第51話 沈黙の時間

やっとの思いで俺は純子のいる部屋の戸を開けた。純子はちゃんと服を着て座っていたからほっとしたが、隣に座った俺を見た彼女は顔を赤くして俯いた。それを見て、俺もなんだか照れてしまったから、俯いて頭をかいた。お互い恥ずかしさのあまり、顔をあげられなかった。

俺達は少しの間、その状態から抜け出せずに数分間を過ごした。


俺と純子は、俯いたままどちらも何も言えないままやった。でも、いつまでもそのままやったら、らちがあかない。俺は純子に話しかけようとした。

「あのっ」

ふたりの声がハモった。

純子と俺は見つめ合って、そのまま黙りこんでしまう。

俺は深呼吸ひとつしてから、純子に話かけた。

「純子、そのっ、体大丈夫かっ」

純子は顔を赤らめて、うんと小さくうなづきながら、また俯いてから言葉を続けた。

「そのっ、赤ちゃんできるような事はしてへんから〜」

「そっ、そうか。純子に痛いとこがないなら、良かった」

俺はしどろもどろに答えた。こんな時に、気の利いた事が言われへん自分が、なんか情けなくなった。


「そろそろ秀明君とお父さん、帰ってくるんやないの?」

時計を見たら、もう夕方の6時や。俺は慌てて布団が乱れてないか確認した。純子が顔を赤くして、「ちゃんと戻しといたから」と小さく呟いた。俺は恥ずかしくなって、「そっか。ありがとう」と言って純子から、視線を外した。

「今日は、なんか純子が、色っぽくて、いつもと違う女の子にみえたわ」

「うん、うちものりが違う男の子に見えてちょっと怖かった」

「〜そのっ、怖がらせたなら、ごめん」

純子は顔を赤くして、俯いた。

「あのっ、純子、ほんまにありがとうな。俺純子の事、大切にするから」

「うん、うちものりの事、大切にするな」

ふたりでぎこちなく笑いながら、肩を寄せ合った。



少ししてから、玄関からバタバタと走って来る音がして、秀明が、俺の部屋を覗いた。

「ただいまあ、純子さん。待たせてごめんね。すぐご飯作るから」

「おい、秀明。兄ちゃんに、ただいまは?」

「あっ、兄ちゃんいたんや。ごめんね。純子さんしか見えへんかったわ」

「お前なあっ」

俺は逃げる秀明を台所まで追いかけた。

しばらくすると、ゆっくり帰って来たお父さんが、俺と秀明がじゃれてるのを見て「ご飯作らないと、お客様が食べる時間がなくなるぞ」と言って笑った。

「あっ、純子さんにご馳走しなきゃ」

それまで俺とじゃれていた秀明は、俺から離れて、しゃきっとした顔で、ご飯の用意を始めた。俺は手伝おうとしたが、「兄ちゃんは、純子さんをもてなさなあかんから、部屋に戻っといてや。手伝いはお父さんにお願いするから大丈夫やし」と言って、台所から追い出された。ご飯が出来るまで、俺と純子はテレビのイリュージョン特集を観て、今度はあそこに行きたい、ここもいいなと他愛のない話で盛り上がった。いつも純子は可愛いが、今日の純子はいつもより可愛く見えて、始終照れっぱなしだった。



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カモフラージュの恋人 ゆめみつきまいむ @maimunoyume

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