別れのために、生きている
冬麻
別れのために、生きている
少し前のことだ。
ぼくは人生で最大のミスを犯してしまった。
人生のターニングポイント、決して譲れない一線、自分が生きている意味。
そのぐらいの大きな出来事を逃してしまった。
後悔は尽きず、自己嫌悪は止まらない。
その理由が劇的なものではないことも、大きな一因だ。それがどうしようもないほどの、九死に一生も望めないものなら諦めもついただろう。
でもほんの少しだけ歯車が噛み合えば、逃すことはなかったのだから。
ぼくは何も気づかず、平凡な日常を過ごしていた。
いつもと何も変わらなかった、友人と遊んでいて、美味しいものを食べて、適当なおしゃべりをしている。
学校ってつまらないなとか、次の休みはどこに遊びに行こうかとか。
そんな平凡な日常のせいで、ぼくは決定的なものを逃した。
虫の知らせなんてなかった、いざと言う時にも何も起こらなかった。
苦しかった。もっと近くにいれば。もっと傍に置いておけばこんな気持ちを、味わうことなんてなかったなのに。
それからの一年間、ぼくは何の罪もない日常を憎んで生きてきた。
学校なんて目にも入らず、ぼくは毎日毎日、ずっと探していた。
でも、ある日担任から連絡がきて、補修に出なければ退学だと言われてしまった。
構うものかと跳ね除けたかったが、悲しむ人がいると思って思いとどまる。
そんな日々を、過ごしていたんだ。
★
せっかくの夏休み、それもお盆の時期にぼくは補習を受けていた。
色々とあって、一学期の出席日数が足りなかったからだ。
今日もたった一人、一日を無駄にしてから下校をする。
いつもと違うのは、校門に久しぶりに見た顔があったことだ。
「よう……」
衝撃に胸が震えた。ずっと探していた、もう二度と会えないと思っていた顔だったからだ。
なんとか、声が震えないように話しかけることが出来たと思う。
「久しぶり、元気だったか?」
そこにいたのは、親友の成安だった。
相手も気まずそうな顔をしている。
「俺がわかるのか? ……そうか、それなら少し、話さないか?」
成安は顔中に驚きを張り付け、動揺しながらもぼくを誘う。
その言葉で、ぼくらは近くの河原に移動した。
★
「あんまり、驚かないんだな?」
唐突な成安の言葉、その意味は明白だ。
何故ならば、成安には膝から下が存在しなかった。
……一年前に、交通事故で死んでいるのだから。
信号無視のトラックに轢かれて、即死だった。
「まあ、な。お前には言ってなかったけどさ、ぼくは見える人なんだ」
小さいころから、幽霊を見ることが出来た。
今日だけでも、成安と同じ死者を何人も見ている。
でも、死んでしまった成安を見たのは今日が初めてだ。
「そっちこそ、何で今頃? もう一年もたつのに」
会いに来るのがあまりにも遅いではないか、あんなに仲が良かったのに。
「わからない、意識がはっきりしたのが数日前で。それからしばらくは、家族の所にいた」
「そっか」
「もう、立ち直っているみたいだったよ」
成安は少し寂しそうだ、でもあの人たちも立ち直るまでに苦労をしていた。
「この一年、どんな風だった?」
ぼくは成安が望むままに、今までのことを話す。
クラスメイトの話、街の様子、成安が死んだときの話も。
「みんな、悲しんでいたよ。ぼくも、数日は部屋から出ることが出来なかった」
幼馴染で親友の成安が死んだことは、本当に辛かった。
我ながら、もうダメかと思ったぐらいだ。
「……そっか」
万感の思いを込めて、成安はため息を吐いた。
「俺はずっと心配だったんだ、家族もそうだけど、お前のことが」
「ぼく?」
「俺がいないと、お前はいつも一人だった。その完成された孤立が、心配だった」
ぼくは自分の生き方に不満などなかった。でも親友が死んだ後も、心残りになってしまうほどのことだったようだ。
「ははっ、でもお前は上手くやっているみたいだ。なんていうか俺が死んでも悲しくないんじゃないかって」
「……」
「俺の姿を見ても動揺しないしさ」
「ああ、そうかもしれない」
いや、きっとそうだろう。
「ぼくはさ、お前が死んだときに悲しんだんだ。それこそ心が引き千切れてしまうほど悲しんで、一生分泣いて受け入れた」
悲しいことだけど、死者は生き返らない。それが、小さいころから霊を見てきたぼくの結論。
「ぼくは、親友が死んでしまったことを受け入れた。だから、もう悲しくはないよ」
例えば、ぼくは親友に生き返ってもらいたいとは思わない。
成安は辛い思いをして、一度死んだ。もし何らかの手段があって生き返らせたら、その痛みをもう一度味合わせてしまうことになる。
そんなのは御免だった。死ぬほどの辛い思いなんて、一度で十分に決まっている。
だから、もう親友は死んだのだと。決して帰っては来ないのだと、ぼくは静かに受け入れたんだ。
ぼくは成安をずっと探していた。
その墓に別れを告げてからも、ずっと探していた。
その死を悲しむことが終わっても、本人に直接最後の言葉を伝えたかったからだ。
平凡な日常に溺れていたぼくは、親友の最後の瞬間を逃してしまった。
それがぼくの人生最大の失敗。その日から、ぼくは別れの為に生きていた。
「ぼくは、お前の墓の前でちゃんと、さよならを済ませておいたんだ。だから、もう大丈夫」
「……そうか、それなら安心したよ。俺の大事な人たちはみんな、大丈夫なんだな」
その言葉で安心したのか、成安は少しずつ薄くなっていた。
何度か見たことがある、成仏するのだろう。
「これで安心してあっちに行ける」
「……」
本当の別れ、そして永遠の別れがすぐ傍に来ている。
せっかくの、コンティニュー。何か、気の利いた言葉でも言いたいのに、上手くできない。
成安の死をちゃんと受け入れたからって、悲しくないわけじゃないのに。
「じゃあな、また来世で会おうぜ」
何かを言わなければならない、でも本当の最後に、ぼくは何て言えば。
「成安!」
一足早く、覚悟を決めていた成安にぼくは大声を出した。
「……さよなら、ぼくも頑張るから」
自分の家族と同じぐらいに、ぼくのことを心配してくれた親友に、ぼくは安心してもらうことを望んだ。
一度目の別れでは出来なかった、終わりの言葉を。
安心と、訣別の合図を。
この世界から不幸な出来事はなくならない。
だからせめてちゃんと別れを告げることで、人は前を向けると思うんだ。
「頑張って生きていくから、寿命が尽きるまで、ずっと頑張るから!」
ずっと暗い表情をしていた成安が、ようやく、ほんの僅かに微笑んでくれた。
「ああ、それなら大丈夫だな」
その言葉を残して、成安は消えてしまった。
ぼくは、もう出ないと思っていた大粒の涙を流してしまう。
まだ、まだぼくの人生は続く。
例え親友がこの世からいなくなっても、ぼくはまだ終わっていない。
「……頑張るから」
涙を拭いて前を向く、いなくなってしまった人が悲しまないように。
ぼくは改めて、強く生きると決めた。
★
悲しい別れの次は、素晴らしい出会いがあった。
立ち去った親友を忘れたわけじゃないけど、新しい友人が出来た。
彼とは短い付き合いだったが、ずっと大切に思っている。
大学三年生の時のことだ、構内に居眠り運転のトラックが入ってきたことがあった。
十人近くの人間が、その被害に遭ってしまい友人もその一人になるところだったが……。
なんとか、助けることが出来た。
その代わり、ぼくの片腕が動かなくなってしまったけど、後悔はしていない。
それどころか、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。
あの日、その場にいることすらも出来なかったぼくが、側にいて友人を救うことが出来たのだから。
それから、間もなく友人は病気でこの世を去ってしまったけど、ぼくは最後を看取ることが出来た。
悲しい別れであったが、確かな別れではあったと思う。
ぼくの見る力は成安が成仏してしまってから、消滅してしまったので友人の霊には会えなかったが……。
ちゃんとお別れが出来たのだから、それでよかったのだと思う。
「少し、疲れたな」
頑張った、頑張ったと思う。
親友との約束を胸に、ぼくは自分の人生をしっかりと生きたと誇れる。
今まで手に入れてきたものは、それを必要としている人たちにあげてしまったので、何も残ってはいないけど。
それでも、ぼくは満足している。
あれから、長い長い日々が過ぎた。
自分のために生きて、人のために生きて……。
これなら、自信をもって友人たちの元に行ける。
流石にもう、二人とも新しく生まれ変わってしまったろうけど。
それでも、後を追いかけることが出来る。
「有り難う。そして、さようなら」
ぼくは世界に別れを告げる、そうすれば、新しい出会いが待っているはずだから。
別れのために、生きている 冬麻 @huyuma
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