異世界に飛んだらやり直しや贖罪のチャンスが現れてきた

Forest4ta

第1話:ケツの穴に落ちて(前編)

―1―


 俺は墓石の前で立つ。何を考えているかって?ミユウとの良かった思い出とあの子をむざむざ見殺しにしてしまったことをだ。

 ミユウは俺のガールフレンドだった。それまで空っぽに等しい俺の人生−とは言っても高校に入る前の子供の人生なんて大人と比べればなんてことのない大きさだな−を埋めてくれた恩人でもある。そして俺の記憶と人生にデカく埋まることない傷跡を残してくれて張本人。

 すでにお互い26回の誕生日を迎えたのに高校の頃に会って以来、俺達二人は変わらない部分が多すぎる。あの子は『俺の思い出の中で』見た目が変わらず俺の中での性格や好意は変わらないまま。対する俺は生活面での情けなさ、チャンスも人も知識もなかも逃してしまい挙句の果ては心を置いてきている人間だ。とても許されない成長の無さと情けない変化だ。

 だが、そんなのから少しは変われるチャンスが今日降ってきた。テンヤから聞かされた人生を大きく変えられるかもしれないチャンスであり人を傷つける手伝いのことだが、何を迷う必要があるかっていうとこれはミユウが死んでしまったことに関係している。魔法だ。

 比喩でもなんでもない。そのままの意味であり目にしたものだ。自分の初恋の相手が目の前の墓場にて眠っているのは魔法が原因の一つである。なにが魔法だ、人を一人救うどころか死なせる魔法の何処にみんな興味を惹かれるんだ。


 せっかくお互いに好きということがわかって楽しく過ごしている最中に彼女はこんなことを打ち明けた。「魔法を使える」と。それからまた数ヶ月過ぎて次はこんなことを聞かされた。「自分が死ななければ世界が滅んでしまう」と。なんでもあの子の中にある魔力が解放されてそれを制御できずになにもかも破壊してしまう。だからその前に殺してほしいと。

 最初は拒否をしたとも。そのころの自分の世界の7割を占めているあの子を殺したくもないしこんなアホみたいな世界は滅んでも仕方がないだろ。だが、愚かにこんなことまで考えてしまった。ミユウの頼みでも自分が背負いたくない殺人というで罪を着たくない。

 この期に及んであの子に嫌われたくないし口に出すわけにもいかないし口に出さず必死にこらえた。

 でもそんなことを考えた時点で俺は人間として既に地に落ちていたと思う。そしてなにも出来ず震えていた俺を後にしてあの子は、まぁそういうことだ。今はこれだけに収めたい。完全に振り返るなんて今でも無理だ。思い出しただけで死にたくなることも未だある。


 しかし、変な話だ。俺にトラウマを植え付けた魔法を今度は商売それも武器に利用して成り上がろうというわけだ。そう、そのために今日ケジメをつけるためにここに参った。そんな実感が無くても形だけでもとにかく。


 「今度こそ立ち直って見せるから」



―2―


 とは言ってかっこつけたが武器を売るだなんて結局犯罪だぞ。むしろもっと見損なわれるんじゃないのか?個人での武器売買なんてうまく行き出世するのは実話をもとにした映画の中でだけだ。

 俺はニコラス・ケイジにもアルパチーノにもなれないぞ。なにがPush it to the limit. だ。いや、違う。アルパチーノのあの映画は麻薬王の映画で『ある武器売買の実話映画』の主人公二人が好きな作品だ。ってそんな違いはどうでもいい。大事なのはそんな大物のように成り上がれる美味い展開があるかってぇの。


 今居るこの場所はある学校が移転したために廃墟となって校舎の形をした廃墟だ。ここはそのうち工事で解体されることになり、魔法を使う道具である『魔法具』のデモンストレーションのために派手に動いても問題ない。

 そんな都合よくだれも廃墟で誰か派手になにかしてると気づかないものなのかと思っていたが、人は自分に被害が回るような事に関しては案外興味を持たない。不審に思っても大きく炎が回った火事とかでない限りはなにか行動を起こしたりすることなどめったに無い。

 それを根拠に自らをユーモアとカリスマ性を持つプレゼンテーターのように大袈裟な身振り手振りで説明をしているテンヤに対しては、ごっこ遊びとしてああなっていなければ随分と痛々しい。見ている人間が俺だけで本当に良かったと思える。室内に響く声がテンヤの痛々しさを加速させる。

 この先についても正直不安しかない。なにせ俺は彼の右腕かつ二番手という立場にされる。この道具を売る時に奴の痛々しいプレゼンを見せられる度に横でただ羞恥に耐えるしかないのは苦痛だ。この部分に関しては覚悟しなければ。


 テンヤは滑っていると察したので早速これからのビジネスに関する説明を今度は彼なりに分かりやすく解説をしてくれた。主に商売相手はその辺のチンピラから始まり、コネを持ち次第すぐに暴力団へ供給したりと。その後は海外のコネを付け次第主にマフィアやテロリスト、外国の民兵にも売る次第だ。

 海外への輸出をするにも一目で武器には見えないし銃刀でもないから輸出はおそらく容易である。ハロウィンの仮装の道具なり劇団の小道具と言えば言い訳付くと。

 さらに、『魔法具』のバッテリー的役割である『魔流石』を既存の銃刀に仕組むことで戦闘での戦術に工夫を加え拡張が出来るのだ。その機能を売ることで銃刀を扱う組織に将来最大の買い手になってくれる可能性もある。どういう組織って?人を傷つけるのが日常な組織さ。


 「『魔法具』だの『魔流石』とかってなんだって?よくぞ聞いてくれた。俺達の身の回りには火や水、雷に風などといった生活に必要な源が満ち溢れているよな。そういったあらゆる属性の魔法を溜め込んだ石を『魔流石』って言うんだ。こいつに衝撃なりなんなりを与えれば周りに石が持つ属性に沿った魔法が放射される。しかし『魔法具』を使えばもっと簡単に使えて複雑な用途や強力な使い方が出来るのさ」


 「それを最大限に活かせるのが魔法具ってことか」


 その通りと言わんばかりにテンヤは持っている魔法具を裏返し魔流石を入れる窪みとカバーを見せた。

 炎を吹く杖、『魔流石』を組み込まれた事によって電撃を銃弾に包んで発砲するライフル、煙を焚く石といった現代の技術ではなにも珍しくも無いことをここにある物で今すぐやれるのだ。しようと思えば今すぐ町に出て暴力で渦巻かせる事だって出来る。

 改めて興味深くぶっ飛んだ世界だ。過去にこのような存在を目のあたりにしたことがあった自分でも信じきれない。『魔法具』に刻まれている文字を見るに、やはり俺たちが住んでいる世界―少なくとも俺が立っている地球―には存在しないものだ。つまりこれは異世界あるいは他の惑星の文明がある証拠になる。


 「それじゃあ、もう少し武器のデモンストレーションをしたいところだ。ユウザ、お前が持て。いいか、この取手を持ってだな」


 俺は指示通りに炎を放つ杖を持ちながらこの異世界の存在の証明を何処で手に入れたと聞く。


 「あっはぁ~、企業機密に触れるってことはだぁ?俺と一緒にやるんだな!!?」


 「14年来の付き合いだ、当然さ。で、何処から始めるんだ?」


 「それはもう少し待ってくれ。右腕になってくれたのに秘密にされりゃムッてくるのもわかるが、わかってくれ。もっと近いうちに話すべき時が来たらな。あー、そうだぞ。こう持ってんで引き金を引いて……ドウヮぉー!!!びびったぁーー!!!」



−3−


 「はぁー……ふぁっはははっは!久しぶりだなこういうトラブルもさ!」


 「まぁな、いつも責任の押し付け合いしながらトラブルをなんとかしようとしてよ。だいたいは今日のようにいつもお前が面倒を起こしてたけどな」


 気に食わない口調で「ああん?」と返事はしたが冗談めかしのニュアンスを加えてはいる。これが通じればいいが。そもそも昔だったらそんなことを気にすることもなかいけど、こうも日が経ってからこんな親しく話せればどのような人に対しても自分の話し方が意図通りに通じているか心配するさ。


 「それで、なんで俺でなきゃダメなんだ?」


 「あーだから……まぁ、弱いやつに力をあげたいんだよ。俺たちも無関係ってわけじゃなかったろ?そういうのに」


 「『人から傷つけられた人』が相手を傷つけることが出来るようにってことか?」


 身近な例で考えてみるとあまりに気がふれたことをしようとしていると、ようやく理解できた。こんなものを売れば人を傷つけることが容易になるケースが世の中で増える。

 戦争はルールがあるのでもしこんな訳の分からないものが流通してもどこかが規制してくれるかもしれない。しかしルールが実質皆無な個人間の争いでなら簡単に入手できるだろうし使えば間違いなく一方的に殺される人間が増える。それだけじゃ済まない問題もいずれ多々出てくるはず。

 

 「そりゃお前の考えてることも分かるさ。俺も道徳教育を受けてないわけじゃないしな。でもそんなことは置いといて舐められっぱなしの弱い奴をそのままにはしたくねえよ。まぁ、俺たちはただパシられたりイジられるだけで済んだが世の中そんなんじゃ済まない奴も居るんだ。そいつらを助けようぜって話。わかるな、世の中のニュースやメディア見てりゃ特に」


 道徳心を捨ててまでするべき事かよ。だが、理解してそういった人を助けたい気持ちもある。それは出来れば穏便な方法でという方向だ。テンヤの言ってるそれとは違う。しかし穏便な方法で解決できないこともあるし時には暴力も必要なのも現実。そんな考えも奴隷の様に使われる人間や俺のバイト先にいるお粗末長髪くんを見てれば過る。


 「そうか、じゃあアドバイスをしてやる。傷つく奴も何もしない弱い奴も無視すりゃいい。それ相応なことをしたんだし傷ついてる奴はそれでも何もしないしな。紛争とかで死んだり傷つく奴もそういう覚悟をしてんだ、俺たちのことを恨んだりしないって。それにいじめられっ子はようやく報復できるんだぜ?人助けも同然さ」


 二度と戻れなさそうな世界に踏み込む、今はボヤで収まったとはいえ人に死傷を与えるこの道具を誰か人を傷つけたい人間に売り渡すのだ。それなりでは済まない覚悟が必要だがそこまで『大きい覚悟』を決めるには膨大な時間と葛藤が必要となる。テンヤの言う助けというのも建前で実際は儲けることを欲で目的として動くだけだ。

 しかし、こいつの言う通り心が痛むことはスルーを決め込めばいい。『それなりな覚悟』をして『大きい覚悟』を今はスルーすればいい。今は震えてこれから先に対し恐怖と畏怖があるがそんなもの徐々に消えていくはず。いずれ人が傷つくことにも自分達の罪悪感にも順応できる筈。


 これが本心だったら良かったんだけど。今はなんであろうとこう考えるしかないんだ。人生をやり直したいし全て上手く行かせたいし過去なんて振り切りたい。なにより真っ直ぐ何事にも立ち向かえる力が欲しい。

 周りなんてどうでもいいだろ?俺は自分のやること受けること全部に対して薄暗い絶望を纏って投げやりだったじゃないか。それなら人が傷ついても構いやしないはずじゃないか。それでうまくいって成り上がったなら結果オーライさ。例えテンヤと同類になることがいやでも向かう先が同じなら、今葛藤しようが無駄でしかないだろ。

 本音と吐き気をこらえているがテンヤについていく返事を首を縦に振ることで答えた。


 「いいさ、とにかくやっていけばコツを掴めるし慣れていくさ。行き当たりばったりだが楽しもうぜ。あと俺にいい考えがあってよ……」


 こんな物騒かつ最悪な仕事に対して分不相応で浅はかな志を持って仕事をするのならいつかチンピラよりも最悪な人間たちに拉致されて痛めつけられることは因果応報とも言える。

そう、浅はかだったんだ、考えも覚悟も俺のなにもかもが。



−4−


 「なぁもういいだろ!!?なにもかも洗いざらい話したんだ!とっとと離してくれ、帰らせろよ!」


 脅されて情報を聞き出されている相方とは裏腹にハンカチを口に詰め込まれなにもしゃべれずモゴモゴと口の中で言葉がうごめいており呼吸は辛うじて程度にしかできない。加えて布で作られた袋で周りが見えないでいるし彼の言葉や叫び声で恐怖もさらに増している。それだけならまだなんとかなるが問題はもう何十発も拳を腹に叩き込まれ電流などを喰らわせられている。それも何時間も繰り返してテンヤと俺へ交互繰り返しに。

 こいつが誰かのために身を呈してかばうとは思えない。俺と同じく軽はずみに人を傷つける道具を売ろうとしたがなにより自分の身がかわいいやつだ。昔からの付き合いだしなによりもそういうところは変わってない。

 俺たちは彼らのナワバリを件の魔法具や魔流石を制約抜きで売り回っては荒らしてしまったということで突然拉致されて今こうしていたぶられている。そうだ、先駆者がいるはずなのになんでそんなこと想定出来てなかったんだ。


 「片割れに聞いても収穫なしだしな。そろそろどっちかを処分したほうがいいか」


 吹き出せない口の中のハンカチを吐き出すように叫びうめく。その言葉はいずれにせよ二人とも殺されるという意味にしか聞こえない。

 ならばもう最後に抵抗してやる。なにもせずに死ぬよりかは抵抗して犬死のほうがはるかにマシだ。でもどうやって?

 それにこんな本格的な体のぶつかり合いなんて何年ぶりだ?やれるのか?というか絶対こいつら銃を持っているよな。


 「わかった……本当のことだな。クッソ、仲間を売るような真似をしたくはなかったが……ユウザ、お前がそう言うのなら」


 今の空耳か?俺がこの状況を打破しようと思考を巡らせているので聞き取ったことを間違えたのか?


 「こいつから、俺の相方から誘われたんだ。最初はやばいからやめようって言ったが一獲千金のチャンスっていうからさ。金に困ってたんでその話に乗っちまって......だからこいつは全部知っているはずなんだよ!でも吐かなかった。こんな野郎なのに俺はこいつをけなげに庇ってたんだぜ!」


 コイツらが求める真実とは言ったがそうじゃねえよ!!

 布越しでは見えないはずの俺の顔―怒って真っ赤だ–を覗き込むように近づいてきた奴に対して足を蹴りこむ。ここまでは良かった。自分が吊り下げられている鎖を外すことはおろか両手を不自由にしている手錠すら外れない。と来ればあとはどうなるかは察しの通り。

 全身を殴られ電撃を与えられ数か所ナイフで切られれば、友人に裏切れられる悔し涙なんかより痛みへの反応による涙が優先される。情けない。


 「ぅぼぉー……ぉふふひにひへふべ.........(もう好きにしてくれ)」


 「そう言われてもなぁ、情報やこの変な道具の使い方を聞き出せなきゃ殺そうにもどうにもしたくないが」


 「よくないか別に。もう諦めてこの二人を始末するぞ」


 やっぱりそう来る。まぁ死んだも同然の人生だ。なにも悔いはない。無いけどやっぱり死ぬのは怖いよ。せめて痛みが伴わずポックリと逝ければいいが。

 知り合いを売った人間は足掻きをこめて悲鳴を上げて、こっちは諦観と悔い改めていた。最中に爆発音と叫び声、人が壁に吹き飛ばされぶつかった衝撃が聞こえた。助けが来るとは思っていなかった。人間関係は無に等しかったしこんな魔法といった狂ったなにかが関わる事件は警察が関わるとは思えなかった。せいぜい同業者同士の諍いだろう。

 だが俺たちを繋げていた鎖から放してくれて両手も自由にしてくれた。奇怪なことにハメられたハンカチとかぶせられた袋はそのままだった。見せたくないのか?何も誰も。


 「1分ってところだな」


 俺を捕えていた連中とはまた違う方向性の悪人らしい声だった。しかし彼の場合は手馴れている。まぁ悪人っぽくてもやっていることが善い事ってケースも多いし今は安心していいかも。とはいえ少し手荒すぎない?手っ取り早く済ませたいんだろうけどさ。


 「おまえらなんなんだ!?いきなり出てき」

 

 銃声が耳に響いた。この得体の知れないチンピラを相手に即座に躊躇も無く殺せるだなんてなんなんだこいつらは。

 だから俺は荷物とかじゃないんだよ。そうやって放り投げたり乱暴に押したりしないでくれ。だが、窮地からようやく抜けられる。この人たちにはどう感謝すればいいか、手段がいっぱい思いついてもどれもこの恩に対しては相応しくない。

 それに俺をいたぶっていた男達は殺されたのか?殺す必要がそこまであったのか?いや、今の状況でそんなことを考えていい立場じゃないし恩人に失礼をかましかねない。

 しかし、この命の恩人からすれば失礼だのなんだのは知ったことないのか乱暴に俺の身を抱えては乱雑に投げ込んだ。あぁ、どうにも投げられて吐き気がしてきた。しかしこれ、緊張からの解放や痛みとかじゃなさそうだ。どうにも、どこかへんな場所に落ちて徐々に吐き気が出てきたような感覚。

 当然そこから気を失い目覚めた頃にはどこかに仰向けに拘束されていた。目が覚めたとき時、ようやくわかった。ここはクソの源、ケツの穴に落ちたってことなんだな。


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