第23話「コーリング」


 ナンバープレートの件は姉貴を通して警察に報告したが、特に進展はない。

 俺はこれから零に被害が及ぶ可能性を視野に入れ、出来る限り一緒に居ることにした。

 話しかけた時、すっごい嬉しそうだったな。

 そんなことを考えながら放課後に零の席へ向かおうとすると。


 「おーい、ケーヤマハ。なんか先生呼んでるぞ」

 

 山野が廊下から俺を呼ぶ。

 何かと思い、リュックを置きっぱなしで山野に近付く。


 「どうした?」

 「なんか校長室に来いってさ」

 「校長室……校長室?なんで?」

 「知らない」


 担任も介さず、いきなり校長に呼び出されるなんてそんな馬鹿げたことをやった覚えはないのだが妙な胸騒ぎがする。

 山野はどちらかと言うとこの呼び出しを好意的に捉えてるようで楽しそうに言った。


 「全国トップだから色々推薦のお話とかなんじゃないの?良かったじゃん」

 「良いかどうかは知らん」


 説教でも説教じゃなくても校長室に呼び出されるのは嫌だ。

 ここで考えていても仕方がないので零に待っているように伝えて校長室に向かう。

 私立だから校舎内は綺麗だ。

 その中でも黒檀みたいな色の両開きの扉は雰囲気が違う。

 校長室、入るの初めてだ。基本は生徒が入ることなんてないんだろうけど。

 ノックをして、中から「どうぞ」と言う声を聞いてから入室。

 中には校長とハゲ散らかしたおっさんが一人。確か教頭だったはずだ。


 「こんにちは」

 「いきなり呼び出して悪かったね。座りなさい」

 「失礼します」


 校長に挨拶を謝罪で返された。

 座って良いと言われたので俺はふっかふかの高級ソファーに腰掛けた。

 校長は柔らかい目付きだが、教頭は顰めっ面で俺を睨んでいるように見える。嫌な雰囲気だ。

 俺を快く迎え入れてるはずなのに空気が重い。

 山野の予想はハズレだ。良い話の空気じゃない。


 「まずは君が学校生活に復帰してくれて有り難く思うよ」

 「お礼なら朱……神代先生に言ってください」

 「慕われているのだな。では本題に入ろう」


 来た。


 「君は同じクラスの福武さんと仲が良いと聞いているのだが合っているかね?」

 「そうですね……まあ仲が良い方ではあると思います」

 「ならば単刀直入に聞こう。今、福武さんがバイクに乗っていると言う噂があるのだがそれは本当かね?」

 「……真っ赤な嘘ですね」


 少しの間を置いてはっきりと答えた。

 即答しても良かったが、あまりにも自信満々だと怪しまれるからだ。

 校長の表情は緩まない。疑っているのか信じてくれているのかさっぱり心情が読み取れない。厄介な相手だ。

 

 「夏休みの間に事故の件も本当だね?」

 「はい、あの日は丁度零や友人と遊びに行っていて、その帰りに……」

 「ふむ、自転車が跳ねられた、と」

 「そうです」

 「ちなみに君は三ない運動をどう思う?」

 「はっ、えっ?」


 三ない運動?突然何を言ってるんだこの校長。

 質問の意図が分からずに口籠る。

 この質問、とんでもない引っ掛けだったりしないだろうか。迂闊に答えたら零のことがバレるみたいな……そんな心理テストみたいな効果はないか。

 

 「率直に答えてくれて構わないよ」

 「じゃあ率直に言わせて貰います。正直言って意味不明な運動だと思います」

 「理由は?」

 「逆に禁止している理由を答えられますか?」

 「貴様!質問しているのはこちらだぞ!」

 「まあ待ちなさい教頭」


 顔を真っ赤にして噛み付いてこようとする教頭を校長が止める。

 飼い犬にはちゃんとリード付けとけよ。


 「残念ながらわたしには答えられない。せいぜい世間的に見て危険だからと言う他ない。だから生徒の立場でどう思っているのか聞かせて欲しい」

 「…………分かりました」


 俺は校長を信じてバイクの有用性と同時に危険性を説明した。

 そもそもバイク事故を起こしたところで自己責任だろう。そこで学校に責任を求めるのがお門違いだ。無理やり乗せていないのだから。


 「やはり福武零はバイクに乗っていたんですよ校長!恐らくこの山葉賢人も同様に!でなければバイクを褒めちぎることなど……!」

 「分かった。信じよう。福武さんはただの事故であったと」

 「校長!?」


 アホそうな教頭は驚いているが、校長の様子から見るに恐らく俺や零がバイクに乗っていることを知った上でこんな話をさせていたのだと思う。

 それを咎めるでもなくバイクのことを知ろうとした。

 この学校の三ない運動が消えるのも時間の問題だろう。


 「質問に誠実に答えてくれたお礼にこちらも質問に答えよう。何かあるかね?」


 校長にしたい質問か……。


 「校長は零のいじめ……いや、傷害事件を知っていましたか?」

 「あぁ、当然」

 「なんで対処しなかったんです?」

 「さっきバイクの話でも出ただろう。それは学校側に責任があるのかね?」

 

 悪びれるでもなく校長が答えた。

 確かにそう言う事件は先生に見つからないようにやるからその場合はどうにも出来なくても仕方がない。

 だけど、零の件は違う。


 「知ってて見過ごすのはそりゃ問題だ。何の為の学校だよ」

 「何だその口の聞き方は!そもそもそれなら同じクラスの生徒はどうなるんだ!」


 聞いていないのに教頭が騒ぐ。


 「生徒じゃ対処出来ないから先生がやるんだろ」

 「例えば退学とかかね?」

 「そうっすね。その代わり情報収集と事実確認は完璧にしなきゃいけないですけど」


 でも高校なら妥当な判断だろう。

 悪いことをした奴にはそれ相応の報いがないと自分がどれだけのことをしたのか分からなくなる。

 それでも自分の非を認めない奴らが居るのが困った話だ。普通に頭おかしい。


 「貴重な意見をありがとう」


 何がありがとうだ。俺に感謝なんかしないで零に謝れ馬鹿野郎。


 「感謝なら朱音ちゃんにするんだな」


 イライラするのでそう言い捨てて校長室を勝手に出た。後ろから教頭が何か言っていた気がする。どうでも良いから無視だ無視。

 軽く走って教室に戻る。

 はぁーーー!良い校長だと思ったのに!ふざけやがって!

 怒りを鎮めるには零の顔を見るしかない。


 「わりっ、遅れ……た」


 教室に零の姿はなかった。

 しかし、電気は点きっぱなしで俺のリュックは当然、零の席にもタブレットとリュックが置きっぱなしになっている。

 トイレか?

 すると教室のドアが勢い良く開いた。

 零じゃない。教室に入ってきたのは息を切らした川崎だった。


 「はぁ……はぁ……!」

 「どうした?零なら居ないぞ」

 「福武が……!北条たちに連れていかれちまったんだ!」

 「何……?」

 「俺じゃどうしようも出来ない……だから頼む……!」

 

 川崎は頭を下げた。俺に。

 初対面で絶対印象が悪かったはずなのに。


 「詳しく聞かせろ。場所は」

 「裏門……今ならまだ間に合うかも……」


 裏門……まずいな。車で連れ去るつもりか。

 俺はポケットにスマホとバイクのキーがあるのを確認してから走り出した。


 「川崎は保健室の神代先生に事情を話せ!」


 校長も教頭も役立たず。

 他の先生は知らねぇけど多分役立たず。

 先生で頼れるのは朱音ちゃんだけだ。

 川崎の反応なんて待ってる暇はない。

 昇降口で靴を履き替え——走る。疾る。奔る。

 暑さを忘れて裏門に辿り着く。金髪の男が一匹。

 俺の存在には気付いていないようだ。馬鹿だな。悪いことしたらその場から直ぐ去るのが得策なんだよ。

 俺は背後から近付き、腕で金髪野郎の首を締め上げた。


 「うぐっ……おっ……!?」

 「お前らの仲間が何処に行ったのか今直ぐ答えろ。さっさと答えろ」

 「だ……誰が……そんなことペラペラ喋るか……」

 「ああそうか。じゃあお前の首はボキボキにしてやるよ」

 

 腕に力を込める。

 金髪野郎が俺の腕を外そうと必死にもがく。水から打ち上げられた魚のようだ。

 それで俺が本気で言っているのが分かったのか金髪野郎は苦しそうに言った。


 「わ……分かった!……言う……言うから!」

 「言え」


 金髪野郎の話によれば三つの廃墟を拠点にしていて、どれかに居るとのことだ。

 実際は何処かも知っているんだろうが、三つに絞れただけ良い。

 

 「じゃあ意識を落として終わりにするか」

 「は!?約束と違うぞ!?」

 「骨折るのは勘弁してやるって言っただけだ」

 「甘いな、高校生」

 「?」

 「死ねええええ!」


 背後から聞こえてくる野太い声に反応して首を回す。

 太陽の光を跳ね返すナイフ——は白い壁に遮られた。

 割り込んできた朱音ちゃんの蹴りでナイフを蹴飛ばされ、呆然としてる間に頭に一撃貰って金髪野郎の仲間は気絶した。

 

 「大丈夫?」

 「助かった」


 俺は安心して金髪野郎を絞め落とした。

 

 「学校に不審者登場で通報しておくわ。あなたは行きなさい」

 「ありがとさん!」

 「山葉君!」


 走り去ろうとした瞬間に朱音ちゃんが呼び止める。


 「死ななければ私が死ぬ気で助けるから。次は福武ちゃんを交えて三人でお茶しましょ」

 

 朱音ちゃんは右手でカップを持っているように見せた。

 あのジェスチャーだとビールジョッキで乾杯してるみたいだ。


 「授業サボって?」

 「昼休みか放課後にして欲しいけど……来たいのなら何時でも良いわよ」

 「じゃあ飲みに行くよ。零と山野を連れてくる」


 朱音ちゃんの笑顔を見届けた俺は走る。

 走りながらスマホで電話を掛ける。


 『もしもし?』

 「木葉か?緊急事態だ。零が攫われた」

 『向かう場所は?』

 「今送る。じゃ」

 『分かった』


 電話を切ってメッセージで場所を送信。

 その時、スマホが鳴った。

 木葉がかけ直してきたのかと思いきや、表示されている名前は『福武零』だ。

 零から?

 電話に出てみるが零の反応はない。聞こえてくるのは車内で大勢が騒いでいる怒りしか湧かない会話。

 そうか、零は携帯二台持ちだから片方しか処理しなかったんだな。

 俺が登録されてると言うことは姉貴のだ。


 「もしもし、姉貴か?」

 『そうだけど?なんか用?アタシ今仕事中だぞ』

 「零が連れ去られた。姉貴が貸したスマホ持ってるから姉貴なら自分の携帯で零が何処に居るのか分かるだろ?」


 便利なことに失くしたスマホを探す機能が付いている。元々姉貴のならIDもパスワードも知っているはずだ。


 『嬢ちゃんが?ようし!アタシも行くぞ!』

 「なら一応大作たちにも連絡頼んで良いか?」

 『まっかせろ!』


 凄いな。零は俺が皆んなに紹介と言うか会わせてからそんなに期間が経っていないのに窮地だと知れば二つ返事で助けようとする。

 周りがお人好しなのか、はたまた零が好かれているのか。

 そんな風に手を回しているとバイクの在処までやってきた。

 バイクに跨り、走らせる準備をしながら考える。

 三つの場所の内、何処を選ぶか。一つがホテルの廃墟、もう一つが遊園地、最後にあの倉庫。

 電話から聞こえてきた野郎たちの会話から察するに。

 俺はアクセルをぶん回した。

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