第2話:ケツの穴に落ちて(中編)

―1―


 「人間のメカニズムとはまったく恐ろしい。いや、素晴らしいな。こんな醜くくそれぞれ肌の色が違うという規則性の無駄があるのに魔力をここまでため込むことが出来る。我々オークにとっては羨ましい限りだ」


 「ほほはひーんでひょうが。ほいうかはんはのほうがひひふ(そこがいいんでしょうが。というかあんたの方が醜……)」


 みぞおちに肘てつを喰らって、叫びが自分の喉から出る。またかよ、拘束されながら暴力を受けるんなんて。まぁ、今度は目隠しが無いだけかなりマシかな。

 いや、撤回する。拘束されてベッドに寝かされている俺に対して上から覗き込むこの医者気取りの野郎。こいつの見た目が生理的に何もかも受け付けないし他にも見える物が恐怖を煽っていくし。

 それになんだあのチェーンソーやら手術器具は。それとどこかしらに穴を開けるリハーサルをしているように見えるけどこいつらいったいなんなんだ。オークってあのオーク?ファンタジーの?緑色の?それなら納得できるね。脳が追いついてくれていないけどさ。


 「まったく、なんとも野蛮な。人の見た目を馬鹿にして傷つける。まったく人間の醜さとはこういう差別意識にあるのだぞ?」


 「じゃあ俺たちも野蛮人だな、爺さん」


 その通りと返した後にたぶん声からして命の恩人であるスキンヘッドのタフガイが今までどこかでも見たことなかった色の肌と醜くゴツゴツとした肌 を持つ老人の隣に立つ。

 人は見た目でも第一印象で決まるわけでもない。本性は過去と考えで構成される。俺の場合は逃避からの斜に構えた達観に見せかけたダサい格好つけ。彼の場合は昔から人を傷つけおちょくり騙しては成功してきたんだろう。それ故に人を馬鹿に出来る余裕がある。

 今度は俺に向かって拝借したメスで腹を軽く突いた。そう、例えるなら犬の糞を無意味に突くそれだ。特に意味なんて無い。ただ遊びたいだけ。


 「初めてお前の目をくっきりと見たが、腰抜けの目だな。怖いのはわかるぜ。俺もこの世界に来たときはどうすればいいかわからなかった。でも、お前の場合はただ俺たちに怯えてるだけじゃねえか」


 猿ぐつわの役割を果たしていたタオルを外してくれたのはいいとして、今度は俺を見透かしたようなことを言ってくれて。これもおちょくりのひとつならなにか上手いことも返してやりたい。


 「別に怯えてなんかいない。ただ……ただあんたにムカついているんだ。なにもかもに」


 「お前まるで俺の後輩みたいだな。隣に突っ立っているそいつ。ほら、お前ら二人とも俺のこと殴りたいんだろ?殴れよ?」


 なら俺を拘束しているベッドから解放して一発殴らせろ。それを主張するにはただ睨むしかない。震えを隠すために歯を食いしばりながら目いっぱいガンを効かせたがなにかが変わるわけでもない。ただ笑いながら俺から背に向ける。


 「くぉ……怖いのか!!お、俺はいつかあんたを殴ってやる!」


 「おいやめとけ。あいつから殴られてないだけまだマシだぞ!」


 顔を抑えるように宥めてくるがこんなことの原因はそもそもこいつにある筈だ。俺に突け込んで一発当てて儲かるだなんて言いやがって。そもそもお前は俺と一緒に拘束されるべきなのになんでこいつの手伝いをしているんだ。

 そもそもテンヤの坊主頭がムカつく。今までなんとも思わなかったがここのリーダーらしきスキンヘッド野郎を見てから確信した。ただ猿真似してるだけだろ!そこがムカッ腹立つ。妄言だろって?知るか。

 ここからどう脱出するか、こいつらをどう倒すべきか。どう考えても今の状況では不可能だというのは色々考え抜いた末にようやっと理解した。


 「爺さん、そろそろやってくれ。テンヤ、ちゃんと手伝ってやれよ」


 裏切者にいつの間にか注射を刺されたが、今考えているのはその裏切り者にどう言葉を飛ばしてやるか。「糞野郎、お前のような奴は死んだ方が世のためだ」?それとも「ゴミ中の糞野郎め、いつかころしてやる」?前者のがいいな。早速声に出そうとしたが身体の感覚がなくなるどころかいつのまにか目の前が真っ暗闇と化していた。

 


―2―


 今度は何をやらされているんだ。戦争映画やアクション映画でしか見たことのない銃の取り扱いとそれを使う身体の動きをなんでこんなヤワな身体で出来ているんだ?

 なんか身体も今までに比べて軽く動けて尚且つ相手に対して威圧とダメージが来るよう重たく動けるし。もしかして別の人間の身体に乗り移ったのか。そうではない。前に訓練を終えて独房にぶち込まれてから顔を洗った時を思い出せ。鏡に見えたのは俺の顔だろ。

 銃を人間の等身大サイズの人形に対して撃ち込むと、追い打ちをかけるように大股で人形へ向かって駆けてナイフで切り刻む。直後左手から反津のは速度がある大きな物体を押し出すような物理的衝撃を持つ波動、それで人形は吹き飛んだ。


 あの手術では身体や頭をいじられたことで身体が強化されて―見た目としてはそんな変わっている気はしないがやっぱり逞しくはなっているな―頭に入れられた情報も多く、どこにでも速く自分の脚で駆けることが出来ては素早く身体を動かして身体を使った格闘や銃火器を使って攻撃出来たり避けることも出来るし、銃などの武器の取り扱いまで頭に入っている。

 それだけじゃない。オークの医者が喋るこれまで一切聞いたこと無い言語まで理解出来てしまっている。つまりここで生きていける手段を押し付けられた。

 要は外見が同じでも中身を総入れ替えされ別物になった車のようなそれだ。あるいは人の答えた解答用紙をモロに自分の方へ写しているみたい。だが人格は俺そのもの。いったい自分のアイデンティティはどうしたって考え込みたいけど、今はそんな暇はない。だが、うだうだ考えなくていいのかもしれない

 脳をいじられたというより付け加えられたと言うべきかも。首から差し込む形で首輪を付けられた。これのおかげで俺はこの世界の知識や戦闘の技術をカンニングできている。


 今度は隙が出来たように見える俺に向かって放たれた電気へ左手を盾のようにして防ごうとする。一直線に放たれた電撃は俺の目の前に来た時にはこの万能な左手の持ち主を避けては裂けるように上下左右へと広がった。

 この左手はさっきのような衝撃波動―あえてネーミング付けるならこうだ―や魔法に対しても発揮してくれるバリアを形成してくれる魔法の義手だ。魔法の義手ということは魔法を使えるかって?そう、この魔流石を握ればだ。

 炎を放ちたいので火の魔流石を握っていたが、結果としてそれどころか火の粉を飛ばす程度に終わった。もう5回は失敗している。

 その失敗を戒めるための氷の棘を含んだ鞭で叩かれたおかげで自分の意識がはっきりした。あぁ、これは夢ではない。悪夢の形をした現実なんだ。


 「なんべん言やぁわかんだよ!?なんで炎とか放つときにそんなしょっぺぇことになる!ちゃんと意識集中させろよや!!」


 「……っせぇなぁくそ」


 こんなことが続けば目の前の物事を無心にやるしかないし上手く行かないのも当然。しかし、俺が受ける罰には相応しい。人を傷つける源を私利私欲の為に売りつけようとした身勝手な自分、自分に殺されたい人を罪を背負いたくないために何もしなかった腰抜けな自分、親孝行が最近できてなかった間抜けな自分。他にもあるだろうけどこれだけでも十分だ。

 彼らと同じ手段で儲かろうとしたテンヤってもしかすると俺より悪行や無意識のうちにやらかした罪は少ないかもしれない。だからなにも仕打ちは受けていないし俺を傷つける権利もある。


 俺は独房に送られながらこの組織のリーダー、スキンヘッドの男のナオキはテンヤのゴマすりを面白がっている。テンヤのやつ、やれと言われたら靴も舐めそうな勢いだ。部下に対しては靴と小便を舐めろと言わんばかりの横暴さなのに。

 それも当然だ。テンヤのこの身勝手さはナオキから由来している。この二人は高校での先輩後輩の関係だったようだ。先輩であるナオキはテンヤを使い走りから八つ当たりの対象にしたり鉄砲玉として使い捨てにしたりと、人のことはどうでも考えてもいない。

 じゃあ何故そんな人間にテンヤは付いていく?恐らく奴らからのおこぼれの利益が美味しいんだろうな。そうじゃなければあんなに媚びへつらいもしないしずっと部下のままなんて考えないだろ。あるいはこの組織に大事な人間が居るか人質に捕られているか。

 なんにせよ目的がある時点でテンヤを羨ましく思う。大事な人間も目的が無くなってこんな尻穴めいた環境に居る俺にとっては。罪の意識と後悔の念と虚ろな今がこの独房に漂っている。


 鍵は開かないし解こうにも壁がちゃんと舗装されている通路とそれに釣合う電子ロックがあるとは。それに独房の中はなにもない。見える景色もテーブルもフォークも。周りを照らす照明も最低限。だというのに自分が狂っていないのが未だに信じられない。

 あの義手があったら使いたいさ。しかしここに閉じ込めているあいつらがわざわざ独房にまで義手を俺に付けさせてくれるほどそんなお人よしなわけがあるものか。

 なにもかもを盗られる。自由も力も日の光も。堕ちるというのはこういうことだ。今までどん底に落ちたことを思い知ったつもりだが、ここがどん底だ。そしてここよりも更に下があるんだろう。



―3―


 「よう調子どうだ?もう飯を全部食えたみたいだな」


 「ん、おかげさまで。次の訓練はどのようなことをするんだっけか」


 もう昔のこともちょっと前に裏切られたことなんて忘れた。今や痛みを与える看守とそれに耐え来るべき時のために備える囚人のような良好な主従関係を保てているしそれでいいじゃないか。そんな諦めの中で思いもしなかったことを口に出された。もう一度聞き返したが同じことを詳細に言われただけ。


 「いいか、俺たちがあのハゲに従う日常が形成できた今、歯向かって脱走するには今しかないんだ。道具の調達や準備は俺が行う。んで、お前が実行するのさ、ここをぶっ壊す」


 じゃあこれまでの堪え忍びや諦観はすべて茶番にしろというのか?俺がなにもかも諦めて痛みや苦しみに耐えてきたのはこのためだと?

 あぁ、胸の高鳴りが収まらない。こいつはやはり俺を道具としてしか見なしていない怒りからの高鳴りだ。こんなプランは伝えることは出来たはずなのにあえてしなかった。おそらく自然に振舞わせたかったんだろう。でも伝えてくれたらもっと堪えることも出来たし希望が見えて諦めもしなかった。


 「じゃあ、時期が来たらまた来るぜ。よく寝ろよ」


 何も謝罪も抜きにこのまま撤収か。いいご身分だこった。だがなんにせよ脱走は予期せぬチャンスだ。やっとこの暗闇から抜け出せる。だが、ここでは一つやらなければならないことがある。テンヤの言っていた通りここを破壊すること。ここには何もかも壊せる道具が詰まっている。つまりここに居る奴らは何かを何処かで壊すつもりなら、それを止めないと。

 たとえその中で死ぬことになってもそれで自分の今までを贖罪ができるなら尚更丁度いい。ユウミに頼まれても罪を背負いたくないから殺せなかった自分に、マトモに親孝行が出来なかった自分に、人を傷つける手伝いをした自分に決別出来るのなら。

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