ACT.6

 30分もかからず、ホールの中は制服と私服の警官オマワリが加わり、ますます騒然となっていた。

 俺は椅子に座らされ、腕章を着け、略帽を被った私服に取り囲まれている。

 連中は腕を組み、護衛に押さえつけられた痛みに悩まされている俺のことなんかお構いなしで見下ろし、同じことをくどくどと何度も聞いている。

 俺は俺で、

『こっちは仕事なんだ。従って依頼人の秘密は守らねばならん』と繰り返した。

 私服デカ達はそれもまだ何か言いたげだったが、俺が免許持ちの探偵であったことなど、疑わしい点がなかったので、それ以上聞くことをせず、

『仮にも二発撃っているんだから、後で所轄署に出頭して、規定通り書類を提出しとけ』と、お決まりのセリフを繰り返しただけで、苦い顔のまま囲みを解いた。

 あの老人は一度だけ俺のところに来て

”君は命の恩人だ。取り敢えず何か礼を・・・・”と言いかけたものの、 

 俺は丁重に、それでいて素っ気なく辞退をした。

 文子の怪我の具合は、

”右手の骨を砕かれちゃいるが、命に別状はない”と、私服の一人が説明してくれた。

 目線を移すと、彼女は担架に乗せられ、制服に両脇を固められて運び出されて行くところだった。

 俺が近づくと、かすれた声で小さく”有難う”と口にした。

 勿論、周囲の喧騒にかき消されて、その言葉を拾えたのは俺だけだったが。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一週間後、俺は報告書を当該所轄に提出した折、”紅サソリ”こと、初芝文子について訊ねてみた。

 彼女は確かに老人を襲ったのは自分である事。

 それは依頼によるものであったという事を認めたが、依頼人が誰だったかという、背後関係その他については、

”黙秘させて頂きます”といったきり、それ以上は脅そうとすかそうと一言も口を割ろうとしなかった。

 凶悪犯を扱いなれて来た所轄や本庁一課の強行犯の連中も、

”あんなに腹の据わった強情な女は初めてだ。”と感心するほどだったという。

 これが今回の顛末の総てである。

 すまないな。

 皆を喜ばせるような、血沸き肉躍る冒険が欠片もなくってさ。

 ま、俺にとっちゃ、これだけのことで、最低半月は暢気に暮らせるだけの稼ぎが手に入ったんだからそれで良しとしよう。

 地獄の確定申告も手早く済ませた。

 少し背中が痛いな。

 俺はテラスに持ち出したデッキチェアに寝そべり、傍らに置いたウッドテーブルに、”ジャック・ダニエル”のNo.7を据え、昼間から呑んだくれている。 

 春ってのはいいもんだ。

                               終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

 

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その名は紅サソリ 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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