走れスイカ
田村サブロウ
掌編小説
エニシダには不満があった。
両親がやっているスイカ畑の話だ。
ここ数年、昔はよく出た畑泥棒を見なくなった。
それ自体はいい。泥棒がいない、大変結構なことだ。
だがその理由が、泥棒たちの間で「この村のスイカ農家はイカれている!」とウワサされているから、というのは一体どういうことだ。
「なんて失礼な連中なんだ、まったく」
泥棒たちの言うことを真に受けても仕方ないが、それでも父さんと母さんに陰口を叩かれるのは胸くそ悪い。
風のうわさで聞いた風評被害に頭を悩ませながら、実家のスイカ畑を歩いていた夕方。
その道中でふと、エニシダは足を止めた。
畑の中から、見慣れない不審な男が出てきた。
右腕に抱え込むのは、ひときわ大きなスイカ。
奴が飛び出てきた地面には、ツタからなにかを引きちぎったような痕跡。
間違いない。あの男はスイカ泥棒だ。
「へえ、ウワサに流されない根性あるスイカ泥棒もいたもんだな」
なんて、嬉しがってる場合じゃない。
エニシダは困った。泥棒だと叫ぼうにも、周りに人がいない。助けを呼べないのだ。
幸いなのは、敵のお目当てがスイカという重い大荷物であること。追いつくこと、それ自体はたやすいだろう。
とりあえず追いかけてから考えるか――そうエニシダが判断しかけると。
「ん?」
視界の端、畑のふちから1つ、スイカが飛び出てきた。
誰かに持ち出されるのでもなく、投げられるのでもなく。ひとりでにスイカが飛び出て、歩道に出てきたのだ。
風にでも押し流されて転がったのだろうか?
そのように思って、エニシダがスイカを見ていると。
「って、おいおい!?」
あろうことか歩道に出たスイカは、そのまま自走を始めた。
ころころと転がり、スイカ泥棒を追いかけて。
少しして、泥棒は後ろから追いかける自走スイカに気づき、足を早めた。
だが、泥棒の走りより自走スイカの転がりっぷりのほうが早い。
ただならぬ空気を感じ、見ているエニシダは嫌な予感で冷や汗が出る。
スイカ泥棒も恐怖を感じたのか走り出す。だが、自走スイカの加速は止まらない。
盗んだスイカも捨ててなりふりかまわず逃げても、スイカ泥棒は自走スイカを引き離すことはできない。
なすすべなく泥棒と自走スイカの距離が小さくなっていき。
やがて、自走スイカが泥棒に追いつくと。
――ドカーン!!!
「ぎゃああああああ!」
自走スイカは爆発した。
大きな音をたてて、衝撃を撒き散らして。
それはもうド派手に、スイカ泥棒(未遂)をふっ飛ばした。
「……」
開いた口がふさがらない。
その言葉を体現するようにエニシダが呆然と口を開けていると、後ろ遠くから父の声が聞こえてきた。
「はっはっは、また
なるほど。あの自走スイカ、もといスイカ爆弾は。
父の、すなわち農家側の意図的なものだったと。
エニシダは考えを改める必要性に、頭を抱えた。
泥棒が流した「この村のスイカ農家はイカれている!」というウワサは、一部に限り、正しかったのだと。
走れスイカ 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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