第22話「犯人探し」


 んー……もう合わせる顔あるはずなんだけど期間が空いてしまっただけに零に話し掛けにくい。

 昼休み、零の周りにはイケイケな男子たちが集中している。

 相変わらずの男子人気だ。

 話し掛けられる雰囲気じゃないな。零包囲網が完全に出来上がっている。

 昼飯食うかと思った矢先。


 「熱い視線を向けてるじゃん。やっぱりクラスで一番の美女は気になる?と言うかクラスの誰よりも仲良いよな」

 

 山野が絡んできた。このノリだと昼食を一緒に、だろうな。手に弁当も持ってるし。

 山野は零をクラスで一番の美女と称するが、美女にしては可愛らしさが強過ぎる。

 美女と言うのは木葉みたいなのに使うのが最適なのだ。

 

 「そうでもねぇよ。積極性で言ったらあいつらの方がよっぽど上だ」


 リュックからサンドイッチを出し、山野に言う。

 山野も弁当の包みを開けながら言った。


 「福武さんは誰よりもケーを信用してる気がするけど」

 「ここの奴らが信用出来ない奴ばっかりで俺の評価が相対的に上がってるんだろ」

 「いじめられてるの知ってて何もしなかったから……か」

 「まあでも男子は話し相手になってたらしいからきっと救われてたと思うぜ」

 「男子組、大活躍じゃん。ヘヘッ」

 

 何が大活躍だ。普通に助けてやれよ。

 ただ、担任もクラス全員も誰も味方が居なかったら流石に零の性格でも精神的にキツいだろう。

 それがなかったら俺が会う前に死んじまってたかもな。

 

 「あっ、そうそう。福武さん、夏休み明け直ぐは休んでたんだけどさ」

 

 零の話の流れで思い出したように山野がそう前置きをする。

 うん、知ってる。


 「なんかその怪我の理由がバイクに乗ってたからって噂があるんだよ。何か知らないか?あっ、バイクって自転車のことじゃないぞ」 

 

 なんだって?零がバイクに乗ってることがバレてる?どう言うことだ……?

 少なくとも学校には自転車で事故ったとあの母親が報告してるはずだ。まさか家庭環境が悪化したから暴露でもしたのだろうか。だが、それなら噂で留まっているはずがない。

 バイクのことを知っているのは当事者の零と零の両親、そして木葉、大作、大山の三人で、同じ学校内で知っているのは俺だけのはずだ。

 特訓は河原でやって、大作たちが言うには誰にも見られていない。免許取得後も軽くおっちゃんの店の周りを走っただけ。制服も着ず、フルフェイスでは零だと判別するのは無理だろう。

 それにその後直ぐに京都に行ったのだから。


 「なんだその噂。どっからそんなのが流れてんだよ」


 あくまで知らないふりを決め込む。

 これで良い答えが聞けると思いきや、山野も困り顔で腕を組む。


 「それが分からないんだよなぁ。気付かぬ内に皆んながそう言ってる。だけど誰から聞いても情報源に辿り着かない」

 「……信用出来る噂じゃないな」

 「ま、あの福武さんがバイク乗ってるとは思わないけど、皆んな噂が本当がどうかなんて気にしないんだよねぇ」

 「面白い方を信じるからな」

 

 口では本心を悟られぬよう自然に答えるが。

 これはまずい傾向だ。生徒の噂話は数が多い分、先生の耳に入るのは時間の問題。

 証拠が掴まれていなければ問い詰められることはないだろう。だが、証拠があった場合は……。

 

 「悪い山野。ちょっと用事出来た」

 「えっ、あっ?」

 

 残りのサンドイッチを飲み物で無理やり流し込み、携帯に連絡が来たかのように見せて席を立つ。戸惑う山野を無視して教室を出る。

 天ぷらナンバーで零一人だけを跳ねた車と学校に広まる噂。

 いくらなんでも怪し過ぎる。まるで零だけを狙っているかのようだ。

 ……これは俺の想像以上に厄介な事件だぞ。

 保健室のドアを開ければ全身真っ白で白衣を着た赤眼のアルビノ先生が優雅に珈琲を……今日は紅茶だった。

 保健室が自室みたいになってるの本当に笑えてくる。


 「相変わらず客が居ないな」

 「保健室に客人が多く来られても問題よ」

 「それもそうだな。久しぶり、アルビノ先生」


 どうせ誰も来ないので椅子に座る。

 

 「アルビノ先生は辞めなさい」

 「じゃあ朱音あかねちゃん、俺も紅茶飲みたい」

 「せめて朱音先生と呼びなさいよ。砂糖とミルクは?」

 「要らない」

 「はい、召し上がれ」


 ティーポットにまだ余りがあったらしく、朱音ちゃんはカップを取り出し、紅茶を淹れてくれた。保健室の独特な匂いが紅茶で塗り潰されてる。


 「さんきゅ!」


 テストは今までここで受けてたから朱音ちゃんとは割と親しい。先生にしては年齢が若いのも話しやすくて良い。

 朱音ちゃんの淹れる珈琲と紅茶は本当に美味しい。

 珈琲はマスターのと違いがある。豆にもよると思うがどちらかと言うと朱音ちゃんの方が苦めで酸味が少なめ。


 「それで?授業中ずっと寝っぱなしの悪ガキが何の用?」

 「復帰しただけ良いだろ」

 「福武ちゃんを押し付けただけあったわね。学校の人と関わりが出来れば復帰する理由にもなるかと思ったのよ。ふふふ」 

 「魔女め……してやられたな……」


 零が河原にやってきたのは朱音ちゃんの仕業だったようだ。

 しかもそれで零のいじめが解決し、俺が学校の復帰までしているのは全て掌の上だったと考えると末恐ろしい。

 見た目も含めて誇張なしで魔女だ。

 だが、この際それはどうでも良い。

 

 「なあ朱音ちゃん。先生たちの間で零の悪い噂とか流れてないか?」

 「悪い噂……私の知る限りでは聞いてないわね。詳しい話を頂戴」

 「実は……」


 朱音ちゃんは俺がバイクに乗っていることも知っているし、そんなことでぐだぐだ注意してくる先生じゃないので夏の間に何があったのかを全部話した。

 

 「ふむ……そう言うことね」

 「一緒に居たメンバーは俺以外全員他校だし、あいつらがそんなことするメリットゼロなんだよな」

 「まっ、不登校少年に友達が居る筈ないものね」

 「朱音ちゃんが無理やり合法不登校状態にしたんだろ。助かったけどさ。ってその話は今は良いんだよ」


 今は誰がその噂を流したのかだ。

 まあ、大体予想は付くけどな。


 「北条でしょうね」


 朱音ちゃんは紅茶のおかわりを自分のカップに注ぎながら言う。

 そんでもって余った最後の紅茶を俺のカップに淹れた。

 零のことは福武ちゃんと呼ぶのに北条は北条で呼び捨てなの面白いな。その気持ち、分かる。


 「だろうな」

 「もしも轢き逃げ事件まで関係してるとしたら危険かもしれないわね」

 「ふむ……でも田舎過ぎて呟きSNSには情報ゼロだったんだよな……どうすっか」

 「まさか個人で調べる気なの?」

 「出来る範囲で。一応信頼出来る警察の人も動いてるから無理はしねぇよ」


 俺の知る限り、警察は稀に役に立たない時がある。

 だが、姉貴の彼氏が警察で今回の件も捜査していると言うからある程度は信頼して良いだろう。 

 それに何より零を轢き逃げした奴を野放しにしておくのも腹の虫が治らない。もしも北条が関係してるんだったら機会があれば一発かましてやる。

 朱音ちゃんは心配するつもりもないらしく、ふーんと言ったような顔で紅茶を飲んでいる。


 「腕っぷし強いし良いんじゃない?死ななければ怪我は私がなんとかしてあげるわよ」

 「なーんだ、魔女よろしく便利なお助けアイテムとかくれないのか」

 「私のあれをひょいひょいあげられると思わないでくれる?」


 俺が朱音ちゃんを魔女と言うのには理由がある。

 朱音ちゃんは見た目もそうだが、どうやら魔術っぽいものを使える。前に見せてもらったことがある。

 変な文字を刻んだ石みたいなの使うらしい。

 ルーン文字とか言ってた気がする。


 「福武ちゃんならまだしも自分の力が強いあなたには必要ないでしょう?」

 「俺をなんだと思ってんだ。スパイ映画の主人公じゃないんだぞ」

 

 そりゃ当然喧嘩ばっかりしてた時期もあったから多少の自信はあるが、一人で大勢をバッタバッタと薙ぎ倒すほどの力はない。

 あくまで高校生よりちょっと上くらいのレベルだと思う。

 とは言えチンピラくらいとタイマンなら負ける気はしない。ルール無用の喧嘩ならだが。


 「それにねぇ……あれを大っぴらにしたくないのよ。分かるでしょ?」

 「分かるけど又聞きじゃ誰も信じやしないだろうな。精神科へレッツゴーだ」

 「見ても信じないわよ」

 「確かに」


 そう言えば朱音ちゃんは頭が狂ってるんじゃないかと思いたくなるほど天才的なのになんで保健室の先生をやっているのだろう。

 薬剤師と医師免許持っているのならもっと良い働き場所がある気がするのだが。

 例えば。


 「朱音ちゃんってアルビノの特効薬で一儲けとか考えたりしないの?」

 

 朱音ちゃんはアルビノの中でも珍しい赤目の持ち主。本来は視力も乏しければ皮膚も弱いはずなのだがピンピンとしている。

 大学時代に研究室で作った特効薬で解決したらしい。


 「あれはそもそも私専用で作ったから。手を加えれば他の人にも使えるようには出来るけど」

 「研究室の奴らに技術盗まれたりは?」

 「残念ながら文字に起こしてないから無理ね」

 「……は?」


 薬を作ったのに文字に起こしてない?レシピとかどうなってるんだ。

 俺の思考を察した朱音ちゃんは自分の頭を指差す。


 「全部頭の中。でも魔術を使ってるから発表しても誰も信じない。ふざけたこと言ってないでちゃんと説明しろって言われるわよ」

 「アホな奴らだな」

 

 世界で二人と居ない天才魔女の力を信用しないのは多大な損失だろ。

 朱音ちゃんは空になったカップをテーブルに置き、言った。


 「科学に支配され過ぎなのよ。宗教と変わらないからね」

 「と言うと?」

 「だって科学的根拠があってもそれを理解出来る人なんかほぼ居ないでしょ?自分の理解が及ばない物を信じてるんだから大体一緒じゃない」

 「一応同じ人間が理解してるのが証拠なんだろ」


 それが専門家の役割だろう。

 だが、だから科学的根拠がなければ信じられないと言うのも変な話だ。

 科学で説明出来ないことなんて腐るほどある。


 「そんで、朱音ちゃんはなんで保健室の先生やってんだ?もっと稼げる場所ありそうだけど」

 「分からない?福武ちゃんみたいな人を助ける為よ」

 「子ども大好き!ってことか?いやーロリショタどっちもいけるなんて意外だな」

 「違うわよ」

 

 すっげぇ顔で睨まれた。

 

 「多くの要因で辛さを感じる子どもたちは結構あっさりと死んじゃう」

 「大人でも死ぬもんな……」

 「子どもが死んだら国が終わるから少しでも役に立ちたいと思ってるのよ」

 「うわ、なんか先生みたいなこと言ってる」

 「私は立派な先生よ!」


 中々良い勢いでツッコミをしてくれる朱音ちゃん。

 一瞬で落ち着きを取り戻し、話を続ける。


 「人間関係が拗れるのは普通だけれど不当に暴力を振るい続け、ましてやそれを楽しむなんて……どう育ったらそこまで倫理観が狂うのか知りたいわよ」

 「逆に知りたくねぇわ」


 絶対に反抗してこないであろう人物を選んで徹底的に痛め付けることを娯楽としてる奴の内面を仮に知ったとしても絶対に理解出来ない。

 何も知らない小学生とかが軽くやって怒られるのならまだ分からなくはないが、高校生だぞ?まじで頭沸いてるだろ。

 

 「話が戻るけど私は稼ごうと思えば何時でも稼げるし」


 朱音ちゃんが得意げに、さも当然のように言う。


 「うわぁ……」

 「うわぁ……って何よ!?あなたが一儲けしないのかとか聞いてきたんじゃない!」

 「堂々と言われると腹立ってきた」

 「何よそれ。ほら、もう昼休みが終わるからさっさと出て行きなさい」


 朱音ちゃんに言われて時計を見ると、次の授業まで残り十分しかなかった。

 これはそこそこ急いで教室に戻らないとまずい。

 移動教室だから教室の鍵を閉められてしまう。そうなってたらまた保健室に戻ってきてサボろう。


 「ほーい、また紅茶飲みに来るわー」

 「はいはい。珈琲、紅茶、何時でもご馳走してあげるわよ」

 「じゃあ毎日来るか」

 「やめて」


 朱音ちゃんは心底嫌そうな顔をする。

 幾ら人が来なくても本当に朱音ちゃんの仕事が舞い込んできた時に俺が居ては邪魔だろうから流石に毎日行くつもりはない。

 それはそうと今のところ、先生たちの間に零の噂は広まっていないのが確認出来た。なら良い。

 学校が終わったら調査開始だ。



 「それで?オレを呼んだ理由は?」

 「呼んではないだろ」


 その日の放課後、おっちゃんの店に行くと大作が居た。倉庫に立ち入らないようにしているからか自然とおっちゃんの店が溜まり場になった。

 珍しく大山の姿は見えない。今日はバイトのようだ。

 本当はおっちゃんに頼むはずだったけど大作が居るなら大作でも良い。


 「大作、今から暇か?暇だよなどーせ、だから手伝え」

 「おいおい、いきなりなんだよ。いやまあ暇だけど」

 

 良かったじゃないか。俺のおかげで暇じゃなくなるのだから。


 「零を轢き逃げした馬鹿を探そうと思ってんだ」

 「そりゃ良いな!そう言うことならオレも手伝うぜ!」

 

 まだ具体的な内容を言っていないのに轢き逃げ犯を探すと聞いた大作は光の速さで考えなしに良い返事をくれた。相手は天ぷらナンバーで轢き逃げをするような相手なのに怖くないのだろうか。

 

 「レイちゃんを轢いて逃げるなんて……そんなクソ野郎は誰であろうとギッタギタに叩きのめしてやろうじゃねぇか……へっへっへ」

 

 どうやら復讐の炎で恐怖の感情は焼き尽くされてしまっているようだ。

 犯人を見つけてもいないのに大作は子どもが見たら泣きそうな恐ろしい顔で笑っている。犯人を見つけたら拷問でもしそうな勢いだ。

 俺も俺で警察より早く見つけてしまった時、どうするか分からない。少なくとも一発は確実にぶち込む。いや、二発……五発はいきたいな。


 「ケントのことだからアテみたいなのはあるんだろ?」

 「大作も知ってるアテだ。さて、最近見た物で悪い奴と関連付けられそうな物は?」

 「……あの薬物っぽいやつか?」

 「正解。今から倉庫行くぞ」


 前に偶然見つけた麻薬のようなもの。あの倉庫を探せば他にも手掛かりが見つかるかもしれない。

 轢き逃げと関係しているかどうかは不明でも調べる価値はあるだろう。

 もしもの時があっても大作が居れば一人よりかは安心だ。

 木葉も連れて行きたいが、夕方から夜は学校だから諦めるしかない。

 俺と大作は明るい内に倉庫に向かった。前まではバイクごと倉庫の中に入れていたが、今回は少し離れた場所にバイクを隠し、倉庫に入る。


 「よし。今は誰も居ないな」

 「閉めといた方が良いよな?」

 「そうだな。そしたらこれを」


 俺は倉庫内に落ちているパレットの木片を手に取り、ドアのレールに挟んだ。

 挟んだドアを普通に開けられる程度の力で引く。

 ドアは開かずに木片が突っ掛かる。

 多分、思いっきりやれば開くだろう。予想外の来客が来た時の時間稼ぎになる。


 「良し、まずはあの箱を見てみよう」

 「がってん承知」


 積み重なったパレットの上に置かれた段ボールはそのまま置いてあった。

 ライディンググローブをしたまま箱を開ける。


 「あ?」

 「お?」


 中身の麻薬らしき粉は抜き取られていた。


 「重さからしてそうだろうとは思ったけど」

 「やっぱり誰かが出入りしてるのか。オレたちの溜まり場をよくも……!」

 「俺らの物でもないだろ」


 ドラッグ野郎も俺たちもどっちも無許可だ。

 そんなことより今は手掛かりを探したい。

 拳を握り締める大作に「さっさと探せ」と言っておく。長居はしたくない。

 大作は梯子を登って二階……と言えば良いのか分からない上の足場に。

 俺は積み重なったパレットだらけの一階を探索する。

 思っていた以上に何も見当たらない。麻薬は偶然だったのか?

 そう思った時、黒いコンテナを見つけた。農家が使うようなコンテナだ。

 それを引っ張り出してみると中身が揺れて、音が鳴る。ガラガラガチャガチャとおもちゃや金属が喧嘩する音。


 「これは……警棒か?」


 一個だけ中から取り出す。

 特殊警棒と言われる物だろうか。その他にもコンテナの中にはメリケンサック、コンバットナイフ、手錠。物騒な武器たちが仲良く手を取り合っている。

 ……色々と危険だな。銃がないのはせめてもの救いか。

 相手が銃持ちだったら勝ち目はない。それこそ朱音ちゃんに助けを求めるしかなくなってしまう。

 

 「おーいケント!なんか凄いの見つけたぞ!」

 「今行くー!」


 コンテナを元の位置に戻して梯子の近くまで移動する。

 段ボールを持った大作は梯子を使わず飛び降りてきた。

 

 「ジーン!って来た……」

 「飛び降りるからだろ。普通に箱を俺に渡してから梯子で降りて来れば良かったのに」

 「その手があったか!」

 「馬鹿なのかお前は!?」


 俺が何の為に早足で梯子の下まで来たと思っているんだ。

 そんな馬鹿が探し出した段ボール。麻薬が入っていた段ボールより小さい。

 中身はあの時見た粉が麻薬であったことを強く印象付ける物が入っていた。


 「注射器か」

 「絶対あれ麻薬だったよな。ケントは何か見つけたか?」

 「警棒とかナイフが入ったコンテナ」

 「もう確定じゃんか。後はこいつらがレイちゃんを轢き逃げした証拠を——」

 「しっ……!静かに」

 

 車の音が聞こえた気がした。

 エンジンの音が小さ過ぎてタイヤが道を踏む音だけでは判断が出来ない。

 やがて、倉庫のドアがガタッと揺れた。


 「「!?」」


 挟んでおいた木片のおかげでいきなり開けられるのは防いだ。

 俺たちはその時間を使って急いで倉庫の奥、パレットの裏側に身を隠す。

 直後、木片が割れ、ドアが開く音が聞こえてくる。


 「木片が挟まってたみたいですねぇ」

 「てっきり誰かがドアを塞いでいるのかと思ったが、違うなら良い」


 二人の男の声。どちらも知らない声だ。同じクラスの奴らではない。

 顔を見てやりたいのは山々だが、顔を出して見つかっても困る。それに暗がりで見えないだろう。

 待てよ……?二人なら大丈夫か?いやでも、まだ事件に関連しているか不明なのに手を出すのはまずいか。

 バレないように息を殺す。


 「ミツルさん!あれを見てください!」

 「……あれは注射器の箱か。どうしてあんな場所に」


 その会話を聞いて俺はバッと大作を見る。

 大作の手に箱はなく、全力で首を横に振っている。

 せめて適当な場所に隠しておくべきだった。


 「クスリの箱まで移動してるな。誰かここに来たのか?」

 「いえ、誰かが来る話は聞いてないですけど」

 「部外者に見つかったのか?それなら口封じをしないと危険だな」

 

 ミツルと呼ばれた男は落ち着いた口調で話している。だが、逆にその落ち着きぶりが恐ろしく思えてくる。

 

 「まだ倉庫に居るかも知れないですよ」 

 

 その流れはまずい。

 

 『な…なぁ……ケント』

 『なんだ?』


 気付かれないように小声で話す。


 『めっちゃくしゃみ出そう……』

 『おま……絶対に我慢しろ。音は出すな』


 ここでくしゃみなんかされたら確実にバレる。

 落ち着け、落ち着けと右手で伝えるが口が大きく開いていくのが止まらない大作。

 何とか大きな音が鳴らずにくしゃみを終えた。

 しかし、その拍子に大作の体が跳ね、パレットにぶつかった。


 「誰だ!!」


 俺と大作は大慌て。

 言葉も使わず、ジェスチャーだけでどうにかしろと指示すれば無理無理無理と言いたいのか首を振られた。

 近付いてくる足音。

 もうやるしかない。

 そう覚悟を決めた時——


 「にゃ〜ん」


 大作が猫の鳴き声を真似した。

 その鳴き真似は面白いくなってしまうくらいクオリティが高く、俺は溢れそうな笑いを堪える為に両手で口を塞ぐ。

 ほっぺに空気が溜まる。鏡を見たらハムスターだ。

 映画とかドラマで猫の鳴き真似で誤魔化そうとするの見たことあるけど成功してるのは見たことがない。

 

 「猫が居るようですね」

 「廃倉庫だから仕方ないか。箱を移動させたのも猫だろうな。そうと分かったら隠して帰るぞ」


 まさかの方法で窮地を切り抜けた。

 あそこまで警戒してたのに猫の鳴き声で警戒心完全に解くとは……大作の意外な特技が判明したな。

 車が離れていく音を聞き届けてから俺たちは物陰から体を出す。

 

 「はぁ……焦った」

 「こっちの台詞だ」

 「でもオレのおかげで切り抜けられただろ?」

 「大作の所為でもあるんだぞ」


 くしゃみをしなければ息を潜めているだけで十分だった。

 俺たちはミツルとやらが隠していた物を引っ張り出す。段ボールは麻薬が入っていた物を流用したようだ。

 中身はナンバープレート。


 「……当たりだ」

 「まさか……あの時の天ぷらナンバーと一緒か?」

 「あぁ、間違いない」


 零を轢き逃げした車のナンバーだった。

 名前はミツル。結構な収穫だ。

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