第90話 卑弥呼の本気

らぶりんの悲痛な叫びと共に自爆する光景を見ていた冥界眼は、

『グフフフ』と笑い声を漏らした後、

『グワッハッハッハッハッ!』と大きな高笑いを上げ空を仰いだ。


その高笑いはやがて小さな声へと変わっても、

肩は小刻みに揺らしながら未だ余韻に浸っていたのだった・・・。


卑弥呼はそんな様子を見せる冥界眼に怒りを露にすると、

ゆっくりと立ち上がり静かに一歩前へと踏み出しながら唸るように口を開いた。


「て、てめー・・・うちの子に・・・何してくれやがったんだ・・・あぁん?」


俯きその表情まではわからなかったが、

ミラーズは卑弥呼から漏れる怒りのオーラに、

『ヒミぞう・・・あんた・・・』と声を漏らし背中に悪寒が走った。


そんな卑弥呼の存在に気付いた冥界眼は下卑た笑みを浮かべながら視線を向けると、

再び『ニヤ~』っと歓喜に満ちた笑みを浮かべた。


「・・・てめー、そんなに楽しいか?」


「・・・・・?」


「弱者を葬って・・・得意げか?」


「・・・グギャ?」


ゆっくりとジワジワと歩む卑弥呼の声に、

冥界眼は意味がわからずただ・・・小首を傾げた。


そしてふと、卑弥呼はその歩みを止めると顔を上げ、

決意を持った目で冥界眼を睨んだ後、少し眼力を弱めながら言葉を発した。


「すまないね~・・・ユウナギよ。

 うちの子が殺られちまった借りは・・・創造主として・・・返さなくちゃ~な。

 だからユウナギよ・・・。

 貴様を助ける事は出来ないが悪く思うなよ?」


卑弥呼のその視線は眼前に立つ冥界眼でなく、

その内側へと向けられそう言ったのだった。


そして次の瞬間・・・。


卑弥呼は懐に手を入れると、その中から1粒の小さな『赤い丸薬』を取り出し、

目の前でその小さな『赤い丸薬』を見つめると、

その視線を冥界眼へと向けこう言った・・・。


「いくらこの空間が私と相性悪くってもさ、

 もうそんな事言ってられないね~・・・。

 クックックッ・・・今から見せてやるよ・・・

 卑弥呼様の本気ってヤツをさ」


「グギッ!?」


怪訝な表情を浮かべる冥界眼を他所に、

卑弥呼の手に在るその小さな『赤い丸薬』に目を奪われたミラーズは、

目を細めながら声が漏れ出た・・・。


「そ、その『赤い丸薬』って・・・まさか・・・」


その丸薬が何かを察したミラーズは慌てながら、

傷付きボロボロになった身体を立ち上がらせ動かそうとしたが、

ダメージが大き過ぎるが故、力無く崩れ落ちるように前のめりに倒れた。


「うぐっ・・・ヒ、ヒミぞう・・・

 そ、その丸薬は・・・」


『ミラーズ様っ!?』


前のめりに倒れるミラーズを心配する声を挙げたライトニングとチャダ子だったが、

倒れたミラーズはその声を掻き消すかのように力一杯声を張り上げた。


「ヒミぞうーっ!ソレはダメーっ!」


そんな悲痛とも言えるミラーズの声に卑弥呼は視線を向け、

優しい眼差しへと変えながら笑みを浮かべこう言った・・・。


「ミラ子・・・。

 こんなクズでゲスな私でもさ~・・・

 譲れないモノってもんがあんのさ・・・だからさ・・・」


卑弥呼は再び眼前に居る冥界眼に鋭い眼差しを向けると、

その小さな『赤い丸薬』を口の中に入れ、『ゴリッ!』と嚙み砕き飲み込んだ。


するとそれを見ていたミラーズが、

ボロボロになった身体を引きずるように這いずりながら、

『や、止めなさいっ!ヒミぞうぉぉぉっ!』と再び悲痛な声を張り上げた。


声を張り上げたミラーズを無視した卑弥呼は構わずソレを飲み込むと、

『うぐっ』と言う苦し気な呻き声と共に卑弥呼の瞳の色が赤く染まり、

 その瞳は『鬼眼』化した。


そして『バシュッ!』と激しい音を立てながら、

その身体から『赤い鬼の気』を噴出させたのだった・・・。


「や、やめなさいっ!卑弥呼っ!?

 貴女の身体に途轍もない負担がっ!」


そう叫ぶミラーズに一瞬視線を向けた卑弥呼は眼前に居る冥界眼を睨み、

拳を震わせながら口を開いた。


「・・・ガタガタ言うんじゃないよっ!

 あんたには悪いがミラーズ・・・。

 坊やの事は綺麗さっぱり諦めなっ!」


「っ!? 」


「こいつはやっちゃ~いけねー事をした・・・

 私はこいつをぶっ殺さねーと、どうにも気が収まらないんだよ。

 すまないとは・・・思っている・・・が・・・

 これは以上もう私自身が抑えられねー・・・。

 フッ・・・暇潰しに適当に創っただけのモノ・・・だったんだけどね~?

 クックックッ・・・どうやらこんな私にも・・・

 あいつに対して少しは『情』というモノがあったらしいわ。

 やかましいだけのただのモノが・・・さ」


そう言った卑弥呼の目は一瞬悲し気な瞳をするも、

次の瞬間『うおぉぉぉぉっ!』と雄叫びを挙げ、

数度の印を結びながら冥界眼へと突進した。


『鬼丸・鬼神の法っ!』(きがん・きじんのほう)


そう声を発した卑弥呼の身体から再び『バシュッ!』と『赤い鬼の気』を放出させ、

眼前で構える冥界眼へと駆け出しながら右拳を脇で引き絞り、

『ザザァァーッ!』と地面を滑り土煙りを上げながら冥界眼の懐に滑り込んだ。


そして卑弥呼の引き絞られた右拳が解き放たれた瞬間、

『ニヤ~』と笑みを浮かべ、濃度の濃い冥界の神力を放出させながら、

冥界眼は地面を滑るように身体を捻り、放たれた卑弥呼の右拳をスルリと躱した。


「グギャグキャギャギャッ!」


「チッ!避けてんじゃねーよっ!」


『ブォンッ!』


そう声を挙げながら再び『印』を結び、

その身体からは再び『鬼の気』が噴き上げ上段に右回し蹴りを放つと、

冥界眼は険しい表情を浮かべながら両腕でブロックした。


『ゴキンッ!ブシャァァァッ!』


『ギャァァァァッ!』


『鬼の気』を纏った卑弥呼の放った蹴りを両腕で塞ぐも、

その凄まじい威力に両腕は弾かれ、

それと同時に肘の辺りから鮮血を撒き散らしながら両腕が千切れ飛んだ。


「グギャァァァァっ!」


地面を転がりその痛みに藻掻きながら、

冥界眼は転げ回り気付けば地面は血溜まりが出来ていた。


冥界眼の藻掻き苦しむ姿を見下ろしながら、

汚いモノでも見るように卑弥呼は鋭い視線を向けながら口を開いた。


「・・・どうせ回復すんだろ?

 うるせーからとっとと回復して黙りなっ!」


卑弥呼の一喝に冥界眼は喚き叫ぶのを止めずただ・・・。

地面で藻掻き暴れ回っていた。



そんな様子を固唾呑んで見守っていたミラーズにふと念話が入り、

その声に視線をそちらへと向けた。


{・・・ミ、ミラーズ様。

 た、大変ご無沙汰しております。

 ライトニングで御座います}


{・・・ライトニング?

 ライトニングって・・・『冥界の破壊者』の?}


{は、はい・・・左様で御座います。

 こんな無様な格好で挨拶するのも羞恥の極みで御座いますが・・・}


突然のライトニングからの念話に驚きながらもミラーズは再び視線を戻すが、

ライトニングはそれに構わず念話を続けた・・・。


{・・・ミラーズ様、こんな時に何ですが、

 あの方が飲まれた『赤い丸薬』とは一体?}


ライトニングの質問に少しの間沈黙を守っていたが、

『そうね・・・』と呟くと、

身体に『赤い鬼の気』を纏う卑弥呼を見つめながら念話を返した。


{あの丸薬はヒミぞうが創り出した『薬』で、

 一定時間の間、『鬼神』(きじん)と同等の力を引き出す『丸薬』なのよ}


{・・・き、鬼神と同等のっ!?}


{えぇ・・・}


『鬼神』と同等・・・。

そう聞いたライトニングの目は余りの驚きに見開かれ、

こめかみ辺りを『ツー』っと冷たい汗が流れ落ちた・・・。


(き、鬼神と言えば『鬼神界』の中でも『2本角』である事が最低条件であり、

 その力は計り知れぬと言われる・・・。

 そ、それをたかが『薬』如きでその力を得る事など・・・)


余りの驚きにそう考えていると一瞬・・・。

ミラーズの視線がライトニングに向けられこう言った。


{・・・『破壊者』とあろう者が一体何を驚いているの?}


{し、しかしながら・・・たかが『薬』如きで・・・}


再び同じ言葉を口にしたライトニングに、

ミラーズの口角が少し上あげながら言葉を続けた。


{・・・如きって破壊者よ。

 あそこに居るのは、あ・の・・・『卑弥呼』なのよ?

 そんな事くらい出来て当たり前でしょ?}


そんなミラーズの言葉に再び双眼を見開いたライトニングは、

藻掻き苦しむ冥界眼を冷たく見下ろす卑弥呼へと向けた。


{あ、あれ・・・が・・・ひ、卑弥呼・・・殿っ!?

 先程からまさかとは思っておりましたが・・・}


信じられない・・・とも言わんばかりに今日何度目かの驚きの声を挙げると、

『フッ』と笑ったミラーズが何かを思い出しながら口を開いた。


{あぁ~・・・貴方・・・。

 その反応からして、今のヒミぞうに会うのは初めてなのね?}


{は、はい・・・}


余りにもイメージが違ったのだろう。

ライトニングはミラーズ卑弥呼を何度も見ながら、

過去に出会った時の事を思い出していた・・・。


(以前は身体にタトゥーなどなく、

 身なりもきちんとされ、まさに『巫女』と言った感じの御方でしたし、

 それに当時は俗に言う『巫女衣装』で・・・)


当時を思い浮かべながら今現在を見比べそのギャップ眉間に皺を寄せる中、

突然ミラーズから『丸薬』について補足があった・・・。


{あの『丸薬』の効果は一見凄まじくは見えるけど、

 でも未だ『未完成』のまま・・・なのよ}


{未完成?}


{えぇ・・・。

 あの『丸薬』の効果は一定時間しか続かない上、

 その時間でさえも一定じゃないの}


{・・・ゆ、故に・・・未完成と?}


{えぇ・・・。

 でもリスクはそれだけじゃないわ。

 余りにも『薬』の効果が不安定で、

 力を発動させるのにいちいち『印』を結び直さなければならないの・・・。

 見て分かるでしょ?

 『印』を結び直さないと『鬼の気』の力を使えないのよ}


{・・・そ、それが・・・リスクと・・・}



{えぇ・・・。だけど『未完成』と言う理由はソレじゃないのよ。

 あの『薬』の効果が切れた瞬間、身体の全機能の80%が機能停止し、

 立ち上がる事すらままならなくなり、

 身体の全ての色素が抜け落ち『白く』なってしまうの。

 まさに、燃え尽きた状態となるのよ}


{・・・っ!?}


『丸薬』の効果の凄まじさに驚きが隠せず、

ただ固まってしまったライトニングにミラーズは呟くように更に言葉を重ねた。


{もし・・・これで倒せなかったら・・・}


そう言葉を発したミラーズはその後、

念話を続けずただ戦いの様子を見守るのだった・・・。



「・・・おい、クソ目玉野郎っ!

 いつまでそうやってガキみたいに喚いてんだ?」


顔を盛大に引き攣らせながらそう声を挙げた卑弥呼は、

苛立ちを隠す事もせず睨みつけていた。


そして『スゥ~』と深く息を吸うと、

『オラァァァッ!』と怒声を発しながら大きく右足を振り上げつつ『印』結び、

『バシュッ!』と『赤い鬼の気』を噴出させなが藻掻き回る冥界眼に蹴り飛ばした。


『グシャッ!』


何か硬いモノが潰れたような音を発しながら、

蹴り飛ばされた冥界眼はピンポン玉のように吹き飛ぶと、

卑弥呼は『おっしゃぁぁぁっ!行くよぉぉぉっ!』と声を発しながら駆け出した。


『ヒュンッ!』と風切り音が見守る者達の耳に届く頃、

一瞬にして卑弥呼は蹴り飛ばされた冥界眼を追い越すと再び態勢を整え蹴り飛ばし、

その攻撃が数度続いた・・・。


そして上空へと蹴り上げられた冥界眼はまるで枯葉のように舞うと、

待ち構えていた卑弥呼は『くたばれっ!目玉野郎っ!』と、

怒声を発しながら地面に向かって蹴りを撃ち降ろした・・・。


『ヒュンッ!ドシャーンッ!』


蹴り落とされた冥界眼の周りは数メートルのクレーターを作り、

大量の土砂が降り注ぐ中、卑弥呼はゆっくりと着地した・・・。


皆が一瞬『やったかっ!?』と思う中、

地面に着地した卑弥呼だけは浮かない顏をしていた・・・。


そしてクレーターから数メートル離れ着地した卑弥呼は、

ゆっくりと歩みながら考えていた・・・。


(・・・おかしい。

 いくら私が本気を出したと言え、余りにも手応えが無さ過ぎる・・・)


きつく眉間に皺を寄せながら卑弥呼はその足を止め、

クレーターの中心に居る冥界眼へと手をかざすと『チッ!』と、

悔し気に舌打ちをした。


そして『サーチ』と言いながら辺りの気配を探った卑弥呼は、

一度拳を硬く握り締め、開くと同時にその手の中に、

『キュイン』と高周波を発する『赤い光球』を作り出した。


「てめーっ!ふざけた事してんじゃねーよっ!」


怒りに満ちた表情を浮かべ、

そう怒声を発した卑弥呼はくるりと身体を回転させながら『赤い光球』を放った。


『シュインッ!』


まるで斬撃音のような音を奏でながら『赤い光球』が『ザシュッ!』と命中すると、

再び地面の中からニヤついた表情を浮かべる冥界眼がその姿を現した。


「チッ!てめー・・・。

 何のモーションもなく、地面の中に姿を隠せるってのかい?

 そして私が蹴り落としたヤツは・・・」


そう言いながら卑弥呼の視線はクレーターの中に居るモノへと向けられると、

ソレはただの土人形と化していた・・・。


「チッ!・・・ただの木偶人形とはね」


「グキャギャギャギャ・・・」


「・・・ったく、面倒臭い技・・・持ってんだな~?

 ウザいったらありゃしないね~。

 それにそのバカみたいな神力量は一体なんだってんだい?」


そう言いながら卑弥呼は奥歯を『ギチッ!』と強く噛むと、

再び『スゥ~』と軽く息を吸いながら半身になり、

左手で何かの『印』を結んだ。


すると卑弥呼の身体から『バシュッ!』と『鬼の気』を噴出させながら、

静かに構えを取ると『・・・舐めんじゃねーよっ!』と鋭い眼光で睨み付けた。


『グギャギャギャ・・・・』


そう笑った冥界眼だったがその纏う雰囲気が依然と違うように思え、

卑弥呼は敏感に反応し、冥界眼を注意深く凝視した・・・。


(・・・何だ?この違和感は?)


そう感じながらも駆け出しながら集中力を切らさず攻撃を放ち、

其の行動に意識を向けていた。


そして何度目かの攻撃を放った時だった・・・。


スルリと躱していたはずの冥界眼の頬がわずかに切れ血が滲んだ。


(・・・こいつまさか?)


冷静さを取り戻し観察していくと卑弥呼は何かに気付き、

一言『ほぉ~』と口角を上げた。


そして再び『片手印』を結んだ卑弥呼は、

『バシュッ!』と鬼の気を噴出させながら攻撃を続け、

そのタイミングを待っていたのだった・・・。


そして卑弥呼の眼光が鈍く光った瞬間だった・・・。


『ここだっ!』とその右拳に赤い鬼の気を凝縮させると、

その拳は見事冥界眼の腹に決まり身体が九の字に折れ曲がった。


「グッ・・・グギャッ・・・グギャッ・・・」


九の字に折れ曲がったままヨロヨロと前へと数歩歩きヨロめくと、

冥界眼は前のめりに倒れた・・・。


蹲るように倒れた冥界眼の背中を見ながら、

卑弥呼は口を開いた。


「・・・私もヤキが回ったっちまったね~。

 無意識に手加減しちまった・・・。」


『チッ!』と舌打ちしながら追い打ちとばかりに『ドカッ!』と蹴り飛ばすと、

冥界眼は地面を転がって行ったのだった・・・。



そして『フンッ!』と鼻息荒くした卑弥呼は歩み始めると、

『カクン』と突然膝が折れヨロめいた。


「ギ、ギリギリだったわね・・・」


そう苦笑しながらミラーズの元へと歩み向かっていると、

後方で未だ蹲るチャダ子から声が挙がった・・・。


『ま、まだですっ!』


その声に振り向いた卑弥呼はたじろぎ、一瞬身体を硬直させた・・・。


「ヤ、ヤバッ!」


そう驚きの声を挙げた瞬間・・・。


『ゴキッ!』と卑弥呼の右脇腹に衝撃が走り、

『バキバキバキッ!』とあばら骨が粉砕するのを感じ顏を顰めた。


そして『ヒューン』と飛ばされた卑弥呼はその痛みに悶絶する中、

ふと背後に迫る何かを感じ、飛ばされながらも呟いた・・・。


「た、試してみる・・・か・・・」


右腕に鬼の気を凝縮させた卑弥呼はそのまま飛ばされ、

『ドカーン』と爆発音にも似た音を発しながら瓦礫の山に突き刺さったのだった。


『卑弥呼ぉぉぉぉっ!』


この亜空間の地にミラーズの悲痛な絶叫が木霊した・・・。

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やる気のない暗殺者は、元・勇者 緋色火花 @hiiro8624

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