第12話 妄想と真実の狭間で

『シャングリラ』のファンサービスイベントは入場券がプラチナチケットになっていたが、なぜか真一郎が二枚持っていた。なんでもあらゆる手段を使って、手に入れたものらしい。


「だってさ、あの純佳ちゃんだぜ。うちらが会いに行かなくてどうするよ」

 そう言う真一郎は、雨宮純佳が同じ幼稚園であることは覚えていなかったようだが、その事実を伝えると、あっという間に雨宮純佳のファンになっていた。もちろん、佐倉カスミと雨宮純佳が同一人物であることをあいつは知らないはずだ。


 だだっ広いイベント会場には、プラチナチケットを手に入れたファンたちでごった返していた。僕ら二人は遠くから『シャングリラ』の七人の登場を待っていた。


「しっかし、この伊達っていうプロデューサー、ほんといけ好かない顔してるよな」

 入場する際に配られたパンフには、『シャングリラ』のメンバーの紹介のほか、プロデューサーである伊達のインタビュー記事が掲載されていた。

「自分がプロデュースしたアイドルを、ペロリと頂いちゃうことで有名でさ。自給自足って揶(や)揄(ゆ)されているんだ。まったくうらやましい限りだよ」

 けしからんではなく、うらやましいと言ってしまうあたりが、真一郎の真一郎たるゆえんである。

「その話はよく聞くけど、ただの噂なんだろ?」

「はあ? 噂じゃないって、本当の話だよ。実際、何人ものアイドルがあいつの毒牙にかかっているんだ。プロデュース能力が半端ないから、みな口をつぐんでいるだけだ。

 それから言えば、純佳ちゃんなんてもう時間の問題、ネクストバッターズサークルに入っているようなものだ。かわいそうな純佳ちゃん。やつの餌食になるくらいなら、俺と――」

 パンフを折り曲げたもので真一郎の頭をはたいて黙らせた。こんなファンしかいないような場所で変なこと口走るものではない。


 しかし、今の真一郎の話が本当であったとするならば、一年前の彼女の僕に対するおかしな行動はすべて説明がつくのではないかと思った。

 なにぶん本人から真実を聞くことができないから、僕の想像や妄想、そして期待をフルに動員して組み立てたお話だ。どこまで本当かは分からないけど、一度頭の中でまとめて見たいと思った。


 雨宮純佳は、高校一年生のとき、路上ライブを始めたばかりの僕を見つけた。


 何かしらの理由で落ち込んでいた純佳は、彼女の言葉を信じるなら、僕の歌に元気づけられ、その結果、アイドルのオーディションに応募する。そして合格を手に入れた。


 アイドルになるには、事務所と契約しなければならない。だいたいが恋愛禁止をうたう内容が多いと思う。

 契約したら恋愛は御法度だ。もちろん破るメンバーもいるだろうけど、アイドルとして頂点を目指すと決めたならば、その足かせになるようなことはしないと誓うだろう。


 憶測だが、純佳は男の人と付き合ったことがなかったのではないだろうか。だから純佳は、契約する前に普通の恋愛をしようと考えた。そこで自身の初めての彼氏として白羽の矢が立ったのが僕だ。初恋の相手だったということも選ばれた理由の一つかもしれない。


 時期から逆算すると契約は八月下旬。夏休みに入るときにはもう一ヶ月もなかった。


 時間がないから告白もすぐだ。僕の気を引くため、僕の名前を知っていることにした。幼なじみだったのだから知っているのは当然だが、それを知らない僕はなぜ名前を知っているのかと気になってしかたなかった。まんまとはめられたのだ。


 付き合いだしたらデートは駆け足だ。日中は歌やダンスのレッスンがあるだろうから、会えるのは夕方以降だった。高校生の恋人同士がよくやるようなイベントを積極的にこなしていく。これまで彼女はそういうことをしたことがなく、憧れていたのではないかと思う。


 僕に佐倉カスミという偽名を使ったり、高校の名前を偽ったりしたのは、すべてスキャンダル対策だろう。駆け出しのアイドル時代は何もなかったのに、有名になりだしたら急に元カレが週刊誌に写真も持ち込もうとすることがある。そうならないよう、スキャンダルの証拠となるような写真、プリクラは厳禁、付き合っていることも内緒にさせ、個人情報は真実を伝えない。

 別に僕を疑っている訳ではないだろう。ただ、スキャンダルになる可能性があるものは最初から残さないに限る。そういう発想なんだと思う。


 デートの場所は薄暗いところや個室のある場所が多く、あまり人目につかないよう、深めのキャップをいつもかぶっていたのも後のスキャンダル対策なのだろう。

 日中のレッスンが相当きつかったのか、日に日に彼女は痩せていった。なぜもっと注意深く見ていなかったのか。気づいてあげたかったと今では思う。


 真一郎のことやレストランでの喧嘩はイレギュラーなことだったのではないかと想像する。これで計画がずれたところがあったのかもしれない。

 しかし最終的には計画を最後まで進めることを選んだ。最後の計画。それは彼氏と一夜をともにすることだった。


 自分を見いだしたプロデューサーは、自給自足と評判の悪名高い伊達だ。遅かれ早かれ、プロデューサーの部屋に呼び出されるのは既定路線。そして彼女はまだそのような体験をしていなかった。

 自分がアイドルとして芸能界を駆け上がるためには通らなければならない現実ではあるが、エロおやじが初めての人になるくらいなら、先に別の人と体験をしたい、そう考えてもおかしくはない。

 元来この計画の発端はそこにあったのではないかと想像する。


 喧嘩で僕と連絡を取りづらくなっていたものの、期限は刻々と迫っている。彼女は意を決して僕に連絡を入れた。

 もしかしたら、何かに理由をつけてホテルにでも入る予定だったのかもしれない。ただ、彼女にとって幸運だったのは、その夜、僕の家に誰もいなくなり、僕が家に来るよう誘ったことだった。


 翌朝、彼女はこっそり起き出すと、リビングを片づけ、テーブルの上にメモ紙をおいていった。計画を達成したらすぐに僕の前から姿を消すことは、予定どおりだったのだろう。もう二度と会うことはないと思っていたから、最初は『サヨナラ』としか書いていなかったのではないかと思う。しかし彼女は思い立って後から『5年後まで』を付け足したのではないか。


 それは前の日、僕と真一郎が組むことを決め、プロを目指すとなったことが影響していると思う。


 アイドルには消費期限がある。純佳はアイドルだけで終わるつもりは毛頭ないだろう。女優、歌手、タレント等、セカンドキャリアを考えれば、自分が一番成熟したときにアイドルを辞めることが必要だ。それを彼女は五年と考えたとしたらどうか。


 アイドルを辞めたら、当然、恋愛禁止の契約もなくなる。晴れて、僕とおおっぴらに付き合うことができる。『それまで、待っててもらえますか』。それがあのメッセージの本当の意味なのではないか。

 そして、五年の間にプロとして音楽界を駆け上がってきてほしい。そういう意味も込められているのだと想像する。


 そこまで考えていたところで、イベント会場が真っ暗になった。『シャングリラ』のメンバーの登場だ。野太い歓声が上がる。横を見ると、真一郎の姿がなくなっていた。たぶん最前列めざして突進しているのだと思う。


 会場にはテレビクルーやカメラマンの姿も多く見られた。

 最新シングルのダウンロード数、発売されたファースト写真集の発行部数など、これまでの記録を塗り替えたアイドルグループらしく、その存在感は圧倒的だった。


 そして、華やかな場所の中心に、彼女はいた。


 そこには僕の知っているカスミではなく、アイドルである雨宮純佳が立っていた。僕は吸い寄せられるように彼女の元へ向かった。人波を無理矢理掻き分け、前の方に進む。


 壇上の彼女はそんな僕の姿を見つけたようだった。一瞬見つめ合うと、はにかんだ笑顔を見せた。そのときだけ、僕の知っているカスミの顔になっていた。

 僕はつい声をかけたい衝動に駆られた。でも彼女は唇に人差し指を当て、ウインクして見せた。次の瞬間、彼女はもう雨宮純佳に戻っていた。


 僕は真一郎の姿を見つけると、腕をつかんで群衆から引きずりだした。

「何だよ。まだイベントの途中だってのに」

「うるさい。とっとと帰って、楽曲作るぞ」

 後ろ髪引かれる思いであろう真一郎と一緒にイベント会場を後にした。


 僕と真一郎はネット界隈において世間的にある程度有名になり、動画再生もこの一年で飛躍的にアップしていた。その実績を買われ、高校卒業と同時に大手レコード会社からメジャーデビューする話も出てきたところだった。


 この一年でようやくスタートラインに立つところまできたのだ。順風満帆といえなくもないが、それでも純佳のスタートから一年出遅れている。


 今は遠く離れた存在かもしれない。だけどカスミ、四年後を見てろよ。僕はプロのミュージシャンとして、真一郎とともにこの業界を駆け上がって見せる。

 

 それまで、サヨナラだ。


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5年後までサヨナラ くろろ @kuro007

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