第41話
「お〜い、加瀬、久しぶりにゲーセンいかね?」
「すまん、いま金欠なんだ。2週間後くらいに誘ってくれ」
「なら、しゃ〜ね〜な」
友人の誘いを断って、ふぅとため息をついた後、クラスの窓際後方を見つめた。
ちょうどエリナが席を立つところだった。
サトルの方を
実はこの朝、軽いハプニングがあった。
サトルがいつも通り登校してくると、エリナの姿がなかったのだ。
初めての異常事態だった。
エリナが登校しないまま5分が過ぎ、10分が過ぎ、とある可能性が浮上してきた。
風邪を引いてお休みするのではないか、と。
きっと偶然だろう。
昨夜のチャットとは無関係のはず。
そのことを頭では理解していても、
『SATOの中身が加瀬サトルであることにショックを受けて、エリナはダウンしてしまったのではないか?』
という仮説が胸の中でグルグルしていた。
失敗だったか。
打ち明けるべきじゃなかったか。
しかし、SATOの正体をひた隠しにしたまま、ゲーム内の相棒を続けられるほど、サトルは器用な性格をしていない。
好きだから。
知らないふりは辛い。
メロドラマの主人公みたいな
エリナは登校してきた。
始業のチャイムが鳴っている最中のことだった。
メロスみたいに顔を真っ赤にしており、全力でチャリを飛ばしてきたことは明らかだった。
担任の先生も、責めるようなことは何もいわずに、
「大丈夫ですか、伏見さん」
生徒のことを気づかった。
エリナは肩で息をしながら、
「平気……です」
そう返すのが精一杯だった。
地味っ子で通しているエリナが、あそこまで注目を集めたのは、当然ながら初めてのことである。
申し訳ないことをした、とサトルは心の中で謝った。
熟睡できなかったのだろう。
考えられる理由は1つしかない。
エリナの頭には寝ぐせが残っており、1回目の休み時間が終わるころには、きれいに直っていた。
そして放課後。
ゲーセンの誘いを断ったサトルは、エリナとの約束を果たすべく、夕日が注いでいる校舎裏へと向かった。
ジャリジャリ。
小石を踏みつけるたび、心臓が小さくジャンプして、脳みそに血液を送りまくる。
エリナが立っていた。
何もない空を見つめている。
2つの瞳がこっちを向いた。
表情ひとつ変えないまま、ゲーム内でするように、
「やっほ〜」
気の抜けたあいさつをしてくる。
「加瀬くん、それとも、SATOくんと呼んだ方がいいのかな」
「加瀬くんでいいよ。じゃないと、俺も、変態ライダーさんと呼びかける必要が出てくる」
「君って、意地悪なところがあるよね。それとも、私をからかっているの?」
「真実を口にする人間は、いつの時代も嫌われやすいらしい」
「ふふ、変なの。小学生みたい」
とうとう2人は出会った。
2年と数ヶ月の歳月を経て。
最初は別々の中学へ通っていたけれども、同じ高校に入って、クラスメイトになった。
運命だとは思わない。
遠くの地に生まれていても、リアル世界で対面したはず。
その予定が少し早まっただけ。
「さっそくで申し訳ないけれども、私を呼び出した用件は? まあ、何となく予想できるけどね」
まったく。
ムードとかを計算しないのか。
攻めるのが大好きなプレイスタイルにそっくりじゃないか。
「もし、伏見さんの予想と違ったら?」
「怒っちゃう。あるいは、泣いちゃう。私が遅刻しそうになった姿、見たでしょう。加瀬くん、笑っていなかった?」
「笑ってはいない。むしろ、焦っていた」
エリナは足元の小石をこつんと蹴飛ばす。
「そっか、ふ〜ん、そうなんだ」
なぜ彼女に惹かれるのか、サトルは理解できた気がした。
エリナは計算できないからだ。
次の一言が、次の表情が、次のリアクションが計算できない。
いつもサトルの予想を裏切ってくる。
良い方の意味だったり、悪い方の意味だったり。
移ろいやすい春の天気みたいに。
気まぐれ。
ポジティブ。
不思議ちゃん。
予測不可能。
大ざっぱ。
面倒見がよくて、優しくて、構ってあげると喜んで、まあまあ頑固で、ゲームに敗北したくらいで泣く。
サトルにない部分が、その一つ一つが、たまらなく愛おしい。
「あまり
「この世の誰よりも知っている」
サトルは右手を差し出して、用意してきた表情を浮かべる。
「好きです。俺と付き合ってください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます