第十八話 「栄吉と魔法少女とカタツムリ……と。アレ(笑)」

水ぎわ

第1話 「この世の救いは、この一点にかかっている」

 人生には三つの坂がある。

 上り坂・下り坂。

 そして、ヒサン坂。


 午後の陽光まぶしい住宅展示場で、急ごしらえのステージに立つ矢場杉栄吉の耳には、軽快なテンポで「田原坂」のテーマソングが流れていた。

『こうとしか、生きようのない人生がある♪』


 ……いや、そんなことないだろ。

 なんで僕が、赤い革のワンピース型ミニスカートをはかされ、黄色と水色のサテントップスを着せられ、ついでに頭にチューリップの花をのせた格好でステージに立たねばならないんだ。

 思わず猫背になると、栄吉の隣で、魔法少女・ココサマーの衣装を着たミカンサが小声で怒ってくる。


「しゃんとしてよ。魔法少女のイメージがこわれるでしょ」

「……僕が魔法少女って時点で、無理あるよ」

「だまって。ここが指定された場所なんだから」


 だれの指示ですかと聞こうと思った時、ステージの端から華麗なジャンプと共に登場してきた男がいる。敵役に扮したヘミュオンだ。

 ヘミュオンはステージ中央で不敵に笑い、


「さあ、魔法少女・ココスプリング、ココサマー。俺が秘密結社・ヨイヤミーズのリーダーだ、戦え!」


 どうでもいいがヘミュオンはちゃんと男の格好だ。悪の秘密結社のリーダー役らしい。しかもこの悪役、イケメン設定らしくステージ前に陣取った若いママたちから声援が飛んでいる。

 栄吉には子供たちからの声援が来ている。

 一応。

 ただし、かなり疑いの声も混じっていた。


「ママ―。あの魔法少女・ココスプリングちゃん、ちょっと背が高すぎるね」

「あー、日光を浴びると大きくなる設定なのよ」


 栄吉はもうやけくそになり、ヘミュオン相手にファイティングポーズをとった。そのとたん、尻にミカンサのキックが飛んできた。


「魔法少女のポーズをとって! 決めセリフも!」


 栄吉は涙ぐみつつ、魔法少女のポーズをとった。両手を上げて、頭の上のチューリップをささげ持つ。膝をそろえて“くの字”に曲げる。

 ……我ながらキモチワルイ。しかしこうゆうときは、客観的に物事を考えてはいけない。

 栄吉は頭を真空にし、この宇宙上のどこかにあるブラックホールとつながろうとした。これで心は平静になり、魔法少女の決めセリフが出てくるはずだ。

 栄吉は口を開いた。ちなみに口元はミカンサが塗ったくったダークピンクの口紅。ブランドはRMKだ。


「私は友愛、ココスプリング! ココドールここに見参! スプリ……」

 決め技、スプリングストームと叫ぼうとした時、栄吉の口は全く違う言葉を叫んでいた。


『我が名は陽炎。この世の常闇より出でて、この世の陽光を収むる匣なり。妖刀・葉桜、わが元に戻れ!!』


 栄吉が言い終わった瞬間、ぶわっとあたりを七色の光が彩った。住宅展示場のステージ周辺から、親子連れの悲鳴が聞こえた。

 聞こえた、と栄吉は思った。

 親子連れの声は、遠くから聞こえる。

 遠い?

 栄吉は自分の身体を見て、叫んだ。


「僕、浮いてるっ!?」

 栄吉の身体はステージから数メートルのところに浮かび上がっていた。足元からミカンサとヘミュオンの声が聞こえる。


「しまった、カタツムリが全部除去できていなかったのね」

「だから触手とBL同人誌も使えと言っただろう。ワセリンと歯ブラシじゃ、ぜんぶ掻き出せなかったんだ」

「どうなるんですか、僕っ!?」


 そう叫んだとき、後頭部にぞくっとひどい寒気が走った。

 いやな寒気。この世の底が抜けたような、暗黒星雲につながる穴が一気に開いたような不穏な空気が栄吉のまわりで渦まいた。

 と栄吉は唐突に考えた。

 下着が必要だ、それも70AAサイズのブラジャーが。

 え、チョイ待って。僕、別にそうゆう趣味があるわけじゃない……けど、この赤い革ミニスカ、けっこう僕に似合ってないか? そんじょそこらの女子よりもきれいだよ……。

 栄吉が自分の思考を疑い始めたとき、悪寒の正体が日光をさえぎりつつ、近づいてきた。

 妖刀・葉桜と一体化した男の姿だ。



 ★★★

 映画「ヤーブス・アーカの微妙な貢献」をみた栄吉にはすぐにわかった。

 空中を鮮やかに飛んでくるのは、葉桜を使いこなす力を持ったポリスマン、ヤーブスだ。そして妖刀とヤーブスはすでに一体化していた。

 ヤーブスの全身があやしく輝く刀身となっている。

 栄吉の中の匣・陽炎がつぶやいた。


『ちっ、もう同化が終わっている。やはり、あの稽古場のナイフはニセモノだったか。まあいい、力業で何とかしよう――後の人は、そうゆう処理がうまいからな』

 その言葉が終わった瞬間、ずるり、と何かが体内から這い出す感覚が、栄吉を襲った。


 ぬるら。

 ずりる。

 ぎにょべ。

 けっけっけっと軽快なリズムに乗って、栄吉の赤いミニスカートから何かが出てきた。

 匣・陽炎が。

 栄吉の尻から少しずつ顔を出し始めていた。

 栄吉の足元からミカンサの声が聞こえた。


「気をつけてっ! 匣を出し切るには、触手かブラジャーの助けがいるわよ!」

「触手もブラジャーも、ありませーん!」

 栄吉が悲痛な声を出すとヘミュオンが叫んだ。


「ばか、何のために魔法少女コスをしてるんだ。70AAのブラジャーは、今オマエがつけているだろう!」

 助かった、と思った栄吉は、すでにどうかしている。

 魔法少女コスを着用している栄吉が、70AAのブラジャーを取り出そうとするのなら。

 白昼堂々、マッパにならねばならない。

 なぜなら魔法少女の衣装はだからだ。

 午後1時半の住宅展示場ステージの上で素裸になる。ま、今回は文字どおり空中だが。

 とにかくマッパ。

 栄吉は気が遠くなりそうになった。


 だが後のことは。

 誰かがナントカする。ここはそうゆう異次元空間なのだ。



 ※lagerさまへ続く


 ★★★

 ははは! え、水ぎわが悪いんじゃないですよ。

 すべて妖刀・葉桜と、匣・陽炎が悪いんです。あとたぶん、お昼に食べた長崎ちゃんぽんが悪かった(笑)。


 lagerさま。

 今度お会いしたら、水ぎわ、平身低頭でお詫びします。

 あと、えーきちさまにはリンガーハットの株主優待券を送っときます。


 久々に、緊張しつつもスカッと書けました!

 楽しかったです! ありがとうございます、みなさま!!

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第十八話 「栄吉と魔法少女とカタツムリ……と。アレ(笑)」 水ぎわ @matsuko0421

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