美少女名探偵最後の事件〜叔父と姪は銘々に語る〜

セカイ

美少女名探偵最後の事件〜叔父と姪は銘々に語る〜

「この事件は、おじさんに解明してほしいんだ」


 俺の姪の語りは、その言葉から始まった。


「巷じゃ美少女探偵ってもてはやされてるアタシでも、流石にこの事件はどうしようもないし。だから、今回はおじさん、お願いね」


 なんとも勝手な言い草に俺は辟易し、溜息をつくしかなかった。

「お前に解けない事件を、俺に解けるわけねぇだろが」と、情けない言葉がつい口からこぼれる。

 平凡で現実的な探偵であるところの俺に、そういった手腕を期待されても困るんだ。


 探偵と聞けば、大抵の人間は推理小説や漫画なんかに出てくる、難事件をズバリと解決するような輩を想像するだろう。

 けれど現実問題、そんなことをする探偵なんていやしない。

 リアルな世界を生きる探偵ってのは、やれ浮気調査だの素行調査だの、はたまた人探しからペット探しまで、地味な仕事のオンパレードだ。

 探偵ほど理想と現実が乖離した職業もないだろうと、この道二十年の俺は常々思っている。


 だから俺は、小難しいことに捻る頭を持ち合わせちゃいない。

 もちろん、所謂『探偵』に憧れたガキの頃は、推理小説なんかを読んじゃ躍起になってトリックを読み解こうとしたものだが。

 このなんの面白みもない生業に染まっちまった今、そもそも頭を捻る気にもならない。


 そんな俺に、この姪は平然と事件の解明を押し付けてきやがる。

 頭が痛くなった。


「大丈夫。そんな難しくないはずだから。おじさんならすぐに片付けられるよ。てか、おじさんにしかできないかも。ううん、おじさんにしてほしい、なのかな」


 思わせぶりな口振りで、俺の気など知らずに、知ったような口を利きやがる。

 コイツはご多分に漏れず、わからないやつに対してわかっていることを前提に話す癖がある。

 『探偵』というのは、得てしてこういった少々鼻につく喋り方をしやがるんだ。


 そう、俺の姪は『探偵』だ。

 しかも俺のような現実に燻んだつまらない探偵じゃない。

 世間一般が想像するところの、難事件とかを解決してしまうタイプの、イメージ通りの『名探偵』様だ。

 巷じゃ俺の姪は、その見た目の良さも相まって、『美少女探偵』なんていう恥ずかしい呼び名で持て囃されている。


 しかもまだガキだ。花の女子高生。JKというやつだ。

 高校生で『名探偵』って、本当に漫画の登場人物みたいでアホらしくなってくるが、事実だ。

 馬鹿は休み休み言えってもんだが、実際に存在して毎日顔をつき合わせているんだから受け入れるしかない。


 そもそも、この姪が『探偵』になっちまったのは俺の責任なんだ。

 一年程前、兄貴夫婦が交通事故で死んで身寄りがなくなっちまったところを、俺が引き取った。

 それまでろくすっぽ話をしたこともなかった今時女子の姪と、少しでも親睦を深めようと、ない気をきかせて旅行に出向いて、その温泉旅館で殺人事件に巻き込まれた。

 当然現実的な探偵の俺は、飽くまでただの一般人だったんだが、姪のやつはそこで突然才能を開花させて、事件を解決に導いちまった。


 それだけならまぁ、たまたまで済んだのかもしれない。

 けれどその後も行く先々で事件に巻き込まれて、その度にこの姪はそれを解いちまうもんだから、このつまんねぇ現実の世界でも、『名探偵』として扱われるのにそう時間は掛からなかった。

 それは、俺がしがない探偵事務所を持っていたことに大きく起因した。

 曲がりなりにも探偵である俺が建前上表に立つことで、姪は助手的な感覚で、高校生ながらに『探偵』業をこなすことになったのだから。


 けれど実際は逆だ。俺は姪が仕事をするための口実。俺の方が付き添い。ワトソン役にすらならない。

 『名探偵』であるところの姪は、いつだってその明晰な頭脳で難事件を一人で解決しちまうんだ。

 だから、いてもいなくても変わらない、というかいないも同然の俺に、事件の処理を託すなんてことはどう考えたって筋が通ってない。

 だが、今文句を言ったところでどうしようもない。姪はもう、そうと決めている。


「アタシ、ここに来るまでおじさんとはあんまり喋ったことなかったけど、でもずっとカッコいいなぁって思ってたんだよ。探偵とかチョーイカす!って。だから、パパとママが死んじゃったのはもちろんめっちゃ悲しかったけど、おじさんと一緒に暮らせるってのは、サイコーにわくわくして、嬉しかった」


 現実を何も知らなさそうなハイテンションなその言葉に、俺は昔の自分を見ているようで眩暈がした。

 思えば、引き取った時もコイツは同じようなことを言ってやがった。

 その後すぐに現実の厳しさを知って大分げんなりしてたが、それでも姪が俺を見る目はずっと変わらなかった。

 それはもちろん、姪自身が『名探偵』になった後もずっと。


 それは俺にとって救いであり、同時に拷問のようでもあった。


「でも最近、おじさんは全然楽しそうじゃないよね。最初の頃は、アタシが事件を解決するとめっちゃ褒めてくれたのに、今は逆に嫌そうっていうか。どんどん元気なくなるの、アタシ気付いてたんだよ?」


 二回り近く年下のガキにそう言われると、自分の未熟さにムカッ腹が立った。

 とはいえ、確かに最近の俺は感情を伏せる努力を怠っていたかもしれない。

 次々と事件に巡り合い、そしてその悉くを解決にいざなう姪の手腕に対する嫉妬を、もう隠せずにいたんだ。

 血の繋がった姪だ。けれどだからこそ、この感情は根深く絡みついて俺を放さない。


「だからホントはアタシ、事件に関わるのやめようと思ってたんだ。そもそもアタシただの高校生だし、そういうことする立場じゃないじゃん? でもなんでかなぁ、思うようにいかなくて。どうしてもアタシ、なんかしらの事件にあっちゃうんだよね……」


 それは取り繕っているものなんかじゃなく、本心からの言葉だろうということは、若者とのコミュニケーションが不得意な中年オヤジの俺にもよくわかった。

 姪は、現実では笑っちまいそうな『名探偵』で、警察がなんとかしろよという事件を何度も解決してきた。

 だが、姪が『名探偵』である所以はそういうところだけではなく、事件との遭遇率にあった。

 シリーズものの小説や漫画のごとく、姪は本当に行く先々で頻繁に事件に遭っていたんだ。


 もはやそれは運の悪さでは説明のつかない、『名探偵』という呪いに思えるほどに。

 そういう星の元に生まれた、という言葉ですら説明がつかない。

 ある意味まさしく、『名探偵』様々だった。


「でも、だからね。アタシはこの事件を、この殺人事件を最後にするって決めたんだ。そんで、それをおじさんに託すって。だってそうしないと、おじさんがアタシの好きなおじさんじゃなくなっちゃいそうで……」


 憂いを帯びた言葉に、俺は口を結んだ。

 お前が好きなおじさんも、そうじゃないおじさんも、事件を解決できるような『探偵』じゃない。

 それにこうして初めての事件を与えられた今、俺は既に姪の『大好きなおじさん』では無くなっちまってる。

 何故なら、もう今更だからだ。


 姪が俺に託した事件そのものが、俺が『大好きなおじさん』でなくなったことの証。

 でも姪は、俺を『大好きなおじさん』のままにしたかったんだろう。


「だから、よろしくね。事件は見ての通りだし、真実はおじさんが握ってる。だってこの一年間は、ずっと一緒にいたもん。後はそれに尤もな理由を見つけるだけ。簡単でしょ?」


 俺は右手に握っている包丁を見下ろした。


「アタシは世間から美少女探偵、名探偵ってもてはやされたけど、でもおじさんはそれが嫌だったよね? アタシ、探偵をするのは好きだったけど、でもそれよりもおじさんが好きなんだ。おじさんを苦しませるようなことはしなくない。だからこれが、美少女名探偵最後の事件」


 相変わらず知ったような口を利きやがる。

 ケツの青いガキのくせして、一丁前に大人ぶりやがって。

 頭脳明晰な『名探偵』様には、俺みたいな寂れたオヤジの荒んだ感情なんてお見通しだってわけか。


 嫉妬はもはや隠していなかった。

 姪っ子の栄誉を陰で眺めている自分の情けなさを憂うことを、憚ってはいなかった。

 けれど、その内で燻る醜い感情は、決して表に出さないでいたはずだった。


 しかしこの『美少女探偵』は、俺程度の小物の思考を汲み取るなんてわけなかったってことだ。

 それでいて未だに俺をおじさんと慕い、挙げ句の果てに健気な気遣いまで。

 本当に、できが良すぎて俺の手に余る。


 現実に生き、荒んだリアルにもがく俺には、煌びやかなフィクションをまとう姪が眩しくて仕方なかった。

 誰しもが羨む見目麗しい容姿を振り撒き、物語の主人公の如く栄えある栄光を全身に浴びる『美少女探偵』を傍で見ているのは、苦痛でしかなかった。

 だから俺はもう、それを終わらせようと思った。


 つい一年前まで、ろくに話したこともなければ、顔を合わせたもの数回。

 正直大した思い入れなんてなかったし、そもそも俺はガキが嫌いだ。

 それなのに俺のような中年が、この世で最も扱い方がわからない年頃の娘と突然同居を余儀なくされて、それがしかも冗談みたいな『名探偵』様ときた。

 今日まで我慢した俺は、きっと偉い。


 だから俺は、姪への殺意を抱いたことに何の罪悪感も覚えなかった。

 それを肯定するつもりはないが、仕方ないだろう、と。

 俺は、憧れの『探偵』になれなかった俺は、この『美少女探偵』をこれ以上見ていられなかったんだから。


 俺は足元の姪を見下ろしながら、荒い呼吸を繰り返す。


「おじさんは悪くないよ。アタシも正直疲れてたし、これでいいんだ。だからこの事件は、しょうがないことなんだよ」


 知ったような口をと、もう何度目かの思考が駆け抜ける。

 俺の足元で座り込んで項垂れる姪は、煌びやかな『美少女探偵』とは思えない、見るも無残な姿だ。

 そうなっても尚、コイツは俺に澄ました言葉を向けてくるのか。


 その気遣いが、本当に俺の気持ちを和らげるとでも思っているのか。

 『美少女名探偵』最後の事件に、俺の気持ちをお前が受け入れることで直面させられて。

 もう姪が活躍する場面を見なくて済むようになると、そう俺が喜ぶとでも思ったのか。


 『美少女名探偵』最後の事件。この殺人事件の被害者は、『美少女名探偵』その人である。

 『探偵』が死んでしまったら、確かにその『探偵』の物語は終わる。まさしくだ。

 これは俺が望んだ結末だ。だったはずだ。


 俺は姪を、現実に存在する『名探偵』を、殺したかったのだ。


 けれど、俺の気持ちはちっとも晴れやしない。

 むしろ余計に悪くなった。


 それは、変わり果てた姪の姿に感傷的になり、悔い改めたとか、そんな殊勝な理由じゃない。


「探偵は事件を解決するヒーロー。アタシはずっとそう思ってきた。既に傷ついちゃった人は救えないけど、でも想いを晴らして残された人を救うことができる役割だって。でも、アタシが行く先々で事件が起きるって、どうなんだろう」


 姪の言葉は続いている。

 それは、俺が知らなかったコイツの気持ちだった。


「アタシが行くとこで事件が起きるなら、アタシが行かなかったら事件は起きなかったんじゃないかな。探偵があるとこに事件ありって、よくメタっぽいこと言うけどさ。もしアタシの存在が事件を呼び起こしてたんだとしたら、アタシが誰よりも悪いやつじゃない?」


 『名探偵』がいるからこそ事件が起き、誰かが誰かを殺すんだとしたら。

 そんな呪いが本当にあるんだとしたら、『名探偵』という存在は、死人と犯罪者を量産する死神だ。


 確かに、シリーズものの作品はそんな風に揶揄されることがある。

 けれどそれは、『探偵』が活躍するような事件が現実に存在せず、あったとしてもそんな『探偵』自体が存在しないからこそ、面白おかしく言えることだ。

 もし、本当にこの現実に、フィクションのような『名探偵』が存在したら……。


「アタシは、もうこれ以上自分のせいで誰かに事件を起こさせたくない。アタシがいるから誰かが誰かを殺すなんて、もう嫌なんだよ。特に、おじさんには。だからアタシは、タブーを犯して終わりにするよ。ノックスの十戒、だっけ?」


 ──── 変装して登場人物を騙す場合を除き、『探偵』自身が犯人であってはならない。


「やりがいはないと思うけど、押し付けるみたいでごめんだけど、解決はおじさんがしてね。だって、最後の事件だっていっても、自分じゃどうもできないからね」




 ◆




 俺は握りしめていた、ピンク色の可愛い便箋に丸文字でしたためられていた遺書をと、血に濡れることのなかった包丁と共に床に放った。

 鋭い刃がフローリングに突き刺さったが、もうそんなことはどうでもいい。


 床に座り込み、俺のネクタイを使ってドアのノブで首を吊っていた姪に跨る。

 そしてきつく結ばれていたネクタイを解くと、俺は力の限り首を締め直した。


 何分そうしていたかはわからない。

 でも、きっとやりすぎた。骨が折れるような鈍い音がした気がする。


 元から物言わぬようになっていた姪を見下ろしながらネクタイから手を放し、ポケットからスマホを取り出す。

 ダイヤルボタンを素早く三つ押す。コール数回、すぐに応答した。


 警察ですか。自宅で姪を殺しました。




【了】

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