第19章 アサルト 2

 Zは目眩し用のジャミング付きフラッシュバンの手榴弾を投げた。中から光と煙が絶え間なく飛び出てくる。テンオウはそれをまともに食らって視覚を失った。

 そのうちに、テンオウに素手で倒された軍警察特殊部隊のメンバーは這うようにしてZの元に戻ってくる。

「Zっ! あいつばけもんだな」

「Wよ、まだ手はある。奴にIOTを機器をくっつけるんだ。そうすればピンを当てられる」

「確かにな。あいつ今、オフラインだもんな。ピンさえ打てればこっちのものだ」

 第Ⅰ部隊のWが納得したように頷いた。


 Zは対象を追跡するために作った発信機を取り出した。

 米粒ほどの大きさで、服にくっつくだけの粘着力もある。

「俺が隙をみてこれをくっつける。そうすればやつも終わりだ」

 テンオウはその様子を見ていた。まるで表情を変えない。人生のどこかで感情を押し殺す術を身につけた顔だとZは思った。


 Zは単身でZに向かった。もう一度自動歩行信号技術を起動する。ピンを打った場所はテンオウではなく、その周囲を囲んでいる、軍警察特殊部隊の仲間たちの脳内マイクロチップだ。


 リミッター解除したZは、高速で動く。テンオウは静かに状況を見ていた。だが、それが冷静を装いながらカウンターを待っているのだとZには分かった。

 一秒一秒が長く感じる。Zはその時間感覚の間に思考回路を整理した。

 テンオウと対峙して思ったのは、デスエクスの脅威よりも、時代錯誤とも言える己の身体能力至上主義の考え。これは確かにすごい。だが、デスエクスが使えないなら、何も怖いことはない。

 Zはテンオウの背後に回り込む。テンオウは身体の感覚だけで、背後の存在を察知した。

 Zはそのまま腕に持ったナイフを引っ込めることなくテンオウに突き出した。テンオウは避けてZにカウンターパンチを喰らわそうとしてくる。

 その瞬間、Zはナイフを持っていた小指を離した。指先には先ほど見せた発信機がついている。

 発信機がテンオウの袖の部分に当たると同時に、Zはテンオウのカウンターパンチで吹き飛んだ。


 テンオウは畳み掛けようと、転んだZに襲いかかった。

 その瞬間、Zの自動歩行信号技術の動力と、自分の地面に体をぶつけた勢いの反動の二つを利用して起き上がった。

 標的はもちろん、テンオウの袖にくっついた発信機だ。テンオウの頭を掴むと、そのまま投げ飛ばす。

 腰から軍警察で支給されたテーザー銃を取り出した。


「テンオウ、お前をテロ容疑で逮捕する!」

 Zはそう叫んでテーザー銃を引いた。

 テンオウは最後の抵抗をしようと素手でテーザー銃の電気の線の部分に触れて、ハエを追い払うようにして取り除こうとした。

 だが望みは叶わなかった。

 手が触れた瞬間、全身が痺れ何もできずに地面に崩れた。

 一瞬の沈黙の後、Zはテンオウに近づく。

 周りをWを含む軍警察特殊部隊が取り囲んだ。

 テンオウが抵抗できないことを確認して、馬乗りになって両腕を掴んだ。

 腰のベルトにつけていた手錠をテンオウの両腕につける。

「ミッションコンプリート」

「ウオオオオオオー」

 軍警察特殊部隊のメンバーは歓声を上げた。

 ようやく軍警察が追っていた標的を捉えたはことができたのだ。

 

 部下の一人がZの脳内マイクロチップに繋げてきた。

「Zさん、協力者のスズラカミの姿が見当たりません。テンオウに捕まっているはずなのですが………」

「マイクロチップの通信を使えば良いだろ」

「いえ、それが繋がらないのです」

 Zはいや感じがした。安堵している味方を横目に、スズラカミを探しにいく。

 あらためて見るとテンオウがいたこのエンペラーハウスの隠れ家には、今やあちらこちらに死体と血痕があり、Zはそれらを踏んづけながら中を探索した。


 それから30分が経過した。スズラカミの姿は結局どこにも見当たらない。Zは隠れ家の探索を打ち切ると、大勢の軍警察の前でしゃがまされ、拘束されているテンオウに近づく。

「スズラカミはどこに行った?」

 Zはテンオウに問いただした。

「スズラカミ………?」

 どこかで聞いた名だった。

 テンオウ脳細胞が高速で処理し始める。


 何かが抜けている。

 スズラカミ。

 つい最近会った人物の名のはずだった。

 

 復活しない脳内マイクロチップの代わりに、使ってない自分自身の記憶を静かに、ゆっくりと思い出す。それは遥か昔にのようでついさっきの出来事のようでも会った。

 

「………そうだ。ワシはスズラカミを自分の部下に加えたのだ。やつは優秀でワシと同じ思考を持っていた。気に入ったよ。共に同じ目的を達成できる同士だとも思っていた。なのになぜだ。なぜかそれから先のことが思い出せない。ワシはデジタルデトックスな生活を送ってきたはずなのに…」

 テンオウは頭を捻って考えた。それでも答えは出ない。いや出せないのだ。

 何か決定的な記憶が失われている。

「もういい………なら、デスエクス。デスエクスはどうした?」

 。その言葉を聞いた瞬間、滝が水面を始めて叩いた時にできる波紋のようにテンオウの脳内に衝撃が走った。


「Zさん! 準備が整いました。やつの脳を覗きます」

 部下が電気羊の軍警察版を持ってきて言った。


 Zは頷くと、テンオウの方を見た。

「任意同行に応じてくれるか? でないと、

もっと辛い思いをすることになるぞ」

 そう言ってZは銃口をテンオウに向けた。

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