第25話「真っ白な世界」


 チンピラ共を掃除した俺たちは逃げようとした北条をとっ捕まえて、ベッドの上に放り投げる。奇しくも俺が駆け付けた時の零と同じ状況だ。

 ベッドの周りを俺たち全員で囲んでいるのでどう足掻いても逃げられない。

 

 「何?!こんなことしてタダで済むと思ってんの!?」

 

 北条がまるで自分は悪くないとばかりに喚く。

 なんでそんなに偉そうなんだよ。

 それを聞いた姉貴が怒るどころか可哀想な奴を見る目をして言った。

 

 「ガキンチョ……こいつ馬鹿なのか?」

 「見ての通り」

 「そもそもオメェがレイちゃん襲ったからこうなったんだろ!いい加減にしろ!」

 「だからってやり過ぎだと思わないの!?」

 「やり過ぎ?零をあの男たちに襲わせて、撮影までしようとしてた人間が言うこと?それに武器を持った相手に手加減なんて出来ないでしょ」


 木葉が正論をぶつける。

 俺も最初にちゃーんと忠告したからな。痛い目見たくなかったらさっさとどっか行けって。

 それなのに退かずに対抗心燃やした結果がこれだ。

 元を辿れば零を攫わなければ良かっただけの話である。

 

 「まあ、ヤク中に何言ったって無駄か」

 「ヤク中?」


 零の顔にハテナが浮かんでいるように見える。


 「薬物中毒の略だぜレイちゃん」

 「あぁ、そうなんだ」

 「姉貴、ちょっとそいつの袖捲ってみろ」

 

 姉貴が北条の袖を捲る。服の下には素人目でも分かる注射痕があった。

 夏でも長袖、異常なまでに痩せ細ったガリガリの体。初めて見た時から薬物を疑っていた。 

 わざわざ辞めろと言う筋合いもないので無視していたが。

 

 「ワタシをどうする気!?」

 「どうするも何も警察に突き出すだけだ」

 「アタシの彼氏が警察だからな!ちゃんと捕まるから安心しろ!」


 捕まる側にそれを安心と言って良いのだろうか。

 後のことは姉貴に任せて帰ろうと思ったのだが。


 「待って、ねぇ福武さん、ワタシを許してくれない?」


 北条が零に交渉を持ちかけた。

 この期に及んでまだ逃げられると思っているようだ。怒りを通り越し、呆れの上まで飛び越してしまう。

 木葉は北条を見るのすら辞め、殴り掛かろうとする大作は大山に止められている。

 姉貴は黙って零の背中を見つめる。

 北条に向き直った零は笑顔でベッドに近寄る。


 「なら、やるべきことがあるんじゃない?」

 

 救いの手を差し伸べられた北条は嬉しそうにベッドから降り、零の前に立つ。

 

 「今までのことはごめん。だから許して」

 「顔、上げて?」

 「え?」

 

 北条が顔を上げる。目の前に居るのは大きく右腕を引いた零の姿。

 理解する暇も与えずに零が北条の顔に思い切りパンチを打ち込んだ。結構良いパンチだ。木葉にでも教えてもらったのだろう。

 静まり返った駐車場に北条がベッドに倒れる音だけが耳に入ってくる。 

 目をガン開きにして見上げる北条に向かって零が言った。


 「絶対に許さない!これからもずっと……!」


 良く言った。それでこそ男だ!……いや、零だ!!

 くるりと反転した零は目に涙を浮かべて俺の方へ走ってくる。

 京都での夜を思い出し、零を迎える準備をする……が、零は俺の後ろに居た木葉に飛び付いた。


 「木葉さん……私……怖かったぁ……!」

 「よしよし……良く頑張ったね」


 零もこの場で俺に抱き付くのは恥ずかしかったらしい。

 ……これ俺、スッゲェ恥ずかしいやつじゃね?

 案の定、姉貴と大作のひそひそ話が聞こえてくる。

 

 「ケイスケ、見てみろよガキンチョの顔をさ。真っ赤だぞ真っ赤。あの勘違いは恥ずかしいよなぁ」

 「ぶっ……!マナちゃん聞こえるって……」

 「聞こえてんぞ!」

 「うわ!やべやべ!大山!帰るぞ!」


 大大コンビはバイクに乗って逃げるように帰った。大作は実際に逃走が目的だろう。

 

 「賢人くん」

 「ん?」

 「助けに来てくれてありがとう」

 「何言ってんだ。当たり前だろ」


 友達や大事な人が窮地に立たされているのなら助ける。ただ、窮地に立っていることを知らないとどうにも出来ないのが難点だ。

 

 「当たり前のことを当たり前のようにやるのは難しいんだよ?」

 「……だな」

 「一本取られたね、賢人」

 「うるせぇ」


 褒められるのは苦手なんだ。照れ隠しくらいさせろ。


 「わたしは帰るよ」

 「学校か?」

 「流石に休む。疲れた」

 「はは……来てくれてさんきゅーな」

 「当たり前でしょ」

 「俺への当て付けか?」

 「かもね」


 ツーサイクルエンジンの気持ちい爆音を奏でながら木葉はその場を去る。

 残ったのは俺と零と姉貴と……チンピラたちだがこれからどうしよう。帰っていいのか?


 「姉貴、後のことは任せて良いか?」

 「ん?あぁ、良いぞ。アタシが嬢ちゃん救う為に一人でやったって言っとくから安心してくれ!」

 「あの人なら普通に言っても目を瞑ってくれそうだけどな。まあ、良いや。じゃあまたな」

 「次はカフェで待ってるぜぇ」


 これからここに警察が来て、北条たちは連れて行かれるのだろう。

 俺と零は顔を見合わせ、頷いた。

 

 「帰るか」

 「帰ろっか」



 夕暮れ時、人通りの少ない道を零と歩く。

 ホテルが廃墟になってるだけあって周りにめぼしい物は何もない。

 本当はバイクに乗って帰りたいのだが、シングルシートだから零を後ろに乗せられない。こんなことなら大作か大山に今回だけバイク交換して貰えば良かった。

 

 「あのね、賢人くん。私、美大に行くことにしたんだ」

 「お?マジ!?良いじゃん美大」


 入るの馬鹿みたいに難しそうだけど。


 「うん。それでこれから美術の予備校に通うの。楽しみだなー」

 

 楽しみにしているのが側から見ても分かるくらい零は浮かれてる。

 自分のやりたいことを打ち明け、少なくとも父親に認められたのだから嬉しいのは当たり前か。

 

 「何処目指すとかは?」

 「一応藝大?勿論それ以外も受けるよ」

 「すげぇな」


 東大京大よりよっぽど難易度高いって聞いたことがある。

 芸術系は普通のテストと違って具体的な点数がないから正直運要素も絡みそうだ。

 零の性格を考えるとガチガチの名門も確かに良さそうだが、それ以上に羽を伸ばせるような場所でも良さそうだ。美大のことを何も知らないが。

 どちらにしろ零なら上手くやるだろう。


 「賢人くんは進路のことで何か変わった?」

 「俺はおっちゃんのとこに就職する」

 「大学行かないんだ」

 「まあ、別に大学行って取りたい資格とかないし、やっぱりバイクのことを知るならバイク屋が手っ取り早いだろ」

 

 技術を身に付けておけば木葉がバイク業界に手を伸ばした時、超優遇コースが待っている。これは逃したくない。

 

 「何か知識が必要になれば自分で調べれば良い話だ。運が良いことに生まれ付き記憶力と理解力は優れてるっぽいしな」

 「そっかぁ。それも良いね」


 まさかあの親父があっさりと俺の進路を認めてくれるとは思わなかった。

 ずっと嫌ってた親父だったけど姉さんが死んだ時から思うことはあったのかも知れない。

 そうして零の「良いね」を皮切りに口数が減った。

 こう言う時、俺は話題を振るのが正解なのか、話題を待つのが正解なのか分からない。俺は誰かが話してくれる方が好きだ。

 会話中には気にならなかったバイクの重さが腕にのしかかってくる。喧嘩後の疲れも多少はあると思う。

 あぁ、そう言えば。


 「次に乗りたいバイクとかあったりするのか?」

 

 思い返せば今日はバイクを見に行く予定だった。


 「賢人くんと同じタイプのも良いかも」

 「SSで足付き良いやつあっかな」

 「足付き悪いの?」

 「前傾姿勢になるからな。車種にも寄るけどネイキッドよりは悪いと思うぞ」

 

 零は「ふむ」と口に出して考え込む。

 足付きが悪いと色々大変そうだから俺はネイキッドを勧めたい。前に乗ってたのと同じのを買うのもアリだと思う。あれは良いバイクだ。

 

 「大山くんが乗ってるようなのは?」

 「オフ車とか更に足付き悪いぞ。……零は厳しいな」

 「そっか……ちょっと残念」

 

 零にそこまで残念っぽさは感じられない。軽い足取りは変わらなかった。

 

 「やっぱり前のと同じのを買おうかな。全然乗れずにバイバイも悲しいもんね」

 「零がそうしたいのならそうすりゃ良いさ。でも実際にバイク見たら心変わりしそうだな」

 「それかずーっと決められないかだね!」

 「決めろよ。予備校行く時とかバイクあった方が楽だろ」


 そうでなくても免許を持っているのだ。出掛ける時に使わないと勿体ない。

 そんな話をしていると辺りが暗くなってきた。

 九月になったのもあり、七月八月よりは日が短くなったようだ。

 星はまだ見えないが、こうして歩いていると京都の夜を思い出す。

 

 「賢人くん、お母さんの約束無視しちゃったね」

 「ん?あ、あぁ、そうだな」


 なんだ突然。別にあの約束なんて守る気は微塵もなかったのだ。ただ、俺が個人的に会っていなかっただけだ。

 

 「私との喧嘩しないでって約束も破っちゃったね。なんで?」


 なんで……ってなんで?何だ?俺は何かを試されているのか?

 約束を破った理由は当然の如く零を助ける為だ。それ以外にない。

 わざわざ質問してくるくらいだからそんなありきたりな答えは求めていないのだろう。それもそれで困るのだが。

 何か気の利いた答えがあるとすれば……零と初めて会った時に言われたことが理由になるかも知れない。


 「不良だから」


 もっともらしい答えだ。

 まあ……零に言われるまで不良の自覚はなかったけども。確かに学校サボって校則ガン無視でバイク乗ってる奴が居たら不良だよなぁ。

 しかし、零は首を横に振る。

 そして満面の笑みで言った。


 「違うよ。賢人くんが優しいからだよ」


 太陽よりも眩しい光を放つその笑顔は俺の表情を緩めるのに十分過ぎた。


 「かもな」


 木葉の真似をして俺も笑顔で返した。

 零の目には俺の笑顔がどう映っているのだろう。

 まあ、そんなことはどうでも良いか。


 俺の世界は真っ白だった。

 真っ白で真っ直ぐな道。医者と言うゴール地点に向かって歩くだけ。

 だが、本当は違った。

 真っ白な世界に知識と興味で色が付けば三百六十度全部に建物が、道が、人々が出現した。カフェもあれば大作や大山が居て、木葉も居る。

 そして他の何より驚くべきことのは俺の隣に零が居ること。

 立ち並ぶ建物でゴールは見えない。行ける道も一杯あれば、来た道を戻ってみることだって出来る。

 さて、これからどの道を選ぼうか。

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れいあうと 絵之空抱月 @tsukine5k

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