第4話 善行を始めよう!

「それじゃあ、今から困ってる奴を探していくぞ!」


 翌日、私たちは困っている人を探すため、街の広場にやってきていた。

 この広場は、アカシアで一番の賑わいを見せるメインスポット。たくさんの露店が立ち並び、老若男女問わず多くの人々が出入りしている。


 これだけの人数がいれば、困っている人も大勢いるだろう……というのがシドの考えだ。

 私はベンチに腰掛けながらシドに尋ねた。


「……それで、どうして私まで連れてこられたの? 昨日の口ぶりからして、一人で行くものだと思ってたんだけど」

「いや、俺も最初はそのつもりだったんだぜ? けど、冷静に考えたら俺一人で行っても、すぐに飽きて酒だけ飲んで帰ってくることになるだろうなって思って……。だからお前は、そうならないように見張っていてくれ」

「あなた、自分がどれだけ情けない発言してるか分かってる?」


 シドのダメ人間全開の台詞に、私は呆れながらツッコんだ。

 果たして、シドが考えた作戦が上手くいくのだろうか? ……正直、まともに事が進むとは思えない。


「という訳で、俺は困ってる事がないかみんなに聞いて回ってくる。なに、全知全能の神であるこの俺が直々に聞いてやるんだ、みんな喜んで相談してくるに違いねえ。お前はここで、適当にくつろいでくれてていいぜ。じゃあな!」


 そう言って、人込みの中に消えていったシドを、私は不安に思いながら見送った。




 ――それから、およそ一時間後。


「みんな……結構、不自由なく生きてるんだな」


 何の成果も得られずに私の元へ戻ってきたシドが、肩を落として呟いた。

 どうやら、都合よく困っている人と出会うのは簡単ではないらしい。

 まあ、この方法で上手くいくとは最初から考えていなかったけど……。


「やっぱ、やり方を変えてみた方がいいんじゃない? 見ず知らずの人に『困ってる事ないですか?』なんて聞いて回ったところで、まともに相談を持ち掛けられる事なんてないんじゃないかな」

「うう……本当はみんな困ってるはずなんだ。いや、困ってないと俺が困る」

「そうは言っても、このままじゃ時間が過ぎてくだけだよ。とりあえず、今日は大人しくニンジン畑に行こう? アルバイトだって、人手が足りなくて困ってる雇い主を助けるという意味では、善行に変わりないんだしさ」


 私がシドを慰めて、場を離れようとした、その時だった。




「失礼、こちらに困っている人を助けてくれる素敵な方々がいると聞いたのですが……あなた方のことでしょうか?」




 ぼんやりとした金色の瞳に、顔の横で雑にまとめられたエメラルド色のセミロングの髪。

 私たちの前に現れたのは、所々破れた灰色のロングコートを着込んだ、少し……いや、かなりみすぼらしい姿の少女だった。

 おそらく、十歳に届かない程度と思われる愛らしい顔立ちをした彼女は、私を下から覗き込んでいた。


「そうですけど……。えっと……あなたは?」

「わたしはヒスイといいます。あなた方の探し求めている、『困っている人』です」


 女の子はそう言って、誇らしげに胸を張った。

 いや、そんな自信満々に困っているアピールをされても……。


「そうかそうか、よく来てくれたな! で、俺たちに何を手伝ってもらいたいんだ?」


 ようやく現れた依頼人を見て興奮気味に尋ねるシドに、その子は依頼書と書かれた紙を差し出した。


「はい、実はわたし、ある出来事が原因で今はほとんどお金を持ってないのです。それで、お金を稼ぐためにモンスターの討伐依頼を受けたのですが、いざ討伐に向かったらわたし一人の実力では歯が立たず……。そこで、あなた方にはモンスターの討伐を手伝ってもらいたいのです。依頼の期日が明日に迫っていて、どうにか今日中に討伐を完了させたいのですが……構いませんか?」


 ヒスイは私たちを、上目遣いでじっと見つめてきた。


 討伐――要は人に危害を加えるモンスターの駆除。一般の生物相手に行う害獣駆除とは異なり、命を落とす可能性のある危険な作業。

 本来は兵士や傭兵をはじめ、腕に自信を持つ人が請け負う仕事のはずだけど……こんな小さな子が受けるとは珍しい。


「なるほど、それは確かにお困りだね。……ところで、あなた一人なの? ご両親は?」

「両親はいません。わたし、こう見えて家出中の身なので」

「へえー。まだこんなに小さいのに、結構ワイルドな人生を歩んでるんだね」

「そうです、立派でしょう? まあ、おかげで普段は川原に生えている自然のサラダバーで飢えをしのぐ生活を送っていますけどね。……おや? どうして頭を撫でてくるのですか?」


 哀れみから、無意識にヒスイの頭を撫でる私にシドが言った。


「ふむ……こいつなかなか面白い奴だな。よし、気に入った。トキ、こいつを手伝おう! 空腹の家出少女を救ったとなれば、善行ポイントも一気に貯まるはずだ!」


 ……どうやら、シドはヒスイのことが気に入ったらしい。

 シドの言葉に、表情を明るくしたヒスイが私たちに尋ねる。


「それでは、引き受けていただけるという事でよろしいですね?」

「シドがいいっていうなら、別に私は構わないけど。……ちなみに、討伐対象のモンスターっていうのは?」


「ああ、それでしたら、先ほどお渡しした、依頼書のほうに書かれているはずです。ここら一帯で最も作物を荒らすと恐れられているモンスター……その名も、マンモスボアと言います」

「あ、やべ。俺、急用を思い出したからやっぱ帰るわ」

「こら、手伝おうって言ったのはあなたでしょ? 何、逃げようとしてるの」


 討伐対象の名前を聞いた瞬間、逃げようとするシドの首根っこを掴む。


「無理なら無理で構いませんよ? そうすれば、わたしは再び自然のサラダバー生活に戻るだけですし。それで餓死して、数日後に変わり果てた姿で発見されたとしても、あなた方に一切の責任はないのですから……」


 わざとらしくそんな事を呟くヒスイに、シドが依頼書を乱暴に返す。


「分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば! ちくしょう、最初からあいつが討伐対象だって知ってたら引き受けなかったのに……。言っとくが、そんな頼み方ばっかしてたら、将来絶対ろくな大人になんねえからな! 調子乗んなよ、クソガキ!」

「ありがとうございます。これで、明日も生きられそうです」


 笑顔でシドに感謝を述べるヒスイに、私は手を差し出した。


「……まあ、話がまとまって良かったよ。私はトキ。こっちはシドだよ。よろしくね、ヒスイ」

「ええ、よろしくお願いします」


 ヒスイはぺこりと頭を下げ、私と握手を交わした。

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追放少女のおーばーたーん! 維摩 静火 @Kamome42

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