すごいけんけんぱ
小丘真知
すごいけんけんぱ
保険外交員として働いていた頃の話ですので、今から10年以上前になります。
保険外交員はいわゆる勧誘のお仕事です。
当時駆け出しだった私は、ノルマをこなすのに必死でした。
その日は、母の実家近くで工場を営んでいる親戚にアポをとって行ったんですけど、全然だめでした。
それもそうですよね。
都合の良い時だけ連絡してくる人を信頼できるはずがないですよ。
その日は直帰だったので、親戚に頭を下げて、駅までとぼとぼと歩きました。
その帰り道に小さな神社を見つけたんですけど、境内で子供達が遊んでいたんです。
西日を浴びて元気いっぱいなんですけど、遊び方が懐かしいんですよね。
缶蹴りとか縄跳びとか、そういう遊びをしていたんです。
小さい頃に田舎でお姉ちゃん達と一緒にやったくらいで、今時珍しいなぁなんて思って眺めていたら、女の子の一人が私をみて手招きしてくれたんですよ。
すっごい人懐っこい笑顔で、なんだか嬉しくなっちゃって。
気晴らししよう!って思って、その子達と一緒に遊びました。
おっじょうさん♪ おっ入んなさい♪って歌いながら縄跳びしたり、あやとりを教え合ったり、かくれんぼをしたりしました。
夢中になって子供達と遊んでたら、そのうち疲れちゃって。
子供の体力には勝てないですよね。
「お姉ちゃん休憩するね」と子供達に声をかけて、拝殿の階段に腰を下ろしました。
汗だくになって遊ぶのは何年振りだろう、なんて思いながら子供達を眺めていたら、
参道の石畳の上に、「すごいけんけんぱ」と書かれているのを見つけました。
アスファルトとかを石でひっかくと白くなって、落書きできる石ってあるじゃないですか。
あんな感じで、縦横無尽にけんけんぱが描かれているんです。
鳥居の方から始めるみたいで、「スタート!」と大きく書かれていました。
普通の「けんけんぱ」は
○ けん
○ けん
○ ○ ぱ
○ けん
○ けん
○ ○ ぱ
というふうに、”けん”で片足、”ぱ”で両足で立つ場所を描いて、円のとおりにジャンプする遊びですけど、その参道に描かれていたのはただの○ではなくて、足の形が描かれていたんですね。
しかも、たっくさんの足型があちこちに描かれていたので、たしかに普通の「けんけんぱ」ではなさそうで。
これをやったら帰ろう。
そう思って「すごいけんけんぱ」に挑みました。
スタート地点、拝殿に向かって両足形がそろって描かれていたので、その中に足を置いて立って、先を眺めてみました。
右足だけ、左足だけ、右足だけと、左右片足ずつ拝殿へ向かってジャンプするように描かれています。
どうやら、足の向きにも注意しないといけないようなんです。
これは確かに「すごいけんけんぱ」だ、と気合いを入れて
「けん!」
かけ声とともに片足ずつ飛び始めました。
3つ目の右足のところまでくると、その少し左側に、拝殿を左にする向きで両足形が描かれていたので、右に90度回るようにして両足をそろえて立ちます。
次の足形は…と足元を探すと、やや遠いところに拝殿の方を向いた左足ともう一つ、小さな三角形が描かれています。
よく分からなかったので近くに行ってみると、どうやら三角形ではなく右足の爪先だけをつけるように描かれているようです。
「なるほど、左足のちょっと前に右足がつま先立ちするように飛べばいいのか」
もう一度スタート地点に戻り、両足で立つところから始めました。
右、左、右と飛んで、右に向きを変えて両足で立つ。
そして、左に飛んで!…右つま先立ち!
できた!
「すごーい!」
と、後ろから子供達の声が。
いつの間にかスタート地点の後ろにしゃがんでいます。
にこにこしながら、ぱちぱちと拍手してくれました。
すると、丸坊主の男の子がトコトコと私の前に来て
「次こっちぃ」と飛ぶ順番を指差してくれました。
爪先立ちしている右足をあげて少し右に飛び、踏み変えながら今度は右足で立って左爪先立ちになるようです。
「よ!」と足を踏み変えると、またぱちぱちと拍手。
男の子が元気に「次はこうだよ」と、動きもつけて誘導してくれるのでそれに倣いました。
両手をおへその横にあてるようにして肘は90度。
その他の複雑な手のフリは男の子に習いながら、膝を軽く曲げた状態で拝殿に向かって右、左、右、両足そろえる。
左に一歩、両足そろえる、右足から戻る。
右に一歩、両足そろえる、左足から戻る。
右足を後ろに引いて回れ右の要領で後ろを振り向き、隣に左足をそろえて拝殿に背を向ける。
と、そこには足の形ではなく少し大きめの○が描かれています。
”あれ?こんな○あったっけ?”と思っていると
「はい」と男の子が彼岸花を手渡してきました。
「これを右手で、横に置くんだよ」と教えてくれたので、言われた通りに彼岸花を横向きに置くと
「置いたらまた右足を引いて後ろを向くよ」と元気に教えてくれます。
子供達も「がんばれー」「もう少しー」と応援してくれています。
よし もう少しね、と思って拝殿に向き直ります。
右、左、右、左とスタート地点から飛んだように足が描かれています。
けん、けん、と飛んでいくとさっき自分が腰掛けていた階段が近づいてきました。
最後は両足形が拝殿を背にするように描かれています。
どうやら後ろを向くようにジャンプして、両足で着地しなければならないようです。
片足立ちでバランスをとりながら、こちらを向いている左右の足を見つめました。
つま先側に大きく「がっしょう」と書いてあります。
なるほど、最後に手を合わせて終わるのか。
頭の中でイメージします。
右足を後ろから前に降り出す…
左足で踏み切る…
両手を後ろに振り回すようにして子供達の方を向いて…
両足で着地…
隣で男の子もがんばれがんばれ、と声をかけてくれます。
子供達の声援も大きくなってきました。
よし!
せーのっ!
「何やってんのっ!!」
ドスの効いたおばさんの声が境内じゅうに響き渡りました。
驚いて肩をすくめた拍子にバランスを崩して、足形から出てしまいました。
後ろを振り向くと、デッキブラシとバケツを持ったエプロン姿のおばさんが、鬼の形相で私を睨めつけて立っています。
怒られたショックと、おばさんの迫力に圧されて黙っていると
「自分が何をしているのか分かってる!?」
と、さっきよりボリュームはありませんでしたが威厳を持った声で、私を射抜くように問いかけてきます。
「何…って言われましても、こうして子供達と遊んで」
「子供達なんてどこにいるの?」
「どこって……え?」
おばさんの後ろ、スタート地点のあたりを見ても子供達はいません。
隣で私を応援してくれていた丸坊主の男の子もいません。
というより、境内の雰囲気がまるで違っていました。
綺麗に掃き清められていた参道は草に覆われ、枯葉やゴミが散乱しています。
目に飛び込んでくるような鮮やかな朱色だった鳥居は色褪せ、塗料があちこち剥がれ落ちていました。
振り向くと、拝殿は廃墟のように腐食していて今にも倒壊しそうです。
私が腰を下ろしていた階段の石はボロボロに崩れ落ちていて、とても座れそうにありません。
ついさっきまで子供達と遊んでいた境内と、今と、全く景色が違うのです。
頭が真っ白になりました。
呆然としている私の表情を覗き込むようにしていたおばさんが、嘆息をして
「疲れているわね」
と言って、私の背中をパンパンと叩いてくれました。
「あ…ありがとうございます」
「帰ってゆっくり休みなさい」
そう言うと
「一体誰がこんなことを…」とつぶやきながら、石で落書きされたスタート地点や足形を、デッキブラシでこすり始めました。
「あのぉ…」
「何?」
声に棘がありました。
ものすごく怒っているというのは伝わってくるのですが、正直そんなに怒られることなのかな?という疑問もありました。
神社で遊んでいたのが悪かったのかなと思ったんですけど、禁止の看板があるわけでもないし、姿は見えないですけど、後で子供達に事情を聞いてもらえれば分かるはずです。
おばさんに勇気を振り絞って尋ねました。
「私、何か悪いことでも…」
一瞬目を見開いて睨みつけた表情から、ふっと緩んだかと思うと
「…まあ、しょうがないわね」
と、また嘆息をつきながら、教えてくれました。
「まじないよ」
「おまじない?」
「あなたは、自分に不幸が降りかかってしまうような舞を舞っていたの」
「え?」
「鬼払いの舞を、あなたは逆でやらされていたのよ」
私の足元の足形をこすり終えると、彼岸花を拾って私の目の前に突きつけながら
「こんな季節でご丁寧に彼岸花を用意してくるなんて。念が入ってるわ」
バケツの中に彼岸花を投げ入れると、おばさんはまた参道をこすり始めました。
意味がわかりませんでした。
おまじない?
やらされた?
状況もよく飲み込めない中、おばさんが教えてくれたことは私の混乱をますます深めました。
「どういうことですか?」
「知らなくていい。早く帰りなさい」
これ以上話すことはない、そう言われているようでした。
私は色々と整理がつかないまま、背を向けて掃除を続けるおばさんに頭を下げ、その場をあとにしました。
仕事はうまくいかず、その気晴らしも訳がわからないままおばさんに怒られて終わり、ぐったりとしてしまいました。
呆然としたまま電車に揺られ、実家までの道のりを幽霊のように帰りました。
家に帰ると母が出迎えてくれたのですが、私を見るなりギョッとして
「そのまま!」
と、入ろうとする私を制して、急いで台所に行くと塩を持って戻ってきました。
「うしろむいて!」
とにかく理解が追いつかないことの連続で、すっかり脳が停止していた私は言われるがままに母に背を向けて、勢いよくぶつけられる塩をだまって受け止めました。
母の方に体を向けると、母が血相を変えたまま
「もう大丈夫、何があったの?」と聞いてきたので私は
「何があったように見えた?」と聞き返しました。
すると母は
「おばけでも見たような顔してたわよ。ちびまる子ちゃんみたいに顔いっぱい縦棒が入ってた」
と、母独特の表現で私のただならぬ雰囲気を言葉にしてくれました。
お風呂に入って夕食を済ませて、一息ついた頃には少し落ち着いてきたので、私はその日あったことを母に話しました。
神社での荒唐無稽にも聞こえる私の話を、母はすんなりと受け止めてくれました。
そして、しばらく空中を眺めると
「あんた、”のろい”って漢字、”まじない”って読めるの知ってる?」
と、突然言われて、ゾッとしました。
私は自分で自分に「呪い」をかけようとしていたのか。
落ち着いていた気持ちが、またざわつき始めました。
「それに、そのおばさんが言ってた”疲れているわね”も違うと思う」
「え?」
「とり、憑かれているわね」よ、きっと。
言葉になりませんでした。
だからおばさんは私に「やらされた」と言ったのか。
胸の奥からこみ上げる恐怖に戸惑っていると、母が
「とっさの判断でお清めしたのを、感謝なさい」
と、どや顔の台詞口調で恩を売られてイラっとしましたけど、そんな私に構わず母は話を始めました。
町工場の途中の小さな神社は、小さい頃の母も遊び場にしていたのですが、宅地造成のため取り壊しが決定してから変なことが起こりだしたのだそうです。
取り壊しを決めた区長さんや役場の方の自殺、工事担当者の事故死、神社で遊んだ子供達が獣のようにわめくようになって入院、あるいは神隠しにあって帰ってこなくなるなど、当時の新聞にも載るようなことが相次いだそうです。
それからはその神社の取り壊しは白紙に戻りましたが、その神社には近づいてはならないというルールが設けられ、次第に神社は廃れていったそうです。
神社には誰も寄り付かなくなりましたが、それからも何かと曰く付きの神社であることを教えてくれました。
なんでそんな神社に行っちゃったんだろう?
いやその前に、工場に向かう時にあんな神社あったっけ?
誰に言うともなく素朴な疑問を口にしていると、母が
「こころが、疲れているの。だから、とり、憑かれて、呼ばれたのよ」
念を押すように言うと母は、黄門様のように笑いながら自室に入って行きました。
それから1年。
私なりに頑張ってはみたのですが、保険の仕事を辞めることにしました。
今は別の企業で営業のお仕事をしていますが、初めて営業職に魅力を見いだすことができて、充実した毎日を送っています。
あの時の不思議な体験が今の人生に導いてくれたと思えば、有難い経験だったのかもしれませんが、おばさんに止められずに舞い終えていたとしたら、と思うとやっぱり背筋が寒くなります。
今は、こころが疲れない日々を送ろうと決めて、自分なりに頑張っています。
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