現在Ⅳ『その姿は、わたし』

「・・・・・・おねえちゃん、おねえちゃん」


バックヤードに向かっている途中、アナが私の服の袖をちょいちょいと引っ張ってきた。


「・・・・・・なに?」


 見るとにやにやと笑みを浮かべるアナがいた。


「おねえちゃん、今さっき『超能力』使ったでしょ?」


「・・・・・・使ったけど。なんだよ、別にいいだろ?」


「いやいや、スマートでかっこよかったって言おうとしただけだよん。それに穏やかな口調のアオイおねえちゃんもかわいいね~」


うふふ、とアナが子供のように無邪気に笑った。

それが私の勘に障ったことは言うまでもない。


「おい、お前!うるさいぞ!黙って歩け!」


突如、怒りの形相を浮かべた店長が振り向き、声を荒げてアナをぴしゃりと叱咤した。

冴えない中年ではあるが、怒るとそれなりに貫禄があった。いきなりの出来事にアナは「ひゃあ!」と甲高い声を上げて飛び上がり、私の腕にしがみついた。


「ご、ごめんなさい!」


少し涙目になり、恐る恐る店長を見るアナ。それがなんだか愉快で私は笑ってしまいそうになった。


「ったく、このゴリラ女が!」


店長はアナを睨みつけ、ふん、と鼻を鳴らして、のっしのっしとまた歩き始めた。


「・・・・・・ごりら?・・・ん?あ!さてはおねえちゃんの仕業ね!?」


「ん?どうした?」


あえて白々しい態度をとってみた。

目に涙を溜めて頬を膨らませて「もう!意地悪!」と怒るアナに向かって、私は舌先をいたずらっぽく出して見せた。

ついでに店長にも私がしたようにペロと舌を出させてみたが、中年が無邪気に舌を出すその仕草は予想以上にキツイものがあったので、私もアナも二人そろって「うぇ・・・」と顔をしかめたのだった。



スーパーの裏方にある小さな事務室にやってきた。

長テーブルが二つ部屋の真ん中に置かれてあり、それを挟んで安っぽいグレーのソファが対面式に置かれている。壁にはマンスリーホワイトボード、書類が入った棚、パイプ椅子が立てかけてあり、他にはパソコンが置かれた机やいくつかの段ボールなど、目立ったものはそのくらいで仕事上の必要最低限の物しか置かれていない印象の部屋であった。店長はパソコンの前に腰掛け、パソコンをカチカチと少し操作し、監視カメラのモニターを画面いっぱいに映し出した。


「何時くらいに来店されましたか?」


と尋ねられたので、私はレシートを取り出して確認し「会計を済ませたのが朝の九時半です」と告げると、店長はカチカチとまた少しパソコンを操作した。


すると、画面が切り替わり、昨日の様子が映し出された。存外性能の良いカメラらしく、客の一人ひとりの表情までしっかり見て取ることが出来た。


「んー、と・・・・・・ああ、これじゃないですかね?」


店長が指さすところに、私と同じ姿をした女がジンジャーエールを抱えて、レジに並んでいる姿が映っていた。

私とアナは店長を押しのけながら画面に顔を近づけ、その姿をじーっと夢中で見つめた。レジに並んでいる姿を観察していると、仕草や素振り、立ち振る舞いに見覚えがあった。そしてそれと同時に脳裏で一年前の記憶がチラチラとフラッシュバックを始めた。


甲高い叫び声、責めるような衆目、冷たい空気の中で燻る憎しみが、私の中で次々と浮かび上がる。それらの情景が混在一体となって、私の心のどす黒い炎にくべられた。炎は昂り、その輝きが私の瞳をぎらつかせた。


「この人はひょっとして・・・」


声を洩らしたのはアナの方だった。


ごくりと生唾を飲み込んで、アナは私を横目で見た。そしてすぐに目を逸らした。画面に見入る私を見て怯えたような素振りでもあった。画面に映る女は私が追い求めていた人間の一人だった。それも幸運なことに最も許しがたい仇敵だった。


「・・・・・・久しぶりだな」


私は画面の女に投げかけるように言った。


「・・・おねえちゃん、ひょっとしてジンジャーエールを買ったのが、この人だってわかってたの?」


「おおよそ」


「はえー、さっすがおねえちゃん」


「こいつの居所を暴く必要があるな。市役所なら確実か」


「市役所?」


とアナは目を丸くして言った。


「そうだ。ここのスーパーを利用しているってことはこの辺りを生活圏にしている可能性が高いだろう。なら市役所に行けばライカが用意した戸籍やら住民票か何かがあるはずだ。私の能力で職員を操ってその情報を開示させればこいつの居場所も簡単にわかるだろう。闇雲に探しまわるよりかは確実だ」


私は店長にかけていた能力を解いた。すると店長はどこか目が覚めたようにハッと息をして、慌てるように周りを見回した。そして私たちを捉えて「き、君たちは?何をしてるんだ、こんなところで」とまるで寝ぼけたように言った。能力を解除したせいだ。


そんな店長へ「お構いなく」と適当に言い、私たちはさっさと事務室を後にした。


『待ってろよ、ハル』


私の中で怒りの炎が一層音を上げて燃え盛った。

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染崎アオイはひとりじゃない ヨシキユウ @ghostgrape

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