FLOWER TAIL

多賀 夢(元・みきてぃ)

FLOWER TAIL

 それは、誰が見ても愚かな決断だった。

 家財を売り払い、爵位も譲り、身一つ鞄一つとなった彼女が町を逝く。かつてこの町を統べた一族の悲しい末路に、或る者は顔を背け、或る者は好奇の眼差しを向けた。

 辻馬車の御者が彼女に問う。

「お嬢様、よろしいんですかい」

「よしてよ。私はもう平民よ、普通に接してちょうだいよ」

「難しい事を言わんといて下さい。さあ行きますよ、追手が来ると予定が狂っちまう」

「ごめんなさいね、わがままを言って」

 彼女はおんぼろの馬車に乗り込み、目深に汚れた帽子を被った。



 彼女――ロゼッタの家は、長く続いた伯爵家であった。戦いを好まず、民を愛し、大輪の花をあしらった紋章は、王家の紋章の横にひっそりと控えていた。長くこの地で指導者として存在し、土地は周辺も含め大いに栄えた。

 しかし戦争好きの新王が、爵位と土地の返還を命令した。国境との戦いに参加しなかったこの家を潰し、代わりに戦果を挙げた武人に下げ渡したのだ。


 更に一人娘ロゼッタは、武人との婚姻を命令された。それは武人の夫人になることで、王の公式愛妾になれという意味でもあった。花のかんばせと噂されたロゼッタは、王国の男たちの憧れだった。王の狙いはロゼッタだったのだ。

 長らく仕えた王家の横暴に、母は抗議の自害をした。父は王宮で王に短剣を向け、その場で斬り捨てられた。


 人々は残されたロゼッタに、憐れみと羨望を向けた。両親を失った箱入り娘の行く先は、王の狙い通り『愛妾』の道しか残されていないと思われたからだ。


 しかし。


 ロゼッタは両親の葬儀を簡単に済ませると、先ず王命通りに爵位を返した。そのうえで、王に一通の書簡を送ったのである。

『私は王の命を狙った男の娘であり、卑しい平民でございます。王のお側に仕える資格などは御座いません。幾百年に渡る王家のご寵愛に深く感謝し、我が身に相応しい生き方を選択する事に致します』

 そしてロゼッタは全ての使用人を解雇し、自らも屋敷を出てしまった。

 新王はまず狼狽え、周囲に意味を問い、理解ができた途端に激怒した。娘の元所領に使いを走らせ、娘を攫えと檄を飛ばした。

 その頃には、ロゼッタはとうに行方をくらました後だった。事の次第を好奇心で眺めていただけの町民は、ロゼッタを逃がした罪を言い渡され、虐殺された。



 国境近くで辻馬車を降りたロゼッタは、御者に多めのチップを渡した。

「ありがとう。上手く逃げてね」

「お嬢様こそ、その、お気をつけて」

「だから、もうただのロゼッタだってば」

 顔を泥と炭で汚しても、ロゼッタはやはり美しかった。花がほころぶような笑顔を見て、御者は思わず涙した。

「わしは情けないですだ。あんなに良くして下すった伯爵様方を、町の誰もが助けんかった」

 この辻馬車は、ロゼッタの先祖が周囲に呼びかけて作ったものだ。百年以上続いた事業であったが、それも今日で終わりだと御者は言った。運用のほとんどは、ロゼッタの家が担っていたのだから。昔の平民は、国の中を移動するのに何日もかけて歩いたという。ロゼッタの一族が消えたせいで、人々はその時代に戻ることになる。


「あなたも好きに生きるのよ。達者でね」

「お嬢様こそ」

 走り去る辻馬車が、轍に車輪を取られながら去っていく。この光景も、明日からはもう見られない。


(これで良かった、のよね)

 武人と結婚し、民を守る事も考えた。だけど、父が命をかけてまで守ってくれた私の自由、母が命をかけてまで抗議した私の操だ。どうせくれてやるのなら、私が選んだ相手にしたい。かりそめの一夜でもいいから、本気で惚れてくれた男に捧げたい。

(だからって、踊り子になるのは飛躍しすぎね)

 国境沿いの森に足を踏み入れて、ロゼッタは一人苦笑する。この先に、連絡を入れたキャラバン隊がいるはずだ。ロゼッタの一族が、長らく贔屓にしてきた旅の一座である。


 それからしばらくして、異国の地で『華の精』と呼ばれる踊り子が人気になった。王が彼女を召し抱えようとしたが、彼女は花を落としたバラの茎一本に、短い手紙を一つ添えて寄越しただけだった。

『心に花無き者の前には参りません』

 王は憤怒したが、踊り子に害が及ぶ事はなかった。この国にはもう、他国を攻める力が残っていなかった。王政の不味さを理由に挙げる人もいたが、それでは説明がつかないほど国力が落ちていた。


 人や物の行き来が止まり、貧しくなった人々はひっそりと囁いた。

 きっとこの国を見守っていた妖精が、去ってしまったのだろうと。

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FLOWER TAIL 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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