ACT.5

 再び四方のスピーカーから、

”では、会長のご健康を祝して、乾杯”

 と、甲高い声が響き、広い会場内のあちこちでそれに呼応して客たちがグラスを上げる。

 それが終わると、皆グラスを手前のテーブルに置き、今度は拍手だ。

”会長”という老人は壇から降り、機嫌よく微笑みながら、会場内を巡り始めた。

 無論彼の周りにはお世辞にも目つきのよろしくない護衛ゴリラたちが四~五人張り付いている。

 客達はめいめいテーブルに取りついて、サンドイッチだの、フライドチキンだの、サラダだのを取り皿に載せては貪り食いながら談笑をしている。

 俺は通りかかったボーイに空のグラスを置き、飲み干し、また置いてを繰り返しながら、老人と文子の双方に視線を送っていた。

 文子は裾さばきも軽やかに、客の間を縫って、ゆっくりと老人に近寄ってゆく。

 俺は何杯目かのグラス・・・・当たり前だが酒じゃない。仕事中に呑んだくれるほど暇じゃないんでね・・・・をテーブルに置くと、左腋に手を突っ込み、ホルスターのボタンを外した。

 文子は何時の間にか老人に近づき、にこやかに微笑みながら、頭を下げる。

 老人も相手が女と見て油断をしたんだろう。

 グラスを持ったまま挨拶を返す。

 そのまま二人はすれ違った。

 老人は別の、かなり親しいと思われる客に声を掛けられる。

 護衛の一人が空いている椅子を二脚、部屋の隅から持ってきた。

 彼はそれに腰かけ、客と何やら話をし始めた。

 文子はほんのわずか離れたところで立ち止まり、別のグラスを取り、様子を伺っていたが、話し相手の客が立ち上がり、少し間が空く。

 するとその間を見逃さず、袂に手を入れながら、音もなく歩み寄った。

 袂の中から、彼女の白い右腕が、銀色に光る10センチほどの針状の武器を取り出して出て来たのを、俺は見逃さなかった。

 彼女が老人の背後に回る。

 俺も素早く彼女の右斜め後ろに付く。

 それを確認したように、わざとらしく彼女はその針の先端を老人の延髄に向けた。

 次の瞬間、俺はM1917を抜き、天井に向けて一発発射した。

 火薬が弾ける音に続き、天井のシャンデリアの一部が砕け散る音が響く。

 同時に視線が一斉に俺の方に集まる。

 老人も首を曲げて振り返ろうとしたが、文子は構わず、銀色の針を振りかぶって、老人の額に突き立てようとした。

 俺は構わず引き金を引き、彼女の右手を撃ちぬく。

 室内は怒号に包まれる。

 彼女の右手から飛んだ銀色の針は、大きく跳ね上がって、傍らのカーペットの上に突き刺さる。

 途端に俺は護衛の一人に腹を思い切り蹴り上げられ、押さえつけられた。

 だが、抵抗はしなかった。

 奴らが俺の懐を探り、探偵免許ライセンスとバッジを引っ張り出すまで、黙って待っていてやった。

 誰かが、

”警察を!警察を!と叫んでいる”護衛に押さえつけられながら、俺は頭を彼女の方に向けた。

 彼女は右手から血を流し、床の上に倒れているのが目の端にちらりと映った。

 

 


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