいマンションができたり、八尾が原形をとどめていない駅舎になったりするように、ずいぶん変わった。コンビニだってつぶれたと思ったらまた建って。最近寄る店は駐車場も広く、休みやすい。


 俺は通販の商品を白の軽バンで配達するドライバーだ。なんとかネコとかなんとかカンガルーとか、動物の会社ほど大きくないけど、今のところ暮らしは困っていない。この数年で、一気に、細かいものの配達が増えたとか、しっかり手指を消毒だとか、そういうのはあるけれど。


 100円のドリップコーヒーホットレギュラーサイズのボタンを押して、注がれる間に店内をぐるっと見回すと、自動ドアのそばのでかいコピー機の前で、オロオロした女の子がいた。中学生くらいか。ピンクのマスクの目は、さまよっている。


「これどうやったらええんやろ……」


 コーヒーの扉のロックが外れた。俺は熱い紙コップに蓋を置きながら聞く。

「どないしてん」

 コンビニのこの手の機械は、基本的に店員はサポートしてくれない。ミスしても非情に10円は失われる。

「押しても動かへんねん」

「んあ?」

 なんてことはない、入れた100円玉が、とりこまれなくておつりのところに落ちていた。俺はすっとそれをもう一度投入した。カウンターが動く。

「わあ、動いた! ありがとう!」

 嬉しそうにお礼を言う子供のわきには、『○○小説新人賞応募』と書かれた大きな封筒があった。




 まだ梅雨にもなっていないのに暑い。この時期、車の窓を開けるかエアコンにするかいつも迷う。コーヒーも、ホットにするかアイスにするか迷う。自販機だと、3月くらいに突然、『あたたか~い』から『つめた~い』に変わりやがる。その点コンビニのやつは便利で、その日の気分でどっちでも選べる。


 俺がアイスコーヒー用の氷カップの蓋をぺりぺりはがしていると、自動ドアのそばのコピー機に誰かがいた。一定の間隔で出てくる紙を、まじまじと見つめる女の子。

「よう、」

 間違えないように『ドリップコーヒーアイスレギュラーサイズ』のボタンを押してから、声をかける。

「!」

 全力でびっくりされる。そりゃ、相手このこにとってはってやつだ。「この前、100円入らんかったやろ?」

「……あ、ああ!」


「また、送るんか、小説」

「……」


 封筒の宛名は堂々と書いているのに、少女は恥ずかしそうにうつむく。

「あの、その……」

 俺が学生の頃は、小説を書いたりしてると、地味だなとか言われていたものだけど、今もそうなんだろうか? SNSやらそういう投稿サイトやらもまあまあたくさんあるらしいが、俺はあまり興味がなく、スマホも古いままだった。パソコンも会社でエクセルくらいしか使わない。

 俺は出来上がったコーヒーにシロップを入れて、応援した。

「でもすごいやん、そんなにようけ印刷コピーできるくらい字書けるんや、がんばれよ」

 マドラーでガラガラと氷を混ぜる向こう、彼女の目をはすこしほほえんでいた。





 大和川のライブカメラを見ようとすると、俺のスマホのもっさり感があらためてわかる。ふきこむ雨を入れないようにドアを閉め、コンビニの自動ドアをくぐる。そういえば、防水機能もなかったな、そろそろ新しいやつにしないとな、と店の入り口のアルコール・ポンプの頭を押していると、続いてもう一度ピポピポと扉が鳴った。きれいな緑色の傘をたたむ、あいつだった。

「おっ」

 俺は唐揚げ棚の方に離れながらあいさつをする。たまに会うようになって、相手も俺の姿を覚えてくれていた。

「こんにちは、お仕事お疲れさまです」

「おう、ありがとう。今日も印刷すんの?」

「はい」

 かわいいペンギンのアクリルキーホルダーのついたUSBメモリを取り出す。

 今日はホットもアイスも微妙で、冷やしていないウーロン茶のペットボトルを買った。なので、コーヒーができる間に雑談ということもなく、店を出るときに「紙濡らすなよ」と言った。――彼女は「うん」と応えながら、慣れた手つきでコピー機にメモリをさして、パネルを操作していた。


 どんよりとした雲が、水かさの増した河と並走していた。年々大和川沿いの治水工事だとか高規格スーパー堤防の整備は進んでいるが、どうしても俺あたりだと子供の頃に王寺が洪水でやられたことを覚えているので、この時期は心配になる。

 仕事の荷物もになるし、それに、あいつも――書いた小説を印刷してたしかめたり、なんとか賞に送るときならいっそう――あいつが100枚位の紙を刷り終える頃まで、この辺がどしゃ降りにならないといいなと思った。





 龍田大社の駐車場。俺は《《自分の車》》で砂利を踏んだ。見事に赤く映えた紅葉の写真をおさめる人もいる。

 たまの休み、寝ていてもよかったが。……なんとなく、最近時間タイミングが合わずで顔を見ていないあいつのことが気になった。


 小銭を投げて、二礼二拍手、祈って、一礼。がんばれとか、ベストを尽くせとかでもなく。になるといいな、とお参りした。

 あとで画面がやけにでかくなった新しいスマホで検索すると、龍田大社は風の神様、『風の神宿る』とか。まあ、たとえばあいつが、いわゆる文芸とかの世界に新風を巻き起こすようなを期待しよう。


 帰りにいつもと違う色の紙コップに、ドリップコーヒープレミアムレギュラーを淹れていると、店に駆け込んでくる女の子が――制服を着た、あいつだった。

「車なかったんですけど、もしかしてって」

 たしかに今日は二枚ほど落ちてきた紅葉を乗せた赤い車だ。

「実はパソコン買ったんで」

「……?」


「プリンターも買いました、家で印刷できるんで」



 もうその用事――印刷にはへ来ることはないのだ、という。――コーヒーがまでやけに長く感じられた。


 を交わし、車に戻る。

 端の曲がった封筒から、パンチで開けて紐で綴じた紙束を取り出す。いわく、「次に会ったら渡すつもりでいつも持ち歩いていた」とか。

 話の中身は女の子向けの漫画のようだったけど、文章は国語の教科書より面白く、きちんと整っていた。


 気がついたら車内にコーヒーのにおいがまあまあひろがっていた。――俺は初めて彼女の筆名ペンネームを知った。





 年は明けて、年始のごたごたも落ち着いてきた。マスクをしていて寒さがしのげると思えるほど、冷え込んだ日だった。

 マツノヤでおかわり自由のみそ汁をスープの変わりに、トンカツ定食をかきこんでいたら、壁のテレビが、なんとかネット文芸新人賞は、と、名前を二度告げた。

 はっと画面を見ると。

 そこには大きく、あのが映っていた――!



 ふらふらと封筒をつかんでいた手には、分厚い記念盾がしっかりとおさまっている。

 カメラのフラッシュに目を細めていたけど、間違いない。

「うわ、あいつ、やりおった!」

 他の客は、飯粒を飛ばす俺にあきれていた。俺はもう一杯ご飯もおかわりしてから午後の仕事に戻ったが、手がつかなかった。



 車は冬の長い夕焼けを浴びて走る。左手の鉄塔、右手の川、その向こうの電車。

 コンビニでノーマルホットコーヒーレギュラーの紙コップを買い、誰も立っていないコピー機を見ながらコーヒーマシンの扉を閉める。コップの大きさからレギュラーのボタンだけが出てきて、押し間違えることもない。

 コーヒーが飲めるくらいに冷めるまで、運転席でスマホをいじる。さすがにまだあいつの本とかは売ってないか。それでもなんとか賞の選評は読めた。



 えんじ色の夕焼けをフロントいっぱいに映しながら飲んだコーヒーは、格別にうまかった。

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