ACT.3

 しかし、ここで一つ問題があった。

 二年前に亡くなった父親が生前、ある仕事を引き受けていたのである。

 標的ターゲットはもう八十代半ばの老人。

 いわゆる”政財界の大物”という奴で、世の中に何とか疑獄やら、贈収賄、会社の乗っ取り話が持ち上がる度に、必ずと言って良いほど名前が挙がる人物だ。

 要するに”あくどい金もうけなら何でもやる”という、まあ劇画や小説、映画やテレビドラマでは馴染みの悪役のボスそのままの男である。

 当然ながら、敵も多い。

 依頼人はその中の一人で、大金を積んで直接父に頼みに来たのだという。

 父も最初は自分の手で始末をつけるつもりだったが、何せそれだけの人物だ。

 ガードも固い。


 加えて今回の”新型ナントカ”の大流行と来ている。

 向こうさんの動きも止まり、こちらも容易に近づけなくなった。

 そうしているうちに、父の体調が悪くなり、そして二年前に急逝したという訳だ。


 初芝家には、一つの家訓のようなものがある。

 それは、

”一度引き受けた依頼は、たとえ何があっても完遂する事”だ。

 だから、父が死んだ今となっては、”お仕事”をやれるのは彼女一人しかいなくなったのだ。

『たとえそれがどんなに忌まわしいと私が思っても、家訓は家訓です。でも、私より後の人間に、同じような重荷を背負わせたくはないのです。それで・・・・』

『この私に現場を押さえ、阻止した上で警察に引き渡して逮捕するように仕向けて貰いたい。と、こういう訳ですな』


 彼女はカップに残っていたコーヒーを飲み干し、大きく頷いた。

『言うまでもないことでしょうが』

 俺は再び彼女の前に座る。

『私は探偵です。しかも免許持ちのね。現在いまの日本では、免許があれば民間人である探偵でも、武器を持っても良いことになっています。』

 俺はそう言って、わざと大袈裟な仕草でジャケットを捲ってみせ、左腋の下のホルスターを彼女に見せる。 

『この意味はお分かりですね。つまりはもしだと判断したら、貴方を撃たなければならない、ということです』

 彼女は、

”済みませんがコーヒーのお代りを”という。

 俺は卓子テーブルに置いてあった、耐熱ガラスのコーヒー入れから、彼女のカップに注いでやる。

 文子はそれを一息で飲み、覚悟を決めたように俺を凝視みつめ、

『勿論ですわ。最初からその位の覚悟は出来ています』

 しっかりとした口調でそう答えた。

『分かりました。お引き受け致しましょう。但し、ギャラは通常の三倍に成功報酬も付けて頂きます。それから、通常なら料金は後払いで結構と言いたいところですが、ですからね。前払いでお願いいたします』

『それも覚悟していました』

 彼女は傍らのバッグを引き寄せ、分厚い封筒を取り出し、俺の前に置いた。

『拝見します』

 そう言って俺は封筒を取り、中を開けてみた。

 帯封のついていない、使い古しだが綺麗に整った札・・・・ざっと勘定してみたが、凡そ八十万と少しはあった。

 俺はコーヒーをカップに継ぎ足し、口をつけ、それからまたシナモンスティックを齧った。

『それが現在いま私の出せる、精いっぱいのお金です。それでも足りなければ・・・・』

『いや結構、これで充分です』

”おい、ちょっと待て、お前ら探偵は、犯罪の片棒を担ぐような依頼しごとは、受けないんじゃなかったか?”

 野暮なことを聞くなよ。

 なるほど確かに彼女は殺し屋かもしれん。

 しかし別に殺しの手伝いをさせようって訳じゃないんだ。

 それどころか自分を捕まえて、自分の仕事を妨害してくれっていうんだぜ。

 俺には似合わん言葉だが、いわば”正義の味方”になってくれって訳だ。

 これが法に反してるって言えるかねぇ?



 

 

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