きみの物語になりたい

達見ゆう

いよいよ、変態同士に決着か?!

「……おはようございます」


 あの事件から最初の月曜日。廊下ですれ違った瑠璃子先輩、もとい今は普通のサラリーマン姿だから蓮見先輩に挨拶した。


「あ、ああ、おはよう」


 彼は目を合わさずに手短に挨拶して去ってしまった。ああ、やはりあんなこと喋ってしまったものな。ある意味、蓮見先輩以上の変態になってしまったから、私は彼すらドン引きされる真性の変態になったということだ。


(この一年、圧縮された波乱の人生だったような。逮捕されたり、勘違いされたり、秘密を共有するようなことになったり、新たな出会いもあったけど、新しい扉を開いてしまった気もする)


 お昼に社員食堂にてぼんやりとカレーうどんをすすっていたら、同期の春海が話しかけてきた。


「どうしたん? 恋の病とか?」


 相変わらず春海は勘が鋭い。当たらずとも遠からず。さすがに全部は打ち明けられないので適当にぼかして話すことにした。


「うーん、気になる人がいるのだけどある格好した時だけなのよ。例えて言うなら、舞台の上のタカラヅカジェンヌには憧れるのに引退して女優になった途端に興味無くなるというのが近いかな」


「それはそのヅカから卒業したってサインじゃないの?」


「なんつーか、例え話のヅカだとすれば、その女優がヅカに復帰したらまたときめく自信はある。いや、ちょっと違うかな、コスプレしてる時だけときめくというか、セクシャルマイノリティなのかと思うが、一応男性だし」


 カレーうどんが伸びてしまいそうだが、私は春海に一気にまくし立てた。


「なんかよくわからんが、特定の女装レイヤーに恋したがすっぴんだと醒めるってやつか。変な恋してるね。

 でも、芸能人だと一面しか見てないからそれで憧れるのはあるよね。不倫や薬物報道あるとガッカリするのも、その一面の綺麗な所だけ見てて憧れが強かったからそのギャップに失望する」


「あー、その人の裏面は複数知ってるな」


「うーん、あんたが話したがらないから深くは聞かないが、皆が知らないような裏の顔を複数も知っているほど仲良くて、あるコスプレの時だけときめく、って解釈でいい?」


「んー、まあ、そんなもん」


「あんたもややこしいね。いっそ付き合ったら?」


 私はカレーうどんを吹きそうになった。今日は対策して紺色の服を着ているが、カレーうどん汁が乾いて変な水玉模様は作りたくない。


「ほら、よくあるじゃん。『あれさえ無ければいい人なのに』と欠点に目をつぶって付き合うパターン。あんたは逆に『それがあるからいい人なのに』になってるのよ。つまりいい所を目をつぶって告るのをためらうパターンだ」


「そうだったのか!」


 私はガタンと音を立てて席を立った。なんか分からんが今しかない! 私は社員食堂を出て走り始めた。


「こらー! カレーうどんを片付けてから行けー!」


 すまない、春海。代わりに片付けてくれ。とにかく私は蓮見先輩を探しに行った。社食には居なかった。あとは最上階の休憩室か近くの公園だ。


 休憩室へ続く階段を駆け上がり部屋を見渡すが居ない。時計は十二時二十分。食事が早い人なら引き上げてしまうかもしれないが、公園にいることに賭けよう。時間が惜しい。エレベーターを待つより非常階段の方が近い。

 慌てて、階段を駆け降り、時には二段飛ばし、三段飛ばしをしつつ公園に向かう。

 ある踊り場で思い切って四段飛ばし降りをした時だった。小学生の頃はよくやったが、あれは体が小さくて軽いから出来たことであり、大人がやると怪我の元になる。


 そう実感したのは思い切り着地に失敗して足首を捻り、全治二ヶ月の骨折と入院先で診断された時であった。


「圧縮された波乱の一年に新たなページが書き加えられてしまった」


 私がため息をつくと容赦ない問いかけが来た。


「何であんなに無茶な方法で非常階段を下りてたの?」


 見舞いに来た蓮見兄弟が聞いてくるが、普通にバカ過ぎて言えない。何かを察した春海だけが見舞いの花を活けながら笑いをこらえている。


「ぷぷぷ、まあ、どちらか知らないけどおじゃまなようだから私はここで退場するよ。今度カルシウム系のお菓子持ってくるね。じゃーねー、ごゆっくりー」


 あっという間に春海が去り、病室には三人だけとなる。気まずい沈黙。


「え、と。急いでいたので。社食にいなかったから公園かなと」


「え? それって俺の事?」


「はい。先輩、私達付き合って見ませんか? もっと、お互い理解しないと分からないこと沢山あると思います。勘違いでマッパで走ったことも、あなたが季節ごとの変態になることもそれぞれ氷山の一角に過ぎません。……だから付き合いましょう。春海のアドバイスでそれが言いたくなって走って探していたのです」


 一応、告白になるのだろうか? 所々変な箇所があるが。


 雰囲気を察した佳樹さんもそっと病室を出ていった。ごめんなさい、あなたの気持ちには応えられなかった。


「こんな俺でいいの?」


「はい、あなたの人生の物語に私を入れてください」


 こうして私たちは付き合う事になった。


 ふと、窓を見ると季節のめぐりは早いもので、桜が少し咲いていた。




 そして、自分は今、病院のテーブルに置いたノーパソに向かって悩んでいる。今までのこと、これからのこと、どうなるか全く分からない。


 でも、今までの私と君の物語を書きたいと思い、こうしてパソコンを立ち上げた。


「第一話は『午前三時の小さな冒険』と」


 私はゆっくりとタイピングを始めた。


 ~完~


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみの物語になりたい 達見ゆう @tatsumi-12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ