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全員病院に連れて行かれて、個室で療養になった。誰も、けがをしていない。そして、少しずつ山火事と雪崩と崖のことを記憶から曖昧にしはじめている。軍の人間を呼んで、心理的なヒーリングを使って登山時の記憶を薄めるように指示した。
拒否したのは2名。小屋で外から自分を押し倒して引き戻した女性と、オリガ。女性のほうは小屋の時間を忘れたくないという理由を理解できるが、オリガのほうは分からなかった。
直接、オリガの個室に出向く。
「あの。わたし。本当は、何年、あそこに?」
気付いているようだった。
「半年。そして、その前の時間まで含めて、雑な計算だが、512年」
オリガは、512年、あの小屋にいた。あの山の中では、時間がおかしくなる。登って降りても、時間は経過していない。そんな中で、半年。
「あの。わたしの、恋人は」
「おそらく、普通に登って普通に降りて、あなたのことを捨てただけだと」
「やっぱり。そうですか」
失恋の感覚を引きずったまま、山小屋に512年。どんな気持ちだったのだろうか。
「初恋ですか?」
「ええ。触れられることもなく終わってしまいました」
誘われるままに、オリガと過ごした。途中からヒーリングを拒否したもうひとりの女性も入ってきて、そしてすぐに眠りはじめた。
その場を後にする。管区の責任者が病院のロビーにいた。
「掃討を行いますか?」
「掃討か」
「あの区域内に人ではない何かがいることは確かです。脅威になるのであれば」
「いや。放っておこう」
「遭遇したのですか?」
「遭遇した。ボウリングの玉程度の、円い光だった」
「助けを求めた、その焦げた雪まみれの人間というのは」
「光の見せた幻だろう。普通に考えれば分かることだった。焦げているのに雪まみれというのが、そもそも矛盾している」
「たしかに、そうですね」
「あの光はわるいやつらではなさそうだから、放っておく」
おそらく、あの光が、オリガを山から降ろそうとしたのだろう。山火事も、雪崩も、崖も。あの光が見せる幻想。実際は、200メートル程度の小高い丘。
「あなたの恋人2名の処遇は、このままで?」
「ああ。本人が拒否しているのだから、別にヒーリングしなくてもいいだろう」
霊峰、というのだろうか。あの光。綺麗だった。
霊峰 春嵐 @aiot3110
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