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大学二回生の春、僕は線路沿いの小さな書店でアルバイトをしていた。家からバイト先までは、約十五分。いつも、風を感じてクロスバイクにまたがっていた。
巡回中の警察官や近所のおばさんに「こんにちは」と挨拶をする。挨拶をすると挨拶を返してくれる。そんな社会は美しくて、僕はこの街が大好きだった。
太陽が雲の間から顔を出した頃、僕は、上り坂を立ち漕ぎで必死に登っていた。追い風だった所為か僕は前方をはっきりと見ていた記憶がある。
上り坂を頂点まで登り、右に曲がると線路には橋が跨っている。そこから、五分程度で書店には到着する。いつも通り、レンガで構成された角を曲がる。その瞬間に僕の目が捉えたのは、電車でも車でもなく、一人の少女だった。
サラサラとした髪は首筋辺りまで伸びており、制服を着用している。背丈と横顔から高校生だと判断できる。その少女は、童顔で美しかったが、今となってはどんな顔をしていたのか、あまり思い出せない。
考えろ。そう自分に言い聞かせ、少女の横を通る。思い切り深呼吸をした。ここが僕の人生の分岐点だったと思う。
「あのー、すみません」
制服の少女は、黙ったままだった。
風が髪を巻き上げ、空間は時を止めたように静かになった。クロスバイクを橋の隅っこに寄せてスタンドを立てる。もう一度、彼女の顔を見ながらできるだけ優しく、暖かい声をかけた。数分間、彼女は呆れたように僕に話した。
「本当は怖かったんです」
こちらの様子を伺いながら続けた。
「最初は、死ぬ気なんてありませんでした。でも、ここに立っていても誰も気にしてくれなくて。私なんて本当にいらない存在なんじゃないのかって」
僕は、心の底から思ったことを言葉にした。
「そんなことない、僕は君に生きてほしくて声をかけたんだ」
彼女は、大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちた。
僕は、バイトの出勤時間を過ぎてしまったことに気がついた。店長に電話をかけ、必ず他の日にシフトを入れる条件とともに休みをとった。
「甘いもの食べに行かない?」
そういって、彼女と僕はスイーツが食べ放題のチェーン店に向かった。
彼女の生い立ちから、なぜ自殺を考えたかまで様々な話をした。それから僕は、彼女と正式に付き合うことにした。
僕が彼女を生かしたのだから、ともに幸せになる権利はあるはずだ。
それから、僕は彼女と同棲を始めた。大学近くの寮で少しボロいけど、彼女は不満を漏らさず生活をした。
「おはよ」
「おはよう」
僕が笑うと君が笑う。幸せな日々を、これからも末長く。
彼女と出会って一年が経った。僕は一年前と同じようにクロスバイクでバイトに向かっている。
書店の駐輪場の横には、ピンク色のリモニウムが咲いていた。
亡霊 五十嵐文人 @ayato98
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