第3話:ケツの穴に落ちて(後編)

―1―


 せっかく独房から抜け出せたのにまだ悩み事ならあとで考えろ。今はこの倉庫を吹き飛ばす準備をしなきゃ。現実で見たことが何度もある銃火器から箱や樽に入った火薬、魔法具であろうガラクタにしか見えない物と、あらゆる道具があべこべに保存されている倉庫に関心していた。保存に無関心なのかってくらいに整頓がされていない。

 倉庫に保管されている火薬や重火器、魔流石の置かれている所ごとに自分の手持ちの火の魔流石を何個かに纏めてくっつけるなり縄にくくるなり置くなりしていく。

 この縄は導火線の役割を果たしており、縄を伝う火がこの火の魔流石に着けば激しく燃焼してくれる。火の魔流石は火薬や爆薬と一緒に詰めることで爆発の作用を高めるのだ。ここでも武器庫にある火薬に火がつけばこの武器庫のフロアから火が燃え上がる。

 さぁ、あとは何分後に爆発させる?テンヤからは設置後は5分で爆発させろと言われていたな。悔しいがここは彼の言うとおりにしよう。いや、その2分の間にバレたらどうする?そんなもしもを想定するならもっと短くてもいい筈だ。どのみちアイツの言うことだ。真に受けるのも馬鹿らしい。

 身勝手な行動によって3分と20秒後に爆発するように縄を切り貰ったライターで火を付けた。あとは上手く行くよう自分の運に祈るだけ。


 「さぁ、テンヤと合流を……」


 「しても上手く行かないんじゃないかな」


 ああ、成功する可能性にだけ目を向けてたせいでこうやって見つかる瞬間自体を想定してなかった。


 「どこに行きたいんだ?なんてスッとボケる暇はないが。脱獄の知らせを聞いてビックリしたよ」


 『脱獄』?それだけなのか?武器庫はまだ見られていないということとも解釈出来るが、また上手く行く方向にだけ考えても仕方ない。まずはこの場をどんな傷を負っても生還出来るようにしなきゃ。


 「君の唯一の友人から聞いたよ、ここから抜け出し脱獄を図ろうとしたと。いやぁ予想外だ。てっきり諦めてたかと思ってたんだが」


 「……まぁ、忘れた頃にやるのが効果的だろ?俺も忘れていたくらいだし」


 爆発が起きれば混乱が起きてここに番兵が集まる。なのに義手を取りに行こうとしてただなんて。あとどれくらいで爆発だ?爆発が起きたら後退して逃げるべきか?それともやつに攻撃するべきか?

 こんな風に話し合ってたらもう吹き飛ぶ時間だ。

 選択肢がどうでもよくなる爆発音と衝撃によって条件反射のようにこの忌まわしいスキンヘッド男の銃の持ち手を殴る。その次は膝の筋肉を使って足裏で奴の腹を蹴る。いいぞ、倒れて頭を打つんだ。倒れてなくても倒れろ。さぁ逃げるぞ。

180度方向転換して目の前に見えたのはライフルを構えている元裏切り者だった。即座に伏せては走った勢いで滑る。仮に俺が避けられなくても撃ってただろうな。

 フルオートで乱射していたが―寧ろそのせいだ―命中したのは2発程度。普通の人間ならそれで十分だ。どうやら2発程度当たったくらいならよろめいてもすぐに立てる人間が目の前に実在していた。


 「あぁ、予想外だ。お前って間と腰が抜けていると思ったがなかなか根性あるな」


 「積年の恨みと年貢の納め時って言うらしいぜ、この状況をよ」


 テンヤが裏切ることは想定していなかったのは仕方ない。いつも媚びへつらうか部下を横暴に扱うしかしない奴に対してならなおさら。それに真っ向からライフルを撃ってくるだなんて夢にも思うまい。


 「いーや、こういうのは分不相応だ。お前らはな、俺にこき使われて勝手に死ぬのがお似合いだってのに」


 そう言うナオキはテンヤに向けて杖から雷光を俺もろとも巻き添えに放つ。幸い、俺は二人が対面してる最中に通路の角に隠れているのでぎりぎり当たらなかった。テンヤもそこへ即座に回避した。雷光は俺たちが隠れていてもまだ放たれている。


 「どうした、銃弾を放ってそれで満足か?!だろうな、三下にはそれで十分だろうよ。ちょっと行動起こしただけで満足する、それがお似合いだ」


 「ユウザ、付いてこい。攻撃が止んだら奴は逃げる。一気に追うぞ」


 避けてから目の前のことを傍観しているだけだった俺にようやく次の行動が来た。頷いた直後、二人で通路を駆ける。だが不明瞭に分かれ路を選んでは駆け抜けている。不安かつ不本意だが身を任せるしかない。


 「それで、どこに向かっているか分かるのか?」


 「あぁ、奴は非戦闘員が避難するルートに紛れるはず。それを想定してそいつらの避難を遅らせたんだ」



―2―


 クソっ!やっぱり片腕じゃ走るのに苦労する。そりゃ当然さ。走るっていうのは両腕を真っ直ぐ振って形に出来る。今の状態じゃ態勢が不安定なんだ。とくにこの大騒ぎで人が流れてきたり追われたりすればな。

 それにしてもこの施設の人的資源、いったいどこから掻き集めた?

 人的資源、テンヤがナオキを殺すために巻き添えにした兵士でもない労働者のことだ。ただ荷物を運び整備などをする雑用係とかの。テンヤの爆破によって、俺のやった爆破の二次災害から無関係な労働者の避難が遅れ、こいつの下克上の為に巻き添えになった。


 ナオキが逃げる人間の波に紛れたせいでにテンヤは彼らもろともグレネードランチャーで吹き飛ばした。なにも反応や反撃がない。やつの計画通りだ。俺とテンヤの爆破で避難経路を計算し、その流れに紛れたナオキを殺す。巻き添えは知ったこっちゃない。

 テンヤの仕掛けた爆薬などはこの施設のあらゆる場所に点在し、いまや通路は炎のトンネルと化している。つまり早く逃げなければ酸欠で死んでしまう。


 「それで、さっきのは何のつもりだ!無関係な人まで巻き添えにするつもりかよ!?」


 「無関係!はっ!この施設で働いてる時点で無関係もクソもあるかよ。ここを爆破して邪魔者を消すんだよ。そんで次は俺達の天下よ!」


 とうとう怒りを抑えきれず怒鳴り散らし彼を壁に叩きつける。ここで怒るのは人として間違いじゃないはず。

 俺達?また俺を使うつもりか?どこにも好感も誠意もクソもないのにまだ俺を傍に置くつもりか?こっちは我慢の限界がとうに来ている。そもそもここがどういうところなのか全然分からないうちに、訳の分からない義手と首輪を付けられて身体がアホみたいに改造されて未知の領域だった知識が突然理解できて、訳の分からない訓練をさせられては、失敗すれば肉体を痛めつけられてクソみたいなクソッタレな飯を食わされて牢に閉じこまれる。それの繰り返しなのにお前に従えって?



 「いいかげんに諦めようぜ、この商売は危険すぎる。もう身を以って思い知っただろ?」


 「いいか?俺達はチャンスを握ってるんだ!ここにあった銃火器の一部は俺が退避させたからな。新しい世界で成り上がるチャンスだぞ!?それをフイにしてまたゴミな生活を送りたいってか?」


 新しい生活だのチャンスだのもう今となってはどうでもいい。


 「人を傷つけるよか全然マシだね。俺らがゴミになる程度で人を傷つけずに済むならそれでいいさ」


 「別に世界を変えるわけじゃねえのに。っと、またアドバイスしてやろうか?他人なんざ見なくていいんだよ。そうすりゃ他人の命も気持ちも気にせず済むぜ」


 身体の動悸や呼吸が激しいせいでテンヤは息苦しい中でもまだ言いたいことがあった。彼は息継ぎしてから言葉を続けた。


 「自尊心とプライドがたっぷり詰まっているお前にこんな男らしく片方の選択捨てることなんざ無理か?お次はなんだ?道連れに俺をやるか?そうしたいんだろ?」


 そうさ、そうしたいさ。そんな怒りが爆発する前に駆けて辿り着いた場所には縦横共に人が2,3人は入れる人の手によって作られた大きさの穴。その穴を使うための装置が部屋を大きく占有している。直感で分かる、これはあってはいけない、誰かに使われればいずれあらゆる場所や人が巻き添えにされる

 そんな直感から動いたせいで身体の動きにスキが出やすかった奇襲をテンヤに仕掛けてしまった。

 以前からそういう機会があれば絶対やるだろうと察せられたかのように避けられる。


 「ほら、お前の義手だ。こいつを腕にハメて俺を潰すんだろ?やってみろよ。ほらよ」


 親切に俺の足元に訓練の最中毎度使っていた義手が放り投げられる。俺は馬鹿正直かつご丁寧にそれを拾う為に伏せて足をシャカシャカ動かして進み、腕を伸ばした。さっきまでナオキが持っていた杖で頬を殴られる。杖は炎による焼け跡と血で一部が汚れていた。

 テンヤに対してどこかデジャヴを思い出した。スキンヘッドの男でこの施設のリーダーであろうナオキだ。


 「……いいさ、お前のような三下なんざ片手で十分さ」


 余裕をコイてなおかつ舐めた口を聞いたのでいつもと同じように杖による電撃を帯びた打撃を身体に何発喰らった。立ちたかったが電撃が全身を回ってるのが耐えきれず膝がそのままみっともなく付く。直後に下から振り上げるように顎を殴る。


 「おい舐めるんじゃねえぞ。今度は殺すつもりで行くぞ」


 「やってみろよ、お猿の大将の猿真似しか出来ない野郎なんざにやられるもんか」


 そういう暴力に訴える手段しか知らないから浅はかなんだよ。お前もナオキとかいう禿げ頭も、そして俺自身も。だからここで道連れにしてでも止めないと酷いことになる。

 テンヤは取るに足りないはずの俺に見下されたという屈辱から怒りを込めて両手で杖を振るう。ムキになっているのか実は元から大したことないせいか、俺が初めて避けようとしたら難なく上手く行った。一旦離れよう。

 あのオークの医者に感謝だけど今どうしているんだ?ここまで身体を強くしてくれたから余裕で回避出来たのに。

 しかしそれで思い上がるのも束の間、奴はナオキに向けて撃ったグレネードランチャーを手に取っていた。離れているがそれでも肌を隠したいくらいに熱い爆発と耳を突く爆発音。


 ただでさえお前のおかげでこの施設に火事が起きているのにまだ火遊びしたいのかよ。ここまで犠牲を出して今度はどうしたいんだよ。

 怯えていながらも俺は出来る限り隠れるのと同時に自らの義手を探し出している。見つけること自体は容易だったが問題は気づかれずに手に入れること。


 「俺たちが力を持ってそれを売り出せばぁ!それで力ある奴に歯迎える奴が増えるんだ!俺のようにぃ!お前ならわかんだろ!?そいつらを助けたいって気持ちが!」


 「能ガキはよせよ!儲かってさらに人を傷つけたいだけだろ!」


 肯定するようにアイツは高らかに笑う。開き直るな。

 死の商人に成り下がってまで人の暴力を助けたいなんて死んでも思わない。いや、そもそも『傷つく人たちを作ること』に誘われた時点でこいつからは身を引くべきだったんだ。

この先まだしぶとく俺が生きていたら、たぶん自分のために人を傷つけることもあり得る。だがそれでも、こいつの様に邪な動機を持って人を傷つけるような、あるいはこんな人でなしには絶対になるものか。


「どうした!?威勢だけか?!ならこっちから行くぜ!!」


もう一度グレネードを撃ち放って俺をいぶりだそうと必死だ。しかしスキがさっきよりも出ている。とっさに走り出してまだ床にエサとして放置されていた義手を掴み取り、とっさに抱きかかえる。失ってはいけない、ここで生き残りテンヤを消すには絶対に必要だ。

抱きかかえた後に隠れることが出来る場所へ滑り込んだ杖による電撃を打たれて転ぶ。


アドレナリンのおかげか、痛みに耐えきれている。即座に義手を自分の左腕に取り付ける。左腕のなだらかに身体の坂を作れている肩関節に合体するおもちゃのように取り付ける仕組みだ。

訓練ではもう何度も自分でやっているから難なくスムーズに事が運ぶ。そんな想定は外れて重さと焦りによって正確に嵌まってくれず更に慌てふためく有様を晒してしまう。幸い、テンヤにはこの無様な姿を見られていない。


やけくそもあったが何度かはめようと試行錯誤―ガチャガチャ動かしてガムシャラに嵌まるよう祈っていた―したが駄目。なので一旦落ち着きもう一度試すとようやっと義手がハマってくれた。

未だに俺を誘き寄せようと挑発している怒鳴り声。誘いに乗ってやろうと隠れることをやめ、ここから反撃を始める。


「行くぞ!俺はここだ!」


ようやくの思いで付けた義手を隠すように斜め横を向きながらテンヤのもとへ大股の駆け足で向かう。

それに応えてテンヤは俺へ直接、杖で電撃を放ってきた。なんともない人間なら命中されて感電してノビる状況だが、義手で張れるバリアを俺が忘れるわけない。

放たれた電撃は俺を避けるように縦横に広がる。


「……!くそっ、畜生が!生意気なんだよてめぇは」


今までいい様に使ってきた弱虫が自分に歯向かってそれで強かったらそう言うものだろう。電撃が俺の周りに広がった巻き添えで設備が焼けては耐えきれずバチバチと中身が想定外の状況に対する悲鳴を上げる。

どうせこの設備も碌なことに使うわけじゃないんだろ。やつは懲りずにまだ電撃を放っている。ちょうどいい、これならここらのコンピューターを壊す手間が省ける。


やめておけ、と俺はテンヤに対して降伏するような言葉をかけたがそんなことをしたからと言ってこいつを生かして返すのは無駄だと思う。もはや言葉の意味がどこにもなかった。意味があるのならこいつの投げる罵言と雑言だ。


「もう全部壊すぞ。ここ諸共全部な」


「やめろ!この設備とポータルがどれだけ重要で貴重なのかわからないのか!もう俺たちの世界にもこの世界にも無いんだぞ!」


「……お前がもっとマトモで力の使い方が正しかったら聞く耳を持ってたかも」


それは俺も大概だ。だからこそ分からないものを壊すべきだ。テンヤに背を向けて片手だけで物を壊すがやはり手間がかかる。そんな愚かな俺を止めるためにまた杖で殴りかかってきたテンヤ。もう数発打撃を背中に喰らったが反撃のために振り返って俺がまぁ得意な衝撃波動を与える。


「いいか、これを壊せば俺たちは帰れない……今ならまだ間に合うかもしれねぇんだ……」


吹き飛んだ先が悪かったか頭を打って意識が朦朧とした声だった。帰れないと言うからには俺は異世界に居るということだ。

まぁ、そんなことはどうでもいいか。死んだも同然な人間に帰るだの帰れないはもう意味はない。例えこれが世界を揺るがすような技術だとしても俺には関係ないだろうし。

さぁ、死人らしく後に生きる人たちのためにこの訳のわからない設備や機械を壊すぞ。義手でのパンチや衝撃波動で、意識を失ったテンヤから奪った杖で機械を貫きながら自分はすでに死人であると意識しようとしている。


「俺に人生をやり直す権利ってあるのか?」



―3―


ドアを抜けてもまた狭い通路がつづいたが、進む方向に広がっている太陽の光を反射して作られている自然の光が見えた。ここはあの世へのトンネルなのか。

抜けた先に冷たく心地よい風が倒れ込んだ俺の身体を草が冷やしてくれた。待ってましたと言わんばかりの解放感と清涼感。目の前に広がっているのは草原、ちがう。確かに草原とも言えるくらい草が広がっているが少し目を遠くに運ぶと今度は山が広がっていた。

ここの周りの他の景色を見てみようと辺りを回ってみたが今度は景色ではなく夕焼けの上空を見上げた。太陽の下を飛ぶのは見たことないデカい鳥、いやわからない。そもそも翼を持っているだけでそれ以外は言葉でいい表せない。山の下にある村にはなにがあって何を食っているんだ。あそこの子供たちは何を囲んで歌っている?群れで走っているあの四足歩行の動物たちも見たことがない。そもそもそんな光景自体をこの目で見ることが初めてだ。

今までとは一切違う果て無い広き未知。それが広がっていたかもしれない世界の前で絶望感で自虐や破滅欲に溢れ、自らを閉塞させていたなんて最悪だ。これまでの最悪をいつも呪って生きてきた。これからも抱えるかもしれないがそんな恨み節なんかを抱えてでもやりたいことが出来たかもしれない。

もしかしたら、俺は導かれたのかもしれない。


「はは……権利?やり直す権利なんざ……クソ喰らえだ」



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異世界に飛んだらやり直しや贖罪のチャンスが現れてきた Forest4ta @mori_4chan

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