第四十七話 コールバック

「ふっ、ふっ、・・・」

息を荒くしている。しかし頭で肉体をコントロールしている感覚を掴もうと必死に教えられた事を思い出しながら体を動かし続ける。


「はぁ、はぁ、」


扉を開けると直ぐにキッチンへと向かう。グラスを用意し、溢れんばかりの水道水を注ぎそして一気に喉に流し込む。そして大きく息を吐くとキュッと蛇口を閉じTシャツで顔の汗を拭う。


「お疲れ様、また朝練?」

ボリボリと頭を搔きながら杠葉がリビングに現れる。


「朝練ってほどじゃないさ」

須藤はそっけなさげに答える。


「今日はこれから榊君と訓練でしょ?」


「その予定だが、で?そっちは?」


「こっちも朝から大学病院でまた検査よ」


「そうか」

須藤は脱いだシャツを放りなげ、着替えを探す。


「ちょっと!そんな所に置かないでよ!」


「ああ、分かってるって!ちょっと置いただけだから」


初任務から一週間以上が経ち、俺達三人の共同生活は続いている。奇妙なもんで生い立ちはバラバラな俺達だがいざ同じ釜の飯を食えばこれが案外成立するというか、なんというか・・・


「あ、やべ。もう時間がない!」

俺は急いで訓練装備をまとめて慌てて出ようとする。


「ちょっと!洗濯もの!」


「悪い!邪魔なら適当に寄せといてくれ、帰ったらやるから!」

須藤はドタバタ音をたて大急ぎで部屋から出てゆく。


「もう!これだからっ…!」

杠葉はそこで声を止める。これだから、これだから何?私は懐かしい記憶の断片のような、片鱗のような、今までにない優しい穏やかな心の起伏を感じて言葉を止めたのだった。


――――――――――――


―――――――


――――


「ふっ!ふっ!」

俺は息を短く吐きながら榊に左右のパンチを繰り出す。だが榊は紙一重でそれらを上手く躱すのである。


「くそっ…あたらねぇ…」

全力で動く俺の呼吸は乱れに乱れていた。


「いい線行ってるんだがな、もう一歩がたりねぇな」

榊はまだまだ余裕そうである。


「どうだ?そろそろ仕上がってきたんじゃないか?ギア上げるか」

榊のその言葉を待ってましたと言わんばかりに俺は滴る汗を振りほどき、目の前に集中し、そして両手に炎を燈す。


「なんだ、まだまだいけんじゃねーか」

榊は独特な構えを行う。俺の両腕は以前にも増して黒い皮膚に覆われている。あのホテルでの作戦後、自身変化が起きた。今では能力を使うと脇の下辺りまで皮膚が黒く変色し、変色した部分は勿論自身の炎の熱さな感じず、さらに鉄のように硬く変化する。そして集中し榊に攻撃を仕掛けるのだ。

――――――――――――


―――――――


――――


一時間ほど経っただろうか?地面に倒れ天井を見上げた俺は右手を高く挙げる。


「なあ榊、この腕…どこまで覆われていくと思う?」


「あ?そんな事、俺が知るわけないだろ」


「ホテルに居たあいつ…真っ黒だったよな…」


「お前もいつかそうなるって?」

「はっ、そうなったらお前の眉間に弾丸をプレゼントしてやるよ」


「そいつは…御免だ」

俺は挙げた右手で顔の汗を拭い、上体起こす。


「そろそろミーティングの時間だ。行くぞ」


「ああ」


着替えを済ませミーティングルームに向かった。部屋には既に杠葉と空閑が待機していたが二人共が何故かテレビにくぎ付けな様子だった。俺は特に気にも留めず、ペットボトルの蓋を開けながら椅子にもたれ掛かり乾いた喉を潤す。


そして、榊が最後に部屋に入ってきた。


「どうした?二人して集中して、何かあったか?」


「あ、榊さん。これ見て下さい!銀行強盗の立て籠もり事件です」


「はぁ?銀行強盗って、今の時代に…」

榊がテレビを見てみる。テレビ局のアナウンサーがヘルメットを被り、銀行出入口前を映しながら一生懸命に現状の中継を行っている様子だった。


「どうせ頭のイカレタ素人だろ、そんなのいいからミーティングを始めようぜ」


「それがそうでもなさそうよ、犯人は銃を持ってる。それにこれは…東側のアサルトライフルのようだわ」

杠葉の言葉に榊が反応する。


「ほう。日本でそんな武器まで調達して、どうせコピー品だろうがえらく気合の入った強盗だな。だがな今はなんでもオンラインの時代だ、残念だが銀行に現金はそう多くは無い。武器を揃えるよりももう少し勉強してくるんだったな。それにプロならこんなあからさまに武装を見せはしない、さぁミーティングを始めようぜ。こんな奴ら警察の特殊部隊にかかれば一瞬さ」


「まぁ、そうよね」

その言葉を最後に全員が画面から視線を外した瞬間だった。ガシャーン!と大きな音がスピーカーから鳴る。皆が視線を戻す。銀行の出入口に突っ込んでいた車が急発進し警察車両にぶつかると運転席の男が突然拳銃を撃ち始めたのだ。


カメラマンが身を伏せたのだろうか、その映像を最後にカメラの画角は地面を映している。しかし数秒後、多くの人の悲鳴が遠くから聞こえてきた。すぐにカメラは銀行の出入口の方に向き直る。すると店内から人質だったお客だろうか?沢山の人間が悲鳴を上げながら辺りに逃げ出していた。


「なんだよこれ…」

俺はぽつりと呟き、他三人の方を見たが皆、この急展開にあっけにとられた様子だった。しかし榊だけが少し様子が変わりはじめる。目を大きく見開き、口が開く。


「こいつは、奴が何故…」


小声でつぶやく榊の視線の先はどうも逃げ惑う一般人を見ているようだった。


「どうした?」


「あいつだ、あの大柄の男…相棒だ…」


「相棒?」

俺は画面の端の方に、ひときわ大きな体格でスーツ姿の男を見た。男は周りの群衆とは違い辺りを見回し、そしてくるりと一人別方向に移動して行ったように見えたのだ。


「あいつが、戻って来てたのか…しかしあれは…」


「相棒って榊君が前に話してた海外からの生き残りの?」


「ああ、北村きたむら英成ひでなり俺とあいつだけが生き残った」


「・・・」

皆、言葉が出ない。


「見間違いって事はないわよね…?」


「あ、ああ。あいつの顔を見間違えるはずがない、たとえ一瞬だとしても。だが…しかしあいつは片足を失っていたはずだ…爆撃を受けてあいつの右足は…」

榊はひどく動揺した様子である。


「・・・」


「行方不明だった戦友が銀行強盗の現場に現れる…えっと、これは偶然…なわけないわよね…」

杠葉はばつが悪そうに話した。


「空閑、頼む。すぐに陸将に連絡をしたい」


「あ、はい。わかりました!」

空閑は急いでカバンからスマホを取り出した。


「何やってんだよ…あいつはよぉ…」


そう言葉を漏らしながら振り返る榊の背中は震えているようだった。


次回 【第四十八話 】





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Hero Incident -ヒーローインシデント- 病葉 @wakuraba123

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