依頼主──④
廊下を抜け、さっき通ってきたリビングに入った。
すでにマチルさんは俺たちのことを気にしていないのか、一心不乱に床に何かを書いていた。
短いスカートで四つん這いというか、おしりを突き出してる格好というか……目のやり場に困る。
けど眼福でもあります。ありがとうございます。
『コハク、あんた不埒なこと考えてないでしょうね』
「ソンナコトナイヨ」
ちょっと考えましたけど。
でも俺だってド健全な男の子なんだ。それくらい考えることもある。
しばらくマチルさんのことを見ていると、円形状に数式を書いていく。
中央には錆びた天秤。
右には氷雪水晶が、左には熔岩結晶が置かれていた。
「マチルさん、これで本当に熔岩結晶が開くんですか?」
「わからない」
「……え?」
わ、わからない、て……どういうことだよう?
困惑していると、隣で微笑んでいたトワさんが俺の肩に手を乗せた。
「安心してください、きっとうまく行きますよ〜」
「とてもそうは思えないんですが」
わからないのに、あんなに自信満々に何か書いてるし……大丈夫なのだろうか?
「ふふ。マチルさんは、いわゆる天才肌でして〜。少しのヒントを与えれば、頭の中で計算式や構造式を構築できるんですよ〜」
「それが未知のものでも?」
「そうですね〜。マチルさんの頭の中には、これまで得てきた知識がすべて入っているみたいなんですよ〜。詳しくはわかりませんが、それらが自然と頭の中で組み合わさるって言ってました〜」
それが本当だったら、本物の天才だ。
知識を持ち、天性の直感で理論を構築する……そんな人間、初めて見た。
……で、肝心なこと聞いてない。
「マチルさん、いい加減教えてほしいんですけど」
「……なんだっけ?」
「新月草とか、熔岩結晶を依頼した理由です。いったい何を召喚したいんですか?」
「あぁ、それ」
マチルさんは目をぎょろりと動かし、俺を睨めつけた。
「悪魔」
…………。
「「え?」」
俺とトワさんの声が被る。
えっと……今、なんて? 悪魔、て……は?
「私は悪魔を召喚する。そのための媒体を探している」
「な、なんでそんなことを……!? 悪魔ってあれですよね、ヤバいやつですよね!?」
「ん。魔王に匹敵するらしい」
「とんでもないじゃないですか!?」
サラッと言ってるけど、そんなものを召喚しようだなんて、どうかしている。
あの七魔極でさえ従えてる魔王に匹敵する……そんなものが召喚されたら、どうなるかわかったもんじゃない。
『コハク様、止めましょうか?』
『と、止めた方がいいわよね。ねっ、ねっ?』
ライガが剣に手を添え、クレアはテンパっているのか今すぐにでも炎を撃ち出しそう。
いやっ、この2人が動くとここら一帯が焼け野原に……!
『2人とも、お待ちを』
けど、1人だけ冷静なスフィアが2人を止めた。
『この方法では、悪魔を召喚することはできません。むしろ、見えない魚を手に入れるにはこの方法しかないので、今は静観しましょう』
『ふむ……スフィアがそう言うなら、俺からは何も言うまい』
『ほ、本当に大丈夫なんでしょうね……?』
スフィアのお陰で、2人は矛を収める。
けど、今の言葉……この方法以外では、悪魔を召喚する術があるって聞こえるんだけど。
そんな意図でスフィアを見ると、無言で頷かれた。
あるんだ、召喚する方法……。
でも、今は大丈夫なら……いいか、見守ってて。
体から力を抜くと、トワさんが俺の耳に口を寄せてきた。
ちょ、いい匂いするし、耳がこそばゆいんですけど。
「コハクさん、止めなくて大丈夫ですかね……?」
「はい。あれでは悪魔の召喚はできないみたいなので……」
「そ、そうですか……よかったです」
本当に安心したのか、トワさんは肩の力を抜いて息を吐いた。
そりゃそうか。友達がヤバいことに手を染めてるんだし。
さて。問題は、なんで悪魔を召喚したいのかだけど……。
「マチルさん。どうして悪魔召喚の研究をしているんですか?」
「ん。魔王が復活するって聞いたから」
「……まさか、魔王の対抗手段として悪魔を?」
「ん」
肯定するように、小さく頷くマチルさん。
魔王への対抗手段に、悪魔を召喚する……そんなことを考える人がいるなんて、思ってもみなかった。
一瞬冗談かと思ったけど……違う。マチルさんは本気だ。
なんで、ここまで本気なんだろう。過去になにかあった……とか?
……聞きたい。聞いてみたい。
けど、マチルさんの凄みを間近で感じてしまい、どうしても聞くに聞けない。
とりあえず、構築式が完成するまで見守ることにした。
【3巻発売中】唯一無二の最強テイマー 〜国の全てのギルドで門前払いされたから、他国に行ってスローライフします〜 赤金武蔵 @Akagane_Musashi
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