最終話

 それから数日後。

 サトルは放課後のファーストフード店で一人頭を抱えていた。


 感じの良い高校生とはいえないだろう。


 テストで失敗したか、両親とケンカ中か。

 あるいは、彼女にフラれた青年に見えるはず。


 それほど窓ガラスに映るサトルの表情は沈みに沈んでいた。


 ローファーの足音が近づいてくる。

 コーヒーとチョコパイをトレーにのせたエリナだった。


「どうしたの、腐りかけの野菜みたいな顔して」

「君は本当にユニークな表現を好むよね」


 以前まで2人は単なるクラスメイトだった。

 今では恋人の関係になっている。


 ただし……。


 今すぐ周りに知られるのは嫌だ。

 エリナがそういったので、こうして放課後にコソコソ会っている。


 サトルもクラス内で冷やかされるのは勘弁だ。

 伏見さんのファーストキスを奪ったの?

 けっきょく、最後までやったの?

 下品な質問をされたら、そいつの顔面を殴るかもしれない。


 それに秘密めいた恋人も楽しい。

 2人だけの暗号に似ている。


 エリナと付き合うにあたり、2つほど条件をもらった。


 1つは恋人らしいことをすること。

 それって何なの? と訊いたら、帰りに道草することらしい。


 場所はバーガー屋だったり、ドーナツ屋だったり。

 回数も週1か週2だから、それほど痛い出費ではない。


 もう1つの条件。

 こっちは極悪だった。

 どのくらいハードかというと、サトル一人で二皇竜とバトルしろ、と命じられるくらい厳しい。


 伏見家にいるちびっ子軍団。

 時々でいいから、ゲームの相手をしてやってくれ、というお願いだった。


「私が恋人にしたい人の条件、うちの妹弟と遊んでくれる人なんだ。加瀬くんはゲームが上手だから、ぴったりの人材だと思うんだよね」

「あのね……上手いとか下手とか、そういう問題じゃないよ」


 小学生のゲームの相手は難しい。

 いや、ペチャンコに叩き潰すなら簡単だ。

 100回でも、1,000回でも、何なら泣くまでバトルできる。


 が……。

 ほどほどに負けてあげないと怒るのだ。

 しかも、小学生はそれなりの知性を備えているから、


『ワザと手を抜いたでしょ、いま!』


 というお叱りを受けてもダメ。


 この匙加減さじかげんが難しい。

 というか、ホトホト困っている。


 サトルも学習して、5回中4回負けるのがベスト、までは計算できた。

 むしろ問題なのは、必死にやってるぞ〜、という演技の方。


「これは伏見さんに苦言なのだけれども……」


 サトルは苦いコーヒーに口をつけた。

 それから甘ったるいチョコパイをかじる。


「俺が渾身こんしんの演技で負けたとき、君の弟たち、何ていうか知ってる?」

「どうなるの?」


 うわぁ〜、ザッコ!

 高校生のくせに、よっわ!

 泣いてお願いしたら、手加減してやるぜ〜!


「伏見さん風にいうとね、手加減してんのはこっちじゃ、ぼけぇ、あほぉ、年上なめるなぁ、て気分なんだよ」

「あっはっは、加瀬くん、本気で怒っている。大人気おとなげないなぁ〜」

「ゲームで手を抜くのは、ポリシーに反するんだよ」


 エリナは頬杖ほおづえをついて、何かを期待するような視線を向けてくる。


「でも、君ならステキな解決策を見つけちゃうんじゃないかな?」

「そうなるよう努力している。いや、祈っている」

「あっはっは、SATO先生も神頼みか〜」


 愉快そうに足をバタバタ。

 子育ての苦労をサトルも理解したことが、よっぽど嬉しいらしい。


「私に姉としての仕事がなかったら、テストの順位はもっと上だと思うんだ」

「だろうね。俺なんか抜き去って、クラスのTOP3に入るだろうね」

「優しいな、加瀬くんは。さらりと褒め言葉が出てくるから」

「いやいや、事実を口にしているだけだよ」


 エリナはチョコパイをかじって、あちち、と唇をなめた。


「熱いから気をつけて」

「遅いよ〜、もう〜」


 少しくらい意地悪しても許されるだろう。

 だって、恋人なのだから。


「それで? 私に話しておきたいことって?」

「今日の12時、新しいドラゴンが実装されてね」


 サトルは公式サイトの画像を見せた。


 冥王竜めいおうりゅう……ルシファー・ドラゴン

『いまだかつてない強さに震えろ!』とキャッチコピーが打たれている。


「うわぁ、強そう」

「間違いなく最強だろうね」

「今夜からクエストに挑むってこと?」

「とりあえず、何回か殺される。確率的に、ライダーさんの方が死ぬだろうから、あらかじめ共有」

「うわぁ〜、きつ〜」


 ジト目でにらまれる。

 悪いのはサトルじゃない。

 恨むなら開発チームを恨んでくれ。


「まあ、いいよ。最後に勝つのは私たちだから」

「伏見さんにしては素直だね」

「だってさ……」


 エリナは不服そうに頬っぺたを赤らめた。


「ど〜せ、SATO先生がズバッと攻略法を見つけてくれるんでしょ」

「そうだね。これは、とあるゲーマーが残した格言なのだけれども……すべてのゲームはクリアされるために存在する……らしいよ」

「なにそれ。そのとあるゲーマーって、加瀬くんとかいうオチ?」

「まったく。君の如才じょさいなさには驚かされるよ」

「ごめん、ごめん、自作自演だなんて」

「久しぶりに大恥かいた」


 特に反省していないらしく、エリナの笑い声が返ってくる。


「サトルくん?」

「どうしたの、急に?」

「加瀬くん? SATO先生? どの呼び方が嬉しいのかなって思ってね」

「何でもいいよ。伏見さんが納得する呼び方なら」

「うっ……その回答は……ちょっと卑怯だな」

「わかったよ、エリナ」

「その呼び方はダメ! まだ心の準備ができていない!」

「伏見さんの初心うぶっぽい反応、俺は好きだな」

「もう、お調子者なんだから」


 やれやれ。

 ハンターとしては一人前になっても、恋人としては半人前らしい。


 一歩ずつ一歩ずつ。

 たくさんのクエストを攻略してきたように。

 サトルとエリナの関係も完成されていくのだろう。




《〜完〜》




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中身がおっさんだと思っていたネトゲの相棒が、クラスにいる意中の女の子だった ゆで魂 @yudetama

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