ショートショート置き場というか、捨て場

睦月リツ

アフター桃太郎(1)

「少年よ、貴様の行いに意味などない。私たちを殺したところで、いずれ後の世に再び第二、第三のそれが現れるだけだ。そもそも"鬼"などというものは、人間が作り出した概念に過ぎないのだから。」――。



 両の手を合わせたまま、少年はゆっくりと顔を上げ、目を開いた。その、力強くも透き通った瞳が―、まだ若々しさの残るつやめいた黒髪が―、いや、何よりもその名が刻まれた額の鉢巻が―、彼が「桃太郎」であることを示していた。


 周囲には、長年に渡って丁寧に手入れされたとみえる墓石がいくつも建てられていた。育ての親であるおじいさんとおばあさん、そして、世話になった村の人々のものだ。桃太郎は、自身を取り囲むそれらの静寂が、―キビの力により不老の身となった自身の―、新たな旅の門出を、優しく見守っているように感じられた。


 桃太郎は、暫くあわせていた手を解くと、立ち上がり、惜しむようにその場を去った。最後に手を合わせていたのは、かつて鬼退治の旅に出た際には、まだ生まれてすらいなかった者の墓であった。去りゆくその姿は、生まれ育ってから村で起きたすべてを思い返せばあっけなく見えたが、眠りにつく者たちに長い間帰らないことを示すには十分なものであった。


 やがて、人っ子一人いなくなった村の一角。かつておじいさんによって名付けられ、おばあさんからきびだんごを受け取った、古びた家の暗い隅で、村を出る身支度を終えた。墓で手をあわせていた頃から、作業を終える今になっても、鬼の最後の言葉が繰り返し脳裏を駆け回っている。


 桃太郎にとって、鬼を根絶し、平和を体現し続けたこの村は、自らの価値そのものであった。それを証明できる者も、彼を褒め称えてくれる者も、みな永遠の眠りについた。この不老不敵ふろうふてきの力に感謝する日もあれば、やがて独りとなる定めを呪ったこともあった。時の流れが彼に苦しみを与えたが、彼に安らぎを与えたのもまた時の流れであった。


 新世界へと歩み、新たな鬼を探し、倒し、倒し続ける。それが長い葛藤の末に彼が見出した、新たな―結局のところ元来と変わらない―生きる意味と目的であった。颯爽さっそうと歩き出す桃太郎の腰には、きびだんごの入った巾着袋が、新たな旅のはじまりを喜んでいるかのように揺らいでいた。

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ショートショート置き場というか、捨て場 睦月リツ @mutsuki_riku

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