依頼主──③

「トワ、久しぶり」

「ええ〜。かれこれ3年ぶりですね〜」

「……? 1ヶ月ぶりくらいじゃない?」

「あはは〜、相変わらずの時間感覚で安心しました〜」



 いや、笑ってるけど、全然笑いどころじゃない気がするんですが。

 けどマチルさんは本気でそう思ってるらしく、首を傾げていると。

 なんなんだ、この人は……。

 本当にこの人が、スフィアが絶賛するほどの天才なのか……?


 1歩下がって2人の様子を見る。

 と、マチルさんの目がこっちに向いた。

 水晶のような綺麗な目が、まるで研究するかのように俺を見つめる。

 背中に走るゾクッとした感覚に、思わず少し身を正した。



「……誰?」

「ご紹介しますね〜。彼はコハクさん。テイマーギルドとバトルギルドで預かっている幻獣種ファンタズマテイマーで、凄腕のルーキーさんなんですよ〜」

「こ、コハク……です」



 軽く頷くように頭を下げる。

 だけどマチルさんは、まだ俺のことをじっと見ている。

 なんだろう……全部を見透かされてるみたいで、居心地が悪い。

 それに……。



『あんた、何コハクにガンたれてるのよ。喧嘩売ってんの?』

『たべちゃうぞー!』



 クレアとフェンリルが喧嘩腰で、そっちの方が気が気じゃない。

 ライガは静観中。

 肝心のスフィアはというと、床に散らばっている数式や幾何学模様を見つめていた。

 誰か、あの2人止めてよ……。

 どうしたもんかと考えていると、マチルさんはゆっくり首を傾げた。



幻獣種ファンタズマ、テイマー……? あの伝説の?」

「そうですよ〜。世捨て人のマチルさんでも、それは知ってるみたいですね〜」

「うん、知ってる。幻獣種ファンタズマの伝説は好き。特に原初の炎」



 へぇ……意外だ。こういう研究者って、伝説とか興味ないと思ってたのに。



『な、何よ、わかってるじゃない』

『クレアずるいっ! ボクだってすごいんだよぅ!』



 クレアなんて、目に見えて得意気だし。

 2人の様子に苦笑いを浮かべていると、マチルさんが「それで」と口を開く。



「トワ。何か、用?」

「あ、用があるのは私じゃなくて、コハクさんでして〜」

「うん……?」



 また、大きな目が俺を見つめる。

 感情がこもってない目って、どうしてこうゾワッとさせられるんだろうか。

 口の中に張り付いている唾液を飲み込み、マチルさんに近付いた。



「ま、マチルさんに、聞きたいことがあるんですけど……」

「聞きたいこと?」

「……実は俺、マチルさんが出している依頼をこなしているんです。この前の新月草。そして熔岩結晶も」

「へぇ……あれ、君だったんだ」



 表情は変わらないけど、驚いたような声色になる。

 どうやら、依頼主側にもハンターの情報は開示されないらしいね。



「ありがとう。助かった」

「い、いえ。俺も仕事ですから。……それで、単刀直入に聞きます。なぜあの2つが必要なんですか? いったい、なんの研究をしているんですか?」



 後ろに隠れているセアについては触れず、ストレートに疑問を投げかけた。


 スフィア曰く、新月草は悪魔召喚に使われると言われている。こっちは嘘っぽいけど。

 そしてセア曰く、熔岩結晶からは見えない魚の気配がするらしい。

 なんとなくだけど、この2つには意味がありそうな気もする。



「研究は……いろいろ。説明してもわからない」

「何かを召喚しようとしてるんじゃないんですか?」



 確信めいた俺の言葉に、マチルさんは今度は本気で目を見開いた。

 トワさんも、こんなマチルさんは初めて見るのか、俺とマチルさんを交互に見る。



「……驚いた。気付いたの……?」

「俺の仲間のおかげですけどね。機械人形マシンドールっていって──」

機械人形マシンドール……!?」



 え? うおっ……!?

 いきなり顔を輝かせたマチルさんが、ずずいっと近付いてきた。

 無表情は変わらないのに、目だけがキラッキラだ。



機械人形マシンドールを使役してるの? あの超古代兵器の? あの叡智の鍵の?」



 ……何言ってるのかさっぱりわからない。

 超古代兵器は、百歩譲ってわかる。

 けど叡智の鍵って何?



『そういえば、過去にはそんな風に呼ばれていましたね。この世のすべての知識を内包していて、私を手にすれば叡智を手に入れられる、と』



 あぁ、そういう……確かに、叡智への鍵って意味なら、あってるかも。



「こほん。そ、それで、その機械人形マシンドールのスフィアに聞いたんです。この2つは、何かを召喚するための媒体だと」

「その通り。まだ理論段階だけど、熔岩結晶は扉になる。新月草は使えなかった」



 すごいな。もうそこまで突き止めてたのか。

 スフィアも感心しているようで、うんうんと何度も頷いていた。



「けど、扉はまだ開けない。次は鍵が必要」

「鍵?」

「まだわからない。今調査中」



 ふむ、なるほど。

 俺はスフィアを振り返ると、ゆっくり頷いた。



『この方の言う通り、開けるには鍵が必要です。熔岩結晶とは対になる鉱石。氷雪水晶です』

「氷雪水晶……?」

「!」



 俺の呟きにマチルさんは俊敏な動きで棚に近付くと、手当たり次第に棚を漁る



「氷雪水晶。その発想はなかった」

「氷雪水晶なんて、ありふれた水晶ですからね〜」

「うん。トワ、見てないで手伝って」

「はい〜」



 2人がかりで、棚にしまわれてるらしい氷雪水晶を漁る。

 俺も手伝った方がいいんだろうか。



「スフィア」

『はい』



 スフィアが探知フィールドを生成する。

 と、棚の奥底に青白く光るものがあった。

 これ、かな?

 荷物を退かしていくと、ようやく光っている本体が出てきた。

 氷雪水晶……初めて見たけど、ものすごく綺麗だ。

 透明な鉱石の中に、雪の結晶が浮かんでいる。

 こんなものが、自然で生まれるんだ……。



「コハク、それっ」

「あ、はい。見つけました」

「ありがとっ」



 マチルさんは氷雪水晶を取り上げると、一目散に部屋を出ていってしまった。



「あ。……俺、何を召喚したいのか聞いてないんですが」

「うふふ〜。マチルさんは、昔からああなんですよ〜。まあ、ついて行きましょうか〜」



 慣れてるのか、おっとりした笑顔でマチルさんに続くトワさん。

 俺は一抹の不安を覚えながら、セアを連れて2人についていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る