異世界寿司野郎無双~王も魔王もオレのチート寿司で狂わせてやる~

上屋/パイルバンカー串山

異世界寿司野郎光臨


「ぐぅわあああああああ!!!!」


「決まったあああ!!! スシです! スシが勝ちました!」


 実況の男が唾を飛ばし叫ぶ。荘厳な宮殿闘技場が震える。観客の歓声に包まれて、山田ジェイムスンの耳を痛いほどに打った。

 やがて天を舞った宮殿専属シェフ筆頭、「竜殺し」の異名を持つバフリーが地面に鈍い音を立てて激突した。粉塵を巻き上げ、白いコックコートが塵に汚れる。

 宮殿専属シェフ、そのトップ中のトップが見苦しく床に横たわる。

 それは有り得ない姿だった。


「なんということでしょう! なんということでしょう! あの無敗を誇ったバフリーシェフが無名の青年に敗れました! それと『スシ』というみたことも聞いたことない、生魚を食わせる蛮族の料理に!!」


 歓声と、怒声と、狂乱のなかに山田ジェイムスンは一人立ち尽くす。いや、がくりと膝をついた。


「はぁ、はぁ、く、くそったれぇ……」


 荒く息を吐き、顔面は蒼白だ。

 勝利するために生み出した最強の握り手法、「海神咆哮ポセイドン・クライ」はたった四貫を握っただけでここまでの消耗をさせる。まさに最後の切り札だった。決勝まで温存するはずが、準決勝の強敵である「食当たり」のゴードンに勝つために使用してしまったのだ。まさに限界を超えた握り、だが勝利をつかんだ。


「これが……寿司か……なるほど、確かに王が『食えばわかる』と私に勧めるはずだ」


 呆然と、バフリーがつぶやく。未体験の美食、その衝撃が彼を天高く吹き飛ばしたのだ。

 離れた場所にいる王が、静かに頷く。最終審査者である王が勝利者を言わず、ただバフリーに寿司を食えとだけ言った。

 その意味が、これだ。


「バフリーのとっつぁん、生きてるか」


 山田ジェイムスンが手をさしのべていた。バフリーは、少し迷いながら、やがて青年の手を掴んだ。

 バフリーの手は固く、分厚い。長年をコックという職業に捧げた男の手だった。どんな言葉よりも、男の人生を語っていた。山田ジェイムスンは強く、その手を握り返した。


「生魚を食う蛮族の料理とすら呼べないものだと思っていた……」


「へ、まだいいやがるか」


「だが計算された魚のカット、徹底された管理、未体験の味付け、そしてこの絶妙な握り。負けたよ。スシ、というのか…‥これは立派な料理だ」


「……あんたのドラゴン一頭丸ごと使ったフルコース、五百才級のドラゴンをあんたがひとりで狩るはめにならず、もし万全な状態だったら、オレは」


「プロは結果が全てだ。お前は勝った。胸を張れ」


 山田ジェイムスンに支えられ、バフリーは笑う。膨大な歓声と、万雷の拍手の中、まるで二人だけがこの世界に存在しているようだった。


「第257回王宮料理人大会、これにて終了です!!!! 勝者、ニホンという謎の国からきた男、山田ジェイムスン!!!」


 △ △ △


「さあ、いよいよ明日が開店か」


 山田ジェイムスンがギトギトの身をさばく。ギトギトとは北方の魚である。見た目は山田ジェイムスンの世界でいうマツコ・デラックスに似ているが、身質は鯛に近く脂はサンマ、味はマグロに近い。つまり寿司のネタにぴったりなのだ。

 肉食の性質でたまに漁師が被害に合うそうだ。最初さばいたころは胃袋から家族の写真が入ったブローチが出てきて面食らったものだが、今はもう慣れた手つきで裁ける。


 王宮料理人大会優勝により、王の推薦と出店のための資金を稼ぐことができた。ブラジル生まれの日系人、寿司職人見習いの山田ジェイムスンが東京豊洲市場にて初競りマグロ争奪戦の末に銃撃戦に発展し、ターレにひき殺されそうな所で異世界へ迷い込んでしまってから早半年。まさか店を持てるようになるとは。


「もうジェイムスン、緊張してるの?」


「するに決まってるだろナターシャ、正直自信なんか今でもないんだから」


 カウンターの座席の掃除をしながら、花のように笑うナターシャ。異世界で右も左もわからなかった山田ジェイムスンを救ってくれた少女だ。

 魚を生で食べることはこの世界では文明人のすることではない、人格を疑われる行為とされる。だがナターシャはジェイムスンのいうことを疑いながらも信用し、結果なんと屋台を共に始め公私をささえるパートナーとなってくれたのだ。

 米がないから米に似た穀物を探すことから始め、そこから酢を作り赤酢のようなものからどうにか酢飯を作る。

 漁港に通いつめまったくジェイムスンの元の世界と違うこの世界の魚を一匹一匹さばき食べ味を確かめる。資金稼ぎに冒険者になる。漁師に直談判し、鮮度のいい魚を確保する。山賊を討伐する。そして、偏見でジェイムスンを責め立てる輩たちと戦った。

 そうして、やっと店を開ける。

 本当にジェットコースターのような長く長くだがあっという間の半年だった。


「もう、ジェイムスンの腕なら大丈夫よ。スシってすごく美味しいからみんな一口食べればわかるわよ」


「そうだったら、いいんだけどな」


 ジェイムスンは寿司職人の見習い程度の経験しかない。そんな自分が店を出してしまった。だが自分を信じてくれるナターシャに「自分を信じて良かった」と思わせてやりたい。


──すこしでも、贅沢くらいさせてやりてぇな。


「ギュイ」


 鳴き声と共に緑色の太い腕がネタの入った箱をジェイムスンに見せてきた。

 ジェイムスンを見下ろす瞳。筋骨隆々の体躯。頭には皿。背中に甲良。


「おう、どれどれ……煮モルモルか。ちゃんと出来てるぞ。やるじゃねぇなジュンイチロウ!」


「ギュイ!」


 くちばしが曲がり、笑ったように見える。無骨だがどこか人懐っこい笑顔だった。

 ジュンイチロウは食材集めの時に、ジェイムスンが罠から助けたカッパのような生き物である。恩を感じて懐いてきたので連れて行くことしたが、物覚えがよく今では寿司ネタの仕込みを手伝ってもらっている。とくにアナゴ煮の要領で作ったモルモルという魚の煮物がうまい。すでにもう握りまで教えかけているのだ。実質ジェイムスンの愛弟子とも言える。


「ほらキュウリだ! 食え!」


「ギュイ!!」

 

「もう、ジェイムスンはジュンイチロウにいつも甘いんだから」


 不安はある。明日はどうなるか、わからない。だが今この3人で笑いあっていることが、たまらなく嬉しい。

 いまだジェイムスンの寿司を野蛮で忌々しい料理だと笑うものもいるが、きっと変えてやる。そうジェイムスンは思う。


──これから変えてやる。俺の寿司で全部。


 そう、強く思った。



 △ △ △


「ちくしょおおおお!! ちくしょおおおお!!」


 燃え盛る炎。全てが消える。消えてしまう。夢も、いままでの思い出も。


「あんた! ダメよいっちゃ!!」


 燃え盛る店に戻ろうとふるジェイムスン。ナターシャがジェイムスンを抑える。ジェイムスンは泣いていた。ナターシャも泣いていた。


「全部……無くなっちまう! 秘伝のタレも、料理道具も……! ちくしょおおおお!!」


 夜の闇の中、ジェイムスンの絶叫だけが響いた。


「ちくしょおお!! あいつらだ……寿司はゲテモノなんていって店を潰そうとしてたあいつらがきっと火を……」


「もういいじゃない……生きてさえいれば、何度でもやりなおせるわ……だから……!? ジェイムスン、ジュンイチロウは!?」


「……どこだ? ジュンイチロウ! おい! ジュンイチロウ! どこだぁ!」


 まさかまだ店の中に、そう二人が思った瞬間、壁をぶち破り緑の巨大が現れる。


「ギュイイイイ!!!」


 ジュンイチロウだ。包丁に仕事道具、ツメ用のタレ、その他もろもろを抱え込んで飛び出してきた。


「ジュンイチロウ!」


 煙を上げる背中に慌ててジュンイチロウは水を掛ける。緑色の肌は所々やけどしていた。


「ギュイ!」


「ジュンイチロウ、お前……すまねぇ、すまねぇ!!」


 ジュンイチロウは笑う。胸元から屋号の入ったのれんを引っ張り出した。これでまた店を開こう、そういっているようだった。こんなやけどだらけになっても、ジュンイチロウはジェイムスンとナターシャのことしか考えていないのだ。


 絶望はしない。もう一度、いや何度だってやってやる、ナターシャとジュンイチロウさえいれば、ジェイムスンはなにも怖くないと思った。

 変えてやる。俺の寿司で。店を燃やしたやつらを、この国を、世界を。


 暗闇の中で、寿司の怪物は無音の産声を上げた。




 ▲ ▲ ▲


 赤、緑、黄、刻々と変わる光の色。絢爛たるネオン、雲を突き破るがごとく生える高層ビル群。神話さえ超える冒涜の塔の下には、ハイウェイが密集しそこに蠢く人々がいる。

 かつての牧歌的だった王国はすでにもう跡形もない。夜の闇は遥か遠く、今は人口の光が覆い尽くす。静寂はなく今は喧騒が鳴り響く。

 超巨大近代都市がそこにあった。


 だがそこは、ただの都市ではない。


 人々が蠢く街に、巨漢の男が──いや、ヒト型の機械が闊歩している。それも複数だ。

 軽金属と強化プラスティックにより形作られたヒト型が、とある建物の壁をぶちやぶる。

 悲鳴、怒号。もうもうと上がる土煙、その中に倒れ伏す複数の男女。テーブルの真ん中にはピザとハンバーグがあった。


『適性食習慣アリ。違法思想犯罪病理者を確認しました。保護します』


 無感情な電子音声。頭部から放たれるサーチビーム。なんとか立ち上がろうとする男たち、鉄のアームがそのひとり捕まえる。


「い、いやだ! もう寿司は嫌だ! 肉が食いた」


『あなたを異常な犯罪性食習慣から保護します。寿司食いねぇ 寿司食いねぇ』


 胴体の高速寿司形成マシンから射出される寿司が、男の口にぶち込まれる。秒間十貫というスピードが男に抵抗を許さない。

 いか、まぐろ、アジダーダダダダサバ、サバ、たこダーダダダダ!!!、無慈悲な最後だ。

 彼らは寿司思想強制施設送りになり、忠実な寿司職人となるまで日の目をみることはないだろう。

 この鋼鉄の処断者は、寿司コップとよばれこの都市の治安を守る──という目的の元に寿司冒涜思想犯罪者を捉え処分する恐怖の具現、地獄の機械である。



 △ △ △


「父ちゃん、ご飯、あったよ」


「ああ、そうか」


 薄暗い下水道の中で、少年は倒れる父に寿司を持ってきた。

 父は仕事を首になってからいつも酒に酔っていた。この高度管理された寿司都市の中で、落伍者に居場所はない。精々が下水道に隠れ住むしかない。


「あのね、かっぱ巻きと、玉子と、あと……わさびまき」


「そうかぁ」


 それでも貧民向けに寿司は配給される。貧相かつ粗悪なネタばかりだが。


 父は下水道の網越しに、輝く欲望の塔を見上げる。あそこに住む一級市民は毎日トロウニイクラその他各種高級寿司を毎日食い放題だという。

 かたや自分は育ち盛りの我が子にマグロひとつ喰わせてやれない。

 もう涙は出なかった。かつて夢見てこの都市にきた。だがこれが現実だ。


「ねぇ! お父さん!」


 突然、子供が叫ぶ。


「なんだぁ」


「お父さん、ビルに人がいたよ!」


「そりゃビルに人はいるだろ」


「違う! ビルの壁をよじ登ってる人がいたの! それもすごい速さで!」


「なんだ、そりゃ」


 訳が分からない。粗悪な酒に目が霞む自分には、そんなものは見えない。


「ほんと! ほんとだって! あれきっとニンジャだよ!」


「ニンジャ? なんだそりゃあ」


 父の意識がやがて酔いに飲み込まれる。息子はじっとビルを見上げていた。


 この都市の、解放者の姿を見つめていた。


 ▲ ▲ ▲



 高度管理寿司都市、その最も高いビル。その最上、666階はワンフロアが丸ごと彼のオフィス兼自宅だった。

 窓から見下ろす汚らしい下界には、かつて彼が憎み怒り叩き潰したかった全てがあった。それら全てが彼にひれ伏していた。

 あの日から。店を失った日から。炎が奪い去った日から。数十年の時が流れていた。

 彼は──老人はやがて笑い出す。


「ひ、は、は、ははははははは」


 空虚な笑いだった。どこまでも寒々しく、そして眼前の光景ではなくまるで自らに向けられたような笑い。痛々しく、悲しい。


「は、ははははははは!! ははははははは!!」


 それでも笑う。それでもなお笑う。それしかないからだ。この数十年を否定しないために。


「ははははははは……」


 やがて、笑い声が途切れる。残るは、泣きそうな顔。

 老人は、ジェイムスンは泣きながら笑っていた。


 あの日、寿司でこの世界の全てを変えてやると誓った。ナターシャのために、ジェイムスンのために。そう誓った。

 寿司屋をもう一度立ち上げ、次々と支店を開業し、あらゆる利益追求を行った。

 一方それらの裏で合法、イリーガル、完全な犯罪、儲かるなら全てを問わずやり尽くした。命掛けになったことなど数え切れない。手も魂も汚し尽くした。

 そうして全てを掌握した。


 ナターシャは、そんなジェイムスンの汚れた経緯は全く知らず、自分はただの寿司職人の妻だと思ったまま逝った。


 右腕として寿司屋を切り盛りしていたジュンイチロウは、やがて変わってしまったジェイムスンの元から離れていった。


 ジェイムスンにはもうなにもなかった。なにもなかったから、なにもかもをかなぐり捨てて前進し続けた。


 その結果が、この寿司で全てが決まる高度管理寿司社会都市である。寿司を知らず、寿司を食わず、寿司を握らないものには何一つ与えられない社会だ。

 ジェイムスンが求めた、ジェイムスンが変えた世界。そして狂った世界だ。


「……こんなはずではなかった」


 ジェイムスンはただ自分の寿司を人に食べてもらいたかっただけだ。ただ人に受け入れたかっただけだ。

 こんな寿司が人を支配するシステムを目指していた訳ではない。

 だが、己の寿司で世界を変えると誓った時、この都市は始まってしまった。

 ジェイムスンが思い、ジェイムスンが始め、ジェイムスンが完成させた地獄だった。


「こんなものはいらなかった、いらなかったんだ!」


 老人の慟哭は、孤独に響く。


 いや、それを聞くものがいた。


「俺は、ただ寿司職人でいたかっただけだ……」


「ではなぜお前は死なない、ジェイムスン?」


 突如響く声。暗闇に一瞬の閃光。ジェイムスンの大理石制の机に、なにかが突き刺さった。


「お前はすでに寿司職人ではない。それ以外の怪物になり果てた。それでも寿司職人でいたいと願っていたのなら」


 大理石に突き刺さっていたのは、マグロの握りだった。

 心のなかでジェイムスンその光景にうなる。

 あまり素人には知られていないが、完璧な仕込みとシャリの炊き加減、そして一流の握り。それらが揃ったマグロの寿司をさらに特定の角度とスピードを守り投げることができれば、大理石に寿司が突き刺さることは可能である。


 つまりこのマグロの寿司は、声の主が超一流の寿司職人であるまぎれもない証拠となる。


「今ここで、人として死ね。山田ジェイムスン」


 闇の中に、黒装束の体躯が現れる。


「貴様か……近頃、寿司管理機関に破壊工作をしかけているテロリストは。こう呼ばれているようだな、たしか、スシデストロイヤー、と」


 黒装束、スシデストロイヤーは静かに構えた。どろりとした、粘着質な、そして鋭利な殺気が室内に満ちる。


「それは私の本名ではない。私の本名は」


 黒装束は顔を包む黒布を取った。


「ジュンイチロウの一子、ジュンジロウだ」


「な」


 言葉を失う。黄色いくちばし、緑の肌。堂々とした体躯。そこには、たしかに若かりしジュンイチロウと瓜二つなカッパがいた。


「バカな……カッパは絶滅したはず」


「貴様の本物のカッパでカッパ巻きをつくろうという狂気の実現のために、わが一族は狩られつくした……だが、我が父ジュンイチロウは死ぬ最後までおまえを恨むなと言っていた。寿司がすきなだけの優しい人だった、今はなにか間違ってしまっただけだとな」


 ジュンイチロウは、すでにこの世にいなかった。


「父は私にあなたから学んだ全てを教えてくれた。あらゆる寿司の技術、寿司職人としての魂を……この街を見て、私はお前ををどうするか決めようと思った。お前に、父がいうように寿司職人としての最後の光があると願って」


 ジュンジロウの眼に、地獄の炎が宿っていた。


「そしてこの街を見てわかったよ。……お前はここで死ぬべきだ!!」


 ジェイムスンは、静かに大理石にささるマグロをつまみ、口に運ぶ。やがてニヤリと笑った。


「小手返しが。若造が奢った握りをするものだな。僅かにシャリ溶けが堅い……ジュンイチロウめ、息子相手に教えが鈍ったか、あるいは」


 老人は前に進みゆっくりと、上着を脱いだ。


「カッパ風情に寿司が握れるわけもないか」


 老人とは思えない、筋肉質な体があった。その全身には包丁が装備されている。ジェイムスンに衰えはない。日々を常に鍛錬し続けていたという証拠。

 父への侮辱に、ジュンジロウの殺気がより滾る。


「やはり貴様は死ぬべきだ。貴様が生きるだけ、寿司が汚れる」


「やってみるがいい、スシデストロイヤー!!」


 動き出す二人。吹き荒れる疾風、そして刃の光。

 

 誰も知らず、誰も見ず、誰も語り継がない。夜の中に消えていく死闘。闇の中に溶けてゆく物語。月の光の中に散っていく命。


 それは、この世界の寿司の未来を決める闘いだった。


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