第24話「最強の力」


 「賢人……くん……!」


 嬉しくもあり、恐怖も混じった零の震えた声。また泣いているようだ。

 顔は見てないが分かる。

 ずらりと並んだチンピラたちが奇異の目で俺を見る。

 柄が悪いのに突然殴り掛かってはこないらしい。

 派手髪だったりモヒカンだったりピアスだったり……もう見るからにって奴らしか居ないな。

 

 「なんだお前」

 「こっちの台詞だ馬鹿野郎。痛い目見たくなかったらさっさと帰れ」

 「ぷっ……はっははははは!」


 リーダーと思しき金髪と黒髪のツートンカラー野郎の声は聞き覚えがある。倉庫で聞いたミツルの声と同じだ。

 そんなミツルの笑いに引っ張られて北条やその愉快な仲間たちが笑う。

 地下駐車場内に響き渡る蛙の合唱。

 

 「聞いたか?痛い目見るだとよ」

 「この人数相手に大口叩くもんだぜ」


 モヒカンがニヤニヤ笑いながら近付いてくる。

 だから俺はモヒカン野郎の腕を巻き取り、捻り上げた。


 「いででででで!!」


 そのまま関節が曲がらない方向に力を加えるとモヒカン野郎の腕から鳴ってはいけない音が鳴った。


 「あがあああああああああ!腕がああああ!」


 その場に倒れ込むそいつのケツを蹴り飛ばす。涙目になりながら右腕を庇っているその姿はとても滑稽で笑えてくる。

 一連の流れを見たミツルたちの顔から笑みが消えた。

 ガキを見るような目が一気に敵意を持ち始める。


 「忠告はしたぞ」

 「ガキが舐め腐りやがって。お前ら、たかが一人だ。ぶっ殺せ」

 「この人数相手に一人?そんな訳ないだろ頭沸いてんのか?」

 

 俺は姉貴とは違うからこの人数差をぼっちで戦おうなんて思わない。

 今まさに戦いの火蓋が切って落とされそうになるベストタイミングで四台のバイクが地下駐車場に飛び込んできた。

 俺が来た時と同じようにミツルたちはバイクを避け、その四人は零を庇うようにしてヘルメットを脱いだ。


 「テメェらだなレイちゃん轢き逃げ野郎は!全員ぶっ飛ばしてやっかんな!」

 「アタシの知り合いに馬鹿なことしてタダで済むと思ってんじゃないだろうね」

 「零、もう大丈夫」


 大作と姉貴が啖呵を切り、木葉が零を安心させる言葉を掛けてミツルたちをキッと睨む。

 

 「大山、零を頼む」

 「分かったよ!」


 唯一大山だけは喧嘩が強くないので零の傍に居て貰う。

 

 「これ、容赦なしで良いんだよね」

 「オレは最初っからそのつもりだぜ!」

 「死にたい奴だけ掛かってきな!」

 

 大作も、姉貴も、あの木葉ですら乗り気だ。相当腹が立っていたんだろう。

 たった四人で意気揚々としている俺たちに腹を立てたのかミツルが苛立たしげに命令する。

 

 「やれ。女は殺すな。男は殺しても構わない」

 「「「うおおおおおおおお!!!」」」


 雪崩れ込んできたところで一人に対して攻撃出来る人数は限られている。

 手始めに前方の一人。

 鼻に右腕の拳を叩き込み、伸ばした腕を引く勢いで右横の奴の顔面に肘。

 残った左からの拳打を躱し、掌底で顎を突き上げた。

 ガチンと音が鳴る上下の歯。折っ欠けはしなかったらしい。


 「ちっ……」


 折れれば良かったのに。

 そう思いながら蹌踉めくそいつの鳩尾に膝を突き刺す。

 そうして肘をメインにして鼻や鳩尾の急所を狙い、順調に喧嘩を進める。

 なんだよ、偉そうにしてたミツルって奴は北条と一緒に高みの見物かよ。

 意外と数が居るだけで大したことがないので周りを見る余裕があった。

 大作はタフさを全面に押し出し、殴られながらも怯むことなくパワーでゴリ押し。

 姉貴はもう蹂躙と言っていいレベルで一方的。

 木葉はシャープに動き、蹴り中心。

 しかし、奴らもやられてるだけではなく警棒やナイフ、メリケンサック等を持ち出し始めた。

 

 「おら!次はどいつだ!テメェは高みの見物か!?」

 「俺が出る必要はない」

 「なんだと……?」

 「賢人くん!後ろ!」


 ハッとして振り向く。

 迫り来る太い大木のような腕の薙ぎ払い。

 零のおかげでぎりぎり防御が間に合ったが、体勢不十分で地面に投げ出された。

 俺を吹っ飛ばしたのは巨漢の男。

 俺よりも身長が高く、横にもでかい。なんならデブだ。

 

 「オデが……あの可愛い子とイチャイチャするんだ……邪魔するなあああ!」

 「うお!?」

 

 型もなく、その重量感だけを頼りに腕を振り回し、突進してくる。

 それはもう人と言うより災害に近い。

 重い一撃をなんとか防ぎ——腹部に右ストレート。

 ぽよん。

 

 「ぽよん……?」

 「死ねえええええ!」


 まるで虫を払い除けるように振った腕。

 実際、俺は虫のように弾き飛ばされた。

 

 「……っかぁ!痛ってぇ……!あのデブっぱら野郎……!」


 顔が上にあるから肘で狙うのは難しい。だからと言って普通に狙うにしても狙い難いのは変わらない。

 一番狙いやすい腹回りは最強のアーマー付きだ。

 大作たちも武器を持ち出されて手こずっているようだった。

 大作がメリケンサック、姉貴がナイフ、木葉が警棒か。

 

 「今、オデのことデブって言ったなあああああああ!」

 「ああ……もう、最高……」


 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

 序盤の優勢が反転して劣勢になり、それを見ている零が言った。


 「私も……!」

 「零、お前はそこに居ろ!」


 デブっぱら野郎の猛攻を必死に凌ぎながら馬鹿な行動を起こそうとする零を止める。

 

 「でも……」

 「戦えもしないのにでしゃばってどうすんだ。足手纏いだから大山の傍で勝利を星に願っとけ」

 「……なんで私は力がないんだろ」


 零の悲しい心の叫びが言葉となって現れる。

 

 「零、それは違う」


 その嘆きに反応したのは木葉だ。割と余裕あるのな。

 二人の警棒男の攻撃をひょいひょい避けながら木葉が諭す。


 「零は凄い力を持ってる。それにこれは適材適所だよ」

 「そうだぜ!喧嘩はオレたちに任しとけばっ……!全部解決なんだよ!」


 攻撃貰いながら言う大作は説得力に欠ける。

 

 「凄い力」

 「そうだ。零は生きてく上で最強の力を持ってんだ。それはな……出会いを関係に昇華させる人間性だ……危ねっ?!」


 デブっぱら野郎のパワーは脅威だが、頭を使わずに力を振り回しているだけだから不意打ちでもなければ避けるのは簡単だった。

 人は生きてく上で多くの他人に出会う。

 好きな奴にも嫌いな奴にも。

 そして自分が好きでも必ず相手が好きになってくれるとは限らない。


 「俺たちが零を助けたいと思うのは零が良い奴だからだ!俺たちは嫌いな奴をわざわざ助けてやるほどお人好しじゃないからな!」

 

 それにしても本当にこいつはまともな打撃が効かない。

 顔面なら効果はありそうだが、どうする?リスクを負ってまでミュージシャンばりのシンバルキックで狙うか?

 考えを巡らせていると木葉と目が合った。

 木葉も警棒持ちと二対一で回避に専念している。

 

 「賢人!一瞬交代!」

 「俺もそう思ってた!」


 クルッと体を回転させて木葉の方へ駆ける。

 木葉も戦線離脱し、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 俺の背後にデブっぱら。

 木葉の背後に警棒野郎二匹。


 「「せーの!」」


 息を合わせる為の合図。

 両手の指と指をがっちり組み合わせた俺の作り出した足場に木葉が乗る。

 両手を組み合わせていても乗っかる足は片方だけ。

 スレンダーな木葉であっても人っ子一人の重量が片足に集中すれば当然——重い。

 それでも……!持ち上げてやろうじゃねぇか!

 俺が腕に力を込めるのと同時に、木葉も曲げた膝に力を入れる。


 「いっけぇ!」

 

 発射台となった俺からてデブっぱら野郎に向かって木葉を射出。

 これで顔面まで届くだろ。

 

 「んで俺はこっちだ!」


 木葉の経過を見ずに警棒を振りかぶる一人に対して前へ。

 

 「はっ!?」


 距離を詰めてきた俺に慌てたそいつは何も考えずに振り下ろす。

 俺は警棒じゃなくを左手で防御。これなら警棒を直接防ぐより痛みも衝撃も小さい。

  

 「ふん!」

 「おごっ…!?」


 詰めた距離を利用して顔面に頭突きを放つ。

 その拍子に緩んだ右手から警棒を奪い取り、前蹴りで突き飛ばした。

 

 「木葉!ほれ!」

 「助かる。顔は効いたよ」

 「おっけい!」


 警棒を渡した木葉と再び相手を入れ替える。

 さあ、そろそろこのデブ野郎ともおさらばしようじゃないか。

 出来れば最後の最後まで使いたくなかった攻撃だが、相手がこんな化け物じみた奴じゃ仕方がない。

  

 「オデ……あの子ともヤりたい……!」

 「木葉はお前のこと嫌いだぞ」

 「オデが好きなら良いんだあ!!うおおおおおお!」

 「もうちょっと静かに出来ねぇのかよ……騒がしい奴だ……なっ!」

 

 俺は迫り来るデブ野郎の下半身を蹴り上げた。

 一瞬、世界の時間が止まったかのようにピタリとデブ野郎の動きが止まる。溜まりに貯まった脂肪の揺れすら見られない。

 これぞ最強の手段。男なら悶絶するしかない最強の力技。

 あんなに意気揚々としていたのに今では股間を抑え、地面に膝を着く。

 それで丁度良い位置に頭が降りてきた。


 「ひ……卑怯……」

 「卑怯?二十人で四人を襲う方が卑怯だろ。それにな、これは喧嘩だ。格闘技でもなければルールなんかないんだよ。じゃあな」


 喧嘩と言うには命の危険が有り過ぎるが。

 回し蹴りがデブ野郎の側頭部を叩いた。低めだが、中身のなさそうな軽薄な音。

 その衝撃でどさりと地面で寝てしまった。死んではないはずだ。

 俺が終わらせたところで木葉たちも勝負を決めていた。

 二十人近くの集団はたった四人ぽっちに壊滅させられた。痛みで立てなくなった奴らがそこら中に寝っ転がっている。


 「大作……大丈夫か?」

 「かぁー……!まあなんとか。メリケンの一撃重過ぎんだよ……」

 「喰らって無事な大作君も大作君よね」

 「頑丈さとパワーがオレの取り柄だぜ!」

 「はっはっは!筋肉は全てを解決するもんな!」

 

 右腕の筋肉を見せつける大作とそれを見て大笑いする姉貴。


 「残りは——」

 「痛っ……!タケちゃん!」

 「大山!?」


 大山の叫びを聞いて大作が駆け寄ろうとするが、俺を含めて止まる全員の足。

 

 「動くな。動いたらこの子がどうなるか……分かるよな?」


 ミツルが左腕で零の首を絡め取り、右手のナイフを顔に近付けていた。

 零を縛っていた手錠は大山がぶっ壊してくれたみたいだが、新たに恐怖と言う見えない手錠が零の抵抗を封じている。 

 勝ち誇ったようなムカつく笑みを浮かべるミツル。

 

 「あの野郎……嬢ちゃんを……!ガキンチョ……?」


 今にも飛び出しそうな姉貴の前に腕を伸ばして止める。

 俺は一歩踏み出した。


 「ちょっ!ケント!?」「ケン君!?」「ガキンチョ!馬鹿か!?」

 「おい、誰が動いて良いって言った?この子が死ぬぞ」

 「死ぬ?殺すんだろ?やれるもんならやってみろよ」


 また一歩前へ進みながら言ってやる。


 「傷の一つでも付けてみろ。お前を死ぬより辛い目に遭わせてやっからな……!」

 

 たった一人の人質なんて正直なところ役に立たない。

 たとえ殺すと脅しを掛けても本当に殺してしまえば自分を守る盾はなくなる。

 これが拳銃なら話は変わるが相手はナイフ。人質を抱えたまま俺たちを一方的に攻撃することも出来ない。北条の手助けがあれば困るのだが、その北条はビビり散らかして、隅っこで眺めているだけだ。


 「ほら、今直ぐ零を離せばタイマンしてやるよ。それともなんだ?ナイフを持って人質までないと喧嘩も出来ない臆病者か?」

 「そんな挑発に……」

 「腑抜けたチン○ス野郎め。どんだけ零が上玉でもEDじゃ役に立たないだろうよ。短小不能野郎はさっさとおうちに帰ってケツの開発でもしてろ」

 

 人質の意味のなさと俺の挑発にミツルが分かりやすく苛立ちを募らせていく。堪忍袋がどんどん膨らんでいるようだ。

 男は股間を馬鹿にされるとキレる傾向にある。

 特にプライドの高そうな奴には効果抜群。

 だが、怒らせるのはあくまでついでだ。本命じゃない。

 俺は零の目を見る。

 震えながらも零は小さく頷いた。ミツルには震えと頷きの違いは怒りで判別出来ていないだろう。

 

 「今から三秒数える。それまでに零を離せ」

 「なんでお前が命令してるんだよ!」

 「さん……に……いち……」


 ゼロと同時に零がグーで叩いたのはミツルの股間。


 「あがっ……!?俺の……股間を……!」


 痛みに悶絶するミツルの腕からするりと零が抜け出す。

 ざまぁみろ。だから忠告してやったのに。

 零と入れ替わりでミツルに接近。持っているナイフを蹴り飛ばし、頬に右肘を突き刺す。

 鈍い音を立て、ミツルの顔が苦痛に歪む。 

 それで終わらせるはずもなく、顔面を殴って殴って殴って殴って一方的に殴りまくる。

 情けない命乞いが聞こえる気がするが、まともな言葉を発することが出来ていないので何を言ってるのか分からない。

 

 「賢人」

 「…………」


 聞こえてきた木葉の声でレッドゾーンに達していた勢いを、手を止める。

 ムカつく顔はもうない。

 あるのはボコボコにされた男の土砂崩れのような醜い顔面だった。

 

 「二度と俺たちに関わんじゃねぇぞ」


 最後の一撃は鳩尾にしてやった。

 事故の日から噴火を続けていた俺の火山はやっと収まることになった。

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