ACT.4
都営地下鉄大江戸線の六本木駅の階段を上がって、彼女が出たのは、斜め向かいに、東京ミッドタウンの馬鹿でかいビルが見える場所だった。
彼女はタクシーも拾わず、そのまま歩いて行く。
時折立ち止まっては意味ありげに後ろを見る。
普通だったら物陰に隠れたり、こちらを巻こうと速足になったりするものだが、彼女は俺に歩調を合わせるようにゆっくりとしたスピードで歩いて行く。
向かう先は既に分かっている。
ミッドタウンのすぐ傍にある、米国の有名なホテルの日本支店だ。
そこの最上階、キャパシティは恐らくゆうに1000人は収まる大宴会場、今回の彼女の
誕生”パーティだそうだ。
しかしいくら緊急事態宣言とやらが解除になったとはいえ、流石に集まる人数は限定される。
それでもこんな大箱を借り切ったのは、大物故の見栄という奴なんだろう。
ホテルに着くと、玄関前では御多分に漏れず消毒用のアルコールボトルと、顔を翳すとその場で体温が分かる検温装置が待ち構えており、マスクの着用を義務付けられた。
それ以外は特にボディチェックもされず、初芝文子も、そして俺も、そのまま最上階まで直行できるエレベーターに乗ることが出来た。
もっとも、20人は乗れる筈の箱には、せいぜい10人づつに分けられて乗せられたが。
最上階に着くと、そこにはまた派手な紫色のカーペットが敷き詰められたホールがあり、黒服に腕章、それにやはりマスクを嵌めた男がいた。
しかしボディチェックはない。
俺はさる筋(詳細については秘密だ。守秘義務は守らにゃならんからな)から手に入れた紹介状を受付で提示すると、それ以上は四の五の言わずにパスカードを出してくれた。
彼女は、とみると、やはり受付を済ませ、そのまま会場に入ると思いきや、片手に下げたバッグを持ったまま、反対側にある、
”WC”というプレートの出た部屋へと入っていく。
俺は会場の傍らにあった椅子に腰かけて待った。
凡そ5分もかからずに、彼女は出て来た。
髪を見事に結い上げ、紺色に紅の裾模様の訪問着に着替えていた。
”あんな狭い場所でよくもあれだけの装いが出来たものだ。”
流石は”その道のプロ”だと、妙な感心の仕方をしてしまった。
彼女は先ほどまで下げていたバッグをクロークに預ける。
そこで受付から声がかかった。
どうやら規定の人数に達したらしい。
『結構です。皆様どうぞ、会場にお入りください』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
会場は本当に広かった。
南側の一方が、東京の空が一望出来る強化ガラス。
そして床は鳳凰の模様が入ったカーペット。
右手の奥が舞台になっており、金屏風が立っている。
天井には豪華なシャンデリア。
会場の中には大きなテーブルが幾つか設けられてあり、そこには既に見かけだけは豪華そうな料理が並べられてあった。
要は立食パーティー形式になっているんだろう。
椅子はところどころに設けられてあるだけで、あまり数はない。
”立ったまま食わせられるだけ食わせて帰そうという魂胆だな”
如何にも
俺がそう思っていると、間もなく部屋の四方に取り付けてあったスピーカーから、
”お待たせいたしました。今日の主賓の御入場でございます”
甲高い司会者の声が響き、何故かそこで軍艦マーチが流れ、それを合図に黒紋付に縞の袴姿の、御世辞にも人相の良くない老人が笑みを浮かべながら現れた。
傍らには銀色の派手な訪問着姿の、少し太った厚化粧の中年女性が付き添っている。
老人は司会者の招きに応じ、スタンドマイクの前に立ち、塩辛声で今日集まってくれたことへの謝意を述べた。
続けて乾杯。
メイド服の女とボーイが銀色の盆に乗せたシャンペングラスを配って歩く。
俺も一つ取って、ちょいと匂いを嗅いでみた。
何のことはない。
定価1500円程度の、ノンアルコールのジュースだ。
どこまでも自分の金を吐き出さない男と見える。
目を移すと、文子は丁度舞台の上の老人から、5メートルほど離れたところに立って、彼の動きを監視していた。
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