第50話 なかなか部屋に戻れない理由

 俺は純子が服を着てる間、台所で洗い物をしていた。ある程度片付けとかな秀明に怒られる。…というのは、建前で、これ以上、純子の恥ずかしがる姿を見たら、自分を抑えられる自信がないのがほんまの理由や。

 洗い物をしながら、純子の柔らかい感触を思いだすたび、なんだか胸がドキドキしている。女の子の体を触るなんて、春頃には思いもせんかった。ずっと付き合ってたんが、同性やったからな。


 母さんが父さんを裏切ってる姿を見た時から、俺の中で女に対する不信感が生まれた。だから自分は絶対、女は好きにならないだろうと思ってた。失恋して、桜の下で泣いてた純子が、彼女を見せてくれと言われて困ってた俺にカモフラージュの恋人をかってでてくれた時にも、こんな展開になるなんて想像もつかんかったし。ずっとたかと続くと信じていたし、あいつの事が好きやったのに。いつの間にか俺は、純子がみんなに向ける優しさに惹かれて、俺だけを見てくれたらええのにと思うようになった。でも、その頃は、たかの事が好きやったから、どうしたらええのか、毎日考えた。考え続けてだした答えが、別れるという結論やった。純子は同性が好きやし、俺に気持ちが向く事はないやろうと思ったけど、それでもたかと別れる選択をしたのは、そんな気持ちのままでつきあうのが、申し訳ない気がしたからや。たかは純子に振られた時の為の保険やない。他の子を好きになって、その子と付き合えるまで、いままでの恋人との関係をキープする奴もおるけど、俺はそんな事は、最低やと思う。自分がもしも同じ事をされたら、という想像力がない残念な奴やからそんな事ができるんやろうけど。


 純子がたかに襲われたと知った時には、怒り狂ったけれど、俺が原因やと聞いた時には、一瞬、頭の中が白くなった。穏やかで、人に気を使うあいつがそんな事をするなんて。純子を酷い目にあわせたんも、たかの人が変わったのも俺のせいやねんなと思った。反省して、落ち込んだりもしたのに、それやのに、どういうわけか、純子を襲ったたかに嫉妬して、自分も同じ事をしたいなんて。初めて生まれた心に自分でも戸惑った。

 ほんまに人の心は難しいと思う。自分の心さえどんな動き方をするかなんてわからへんから、人の心の変化なんて、想像つかへんよな。

そろそろ洗い物片付けて、純子のところにいかんと。照れくさいけど、ずっとほっとかれへんしな。いくらなんでも、服を着てるやろうし、もうええかな。俺は、洗い物を何度も拭きながら、部屋に戻るタイミングを見計らっていた。疲れて起きられへんかったら、もしかしたら、まだ服着てへんかもしれんしとか、そんな事を繰り返し考えて、なかなか純子の待ってる部屋には、入られへんかった。

 あんまり長い事戻らへんかったら、おかしく思われるかもしれへんなと、ふと思ったから、皿を食器棚にいれて、深呼吸してから、台所を後にした。部屋の前に着いたら、どんな顔して、部屋に入ったらええか、考え込んでしまい、しばらくその場から、動かれへんかった。

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