第22話 孤高と孤独

「行くのか」


 重みを感じさせる、落ち着いた声を背中に聞いた。リディアは長靴ちょうかの紐を強く結ぶ。


「……あんたには、感謝してる」


 本当のことを口にして、相手にその気持ちの程度を余すところなく理解してもらうことの、なんと難しいことか。リディアはゴドウィンのため息を聞きながら思った。


「何を……」

「あんたとフィッフスのおかげだ。あんたとフィッフスのおかげで、魔剣をひとつ、破壊することができた。だから、感謝をしている」


 リディアは立ち上がった。腰掛けていた安宿の、安物の椅子が、軋む音を立てた。その音に混じって感じたのは、ゴドウィンが息を飲む気配だった。

 リグ山岳砦での惨劇から数日後。リグ家領内に宿を取っていたゴドウィンと、リディアは再会した。

 ゴドウィンは、多くを語らなかった。あの惨劇の中で何を見たのかも、ミルダの死についても。ただ、次の戦地へ共に向かうか、と聞かれ、リディアはそれを否定した。 


「おれは『死神』だ。百魔剣を破壊し、封じて回る。そういう『死神』だ。そのための一歩目を踏み出すことが出来たのは、あんたのおかげだ」

「……お前、なにを……?」


 ゴドウィンが立ち上がる気配があったが、リディアは振り向くことなく、部屋の戸口に立った。


「フィッフスに伝えてくれ。おれは魔剣を追う。あの日の復讐を、必ず果たす。全ての魔剣をこの世から消し去ったとき、おれは……」

「アルバ」


 背にかけられたのは、本当の名だった。だが、リディアはそれには応えなかった。それは、復讐を背負った自分の名ではない。


「……リディアだ」

「どちらでもいい。ひとりで行くのか。全てをひとりで背負って」


 肩越しに半顔だけを向けた。ゴドウィンはそれ以上何も言わず、そしてリディアも何も言葉にしない時間があった。


「……もう誰も、魔剣に傷つく人を出さない。そのためにおれは、ひとりで行く」

「孤高と孤独は違うぞ、アルバ」


 ゴドウィンの言葉に、扉に掛けた手が止まった。だが、それも僅かな間だった。リディアは扉を押し開く。そこには宿の古びた板張りの床と壁があるはずで、その先には外からの陽の光が射し込む出入口があるはずだった。

 だが、リディアには、その光が見えなかった。床も壁も、紅く、どろどろとした何かに染め上げられていて、正面から射し込んでいる光もまた、紅い輝きだった。

 一瞬、臆したものの、リディアは歩を進めた。臆することはない。恐怖することはない。何よりもいま、自分自身が、この紅い輝きと同義なのだから。


〈了〉

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紅い死神ー百魔剣物語・外伝ー せてぃ @sethy

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