第11話 1年後

 佐倉カスミと別れてから一年が経ったある日、意外な形で、彼女の正体が判明することとなった。


 ネットニュースに、『女性アイドルグループ、無名から社会現象へ』と題された記事が上がった。

 アイドルグループの名前は『シャングリラ』というらしい。

 大物プロデューサーの伊達だてきようすけにより昨年結成された『シャングリラ』は、歌もダンスも徹底して作り込まれたそのパフォーマンスで、無名時代からファンを着実に増やしていき、先日発売された新曲と写真集で、とうとう人気が爆発したらしかった。

 女性アイドルに興味がないため、『シャングリラ』という名前は知っていたものの、そのグループがどういうものか、まったく知らなかった。


 ギターの師匠である近藤さんと初めて会ったときに、があることを聞いていたが、たぶんこれのことだろうなと思うぐらいだった。


 ギターケースを担ぎ、近藤さんの教室に向かおうとしたとき、リビングにいる母さんから呼び止められた。

 高校三年生だというのに勉強そっちのけで音楽ばかりにかまけている息子を叱るどころか応援してくれる(諦めたともいう)母さんは、お煎餅をかじりながら、興奮した面持ちでテレビに釘付けになっていた。


「ほら、この子。瑞季あんた覚えてる?」

 知り合いがテレビに出ているのかと、僕もソファーに座り、モニターを見た。

 そこには、先ほどネットニュースで見た『シャングリラ』の写真集販促イベントの映像が流れていた。

「え、アイドルに知っている人がいるの?」

 そうだよ、となぜか母さんが偉そうにしている。

「この真ん中に立っている子、誰だか分かる?」

 七人組のアイドルグループは、ステージに立って多くのフラッシュを浴びていた。メンバーの誰もが人目を引く容姿をしていたが、その中でもセンターポジションを与えられた子は、他のメンバーより年齢が上なのか大人びた印象を受けた。


 画面に名前がテロップされている。センターの子は、あめみやすみという名前らしい。

 確かに僕は彼女を知っていた。しかし、僕の知っている彼女は雨宮純佳とは名乗っていなかった。


 僕の知っている彼女の名前は、だった。


 髪型が違うが、間違えようがない。確かにカスミだった。彼女がアイドルグループ『シャングリラ』のセンターに立っていた。

 驚きを隠せない僕に、母さんは「おや、あんたも覚えてたかい?」と聞いてきた。

 いや、覚えてるも何も、一年前に振られた相手だ。忘れるはずがない。でもそんなこと、母さんが知るはずもないことだった。付き合っていた数週間で、彼女が母さんに会ったことはなかった。母さんは、誰のことを言っているのだろうか。


「あたしも名前を見るまでは分かんなかったわよ。でも名前を見たら、確かに面影があるのよね。小っちゃい頃の姿しか知らないけど、うん、確かにあの子よ」

 やはり母さんが言っているのはカスミのことではない。

「母さんは誰のことを言っているの?」

「あら、気づいてたんじゃないの」

 待ってて、と言いながら、母さんは戸棚から昔のファイルを取り出した。デジカメの画像をプリントしたものだ。

「ほら、この写真に写ってる」

 一目見て、僕もようやく気づいた。


 そこに写っていたのは、僕が小学校に入る前に引っ越していってしまったお隣さん家族だった。そして雨宮さんちのスミちゃんと言えば、幼稚園の頃、隣同士よく遊んでいた子だった。

「ほら、名前も同じだし、面影あるでしょ。絶対あの子よ。この家にも何回も遊びにきてるし、確か幼稚園のときのお遊戯会で瑞季と一緒に歌を披露したことなかったっけ? まさかそんな子がアイドルになるなんてね。母さん感激だわ。応援しなくっちゃ」


 僕がミュージシャンになりたいと最初に思った幼稚園のお遊戯会。その相手はお隣さんで幼なじみの雨宮純佳だった。

 彼女は当時、アイドルになるのが夢だと言っていた。

 そして僕は、ミュージシャンになるんだってその子に息巻いていた。たぶん、気を引きたかったんだと思う。その約束がずっと心に残っていて、小四のときにギターを買ってもらうことに繋がったのだ。


 彼女は僕のことを覚えていたのだろう。自分の正体を隠すために、僕と会うときは佐倉カスミという偽名を名乗っていた。最初に会ったときに見覚えがあると思ったのだけど、幼稚園のときまでお隣どうしだったのだからそれも当然だった。


 彼女はこの家のことももちろん知っていた。思い出せば、彼女がうちにきたとき、。幼稚園のときの記憶で、元から知っていたのだ。


 しかしなぜ、彼女は自分の正体を隠して僕の前に姿を見せたのだろう。しかも一年前といったら、もうアイドルのオーディションに受かっていた後ではないのか。


 母さんがとんでもない秘密を打ち明けるかのように、にやけ笑いで言ってきた。

「ここだけの話だけどね、あの子、瑞季のことが好きだったみたいなのよ。だから引っ越しのとき、泣いて大変だったんだって。あの子のお母さんから直接聞いた話だから間違いないわ。知らなかったでしょ」

 アイドルの初恋の相手がうちの子なんて、まあどうしましょうとにやけている母さんに、僕は本気で注意した。

「それ、マジでここだけの話にしてよ。変な噂を流されたって、所属事務所から訴えられたらかなわない」

 あらー、それは大変、と母さんはまったく悪ぶれていなかった。

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