最終回 記憶

 Zの銃口の先に広がる闇が目の前に来た瞬間、テンオウは自分の状況を改めて冷静に考えた。そして、自分が何も手にできなかったことに気がついた。

 その途端、手がわなわなと震え始める。

 今にしてやっと気づいたからだ。全てスズラカミの術中にハマっていたことに。

「ワシは騙されていた………! スズラカミだ。やつはどこにいる⁉︎」

 テンオウは今までの落ち着きがまるで嘘だったかのように甲高い声を上げて叫んだ。

「さっきからそれを質問しているのはこっちだなのだが?」

「だがデスエクスを所有しているのは実際にはやつだ。このワシですら気づかなかった。お前ら軍警察に言われるまで気づかなかったのだ。ワシは自分がデスエクを使用している。という思い込みと幻覚にやられたのじゃ」

 頬に水が落ちてきた。テンオウは天を見上げる。軍警察の戦いで破壊された家の天井から薄暗い空が顔を覗かせている。赤い雨がポツリポツリと降ってきた。

 痛い。痛い。テンオウは雨が皮膚に当たるたびに思った。それはデスエクスを手に入れる計画が消滅したからなのか、それともスズラカミに騙されて心が弱ったからなのか。

 どちらにしてもテンオウは自分が完敗したのを理解した。


「スズラカミ………これがお前の望んできた選択か?」

 Zは戦意喪失したテンオウを見下しながらそう心の中で言った。



 うっとうしかった赤い雨が止み、山と山の間に綺麗な虹がかかっていた。それはちょうどスズラカミの目線の先にある。

 ここはとある山の頂だった。

 スズラカミはテンオウを操るために起動していたデスエクスとの接続を切った。

 デスエクスには他人のマイクロチップに入り込み、記憶と記録の二つをコントロールする力がある。


 スズラカミに拘束され、椅子に座らせられた時から、デスエクスを起動していた。目的はテンオウが自分にデスエクスの権利が移ったと思わせるため。


 テンオウは上手く騙されてくれた。

 軍警察トップをテンオウが自分でデスエクスを使って殺したのだと思い込んだ。実際はスズラカミが裏でデスエクスを使い全てを操っていたのだ。

 

 悪気はない。一時的にでも、目標だったデスエクスを手にして自分が王になったという経験ができたのだ。

 むしろデスエクスで記憶と記録を改竄した俺に感謝して欲しいものだと、スズラカミは思った。

 

 スズラカミはテンオウの惨めな思い込みの記録を脳内マイクロチップに保存する。

 自分のを振り返った。ようやく全てから解放できた。

 デスエクスの力さえあれば、どこで生きていける。誰に頼る必要もない。自分の思考だけが肯定される世界。

 今までやってきた行いは間違ってなかったのだと再確認できる。

 エクスによる経験と政府に支配された機械的な生活から抜け出せた。

 これからはマイクロチップのデスエクスを使い、自由に自分の人生を生きる。誰にも邪魔させない。自らの手で全てを肯定させる。

 

 目線の先には煌々と輝く都会が見える。そこには、支配されるには窮屈だが、支配から抜け出せた人間にとっては刺激しかない世界が溢れて帰っていた。

 デスエクスによってスズラカミと出会ったあらゆる人物の記憶と記録が消えていく

 やがて誰もがスズラカミ認識できなくなる。

 完全な無敵。

 足を止め、満足気に街中で一人呟いた。

「さて、見つけに行くか。自分にしかできないエクスペリエンスというやつを」

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EXPERIENCE -エクスペリエンス- 浮世ばなれ @ukiyobamare

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