第89話 命に代えてもっ!
全身から真っ赤な鬼の気を噴き出す卑弥呼の姿に、
らぶりんき驚愕していたが、
その姿を知るミラーズはまだダメージが残る腹部を押さえながらも上機嫌だった。
だが一瞬にして表情を一変させたミラーズは続けて口を開いて行った。
「とは言っても・・・。
此処はヒミぞうとは最悪な程・・・相性が悪い亜空間・・・。
通常であれば体力の続く限り『鬼の力』は使えるのだけれどね」
そう哀し気な視線で卑弥呼を見るミラーズがそう言うと、
らぶりんは『大き過ぎる力ですからね』とそう返答した。
そして卑弥呼と冥界眼は・・・。
『うおぉぉぉぉっ!』と気合いを放ちながら鬼の気を噴出させ、
たじろぐ冥界眼に鋭い視線を向けた。
「・・・私が『一番得意とする術』だ。
だからお前に勝ち目はない」
口角を上げながらそう言った卑弥呼に冥界眼は汗を落とし、
悔しさを見せていた・・・。
『グギギギギ…』
悔しそうに歯を食い縛りながら怒りを露にすると、
卑弥呼は息を吐くように『行くよ』と言った。
『ドガッ!』と地面を踏み抜きながらも突進する卑弥呼に、
慌てた冥界眼は防御が遅れた。
『バギッ!』とその音から強打とわかる打撃音を響かせ、
冥界眼は吹っ飛んで行ったが、卑弥呼の追撃は終わらない・・・。
『ドカッ!バキッ!バシッ!メキッ!』
そんな打撃音が響く度に冥界眼の身体は宙を飛び続けた。
そして『おらぁぁぁっ!』と一際声を響かせると、
渾身の右回し蹴りが冥界眼の腹に炸裂し、
卑弥呼の足首がその腹にめり込むと『バキンッ!』と一際高い音を響かせながら、
冥界眼の背骨を粉々に砕き吹き飛ばした。
『シュッ!』と風切り音を響かせ飛んで行くと、
やがて『ドゴーンッ!』と凄まじい衝突音が響き渡り大地を揺らした。
その様子に口角を上げながら『フンッ!』と鼻息荒く睨みつけ、
瓦礫の中に埋もれる冥界眼に声を挙げた。
「・・・どうせ、アレだろ~?
すぐに修復すんだろ?
そんな演技なんていいからさ~・・・とっとと起き上がれってんだっ!」
これまでの戦いから冥界眼の底が知れない事に卑弥呼は予断を許さず、
この後の展開を考えていったのだった・・・。
(・・・このくらいでくたばるとは思っちゃいないが、
いつまでもこうしてダラダラとしてるのもね~?
それにいくらヤツの天敵が鬼の気だからと言って、
何度も復活されちゃ~流石に私もね~?
さて・・・どうすれば・・・)
卑弥呼が眉間に皺を寄せながら苦悩していた時だった・・・。
ふと横目で木にもたれかかっているミラーズを見た時、
『あぁぁぁぁっ!』と何かを思い出し突然大声を発した。
そんな大声を出す卑弥呼に何事かとミラーズと視線が合うと、
一目散に卑弥呼はミラーズ達の元に駆け出したのだった。
そして土煙りを撒き散らしながら辿り着くと、
『ゴホッ!ゴホッ!』と咳き込むミラーズに大声を発した。
「ミラ子っ!?
お前に預けた『例の薬』はどうしたっ!?」
キョトンとするミラーズに卑弥呼は容赦なく声を荒げる。
「だーかーらぁぁぁぁっ!
私があの坊やの為に創った『例の薬』だよっ!
アレはどうしたんだって聞いてんだろうがっ!」
その怒声にミラーズは『あっ!?』と声を挙げながら、
マジックボックスを開くと中から専用のホルダーに収められた、
卑弥呼の言う試験管型の注射器に入った『例の薬』が取り出された。
「それだよっ!それっ!
なっ、何でお前はすぐにその薬を使わなかったんだよっ!?
すぐに使ってりゃ~何の問題もなく事を収められたってのによっ!」
顔を強張らせるミラーズに指を差しながらそう怒鳴りつけると、
卑弥呼は小さな声で『ごめん・・・忘れてた』とそう言った。
その声に卑弥呼は『て、てめー・・・』と、
『ギリギリ』と奥歯を噛み締めながら怒る姿にらぶりんがたまらず声を挙げた。
「ま、待ってっ!待って下さい卑弥呼っ!」
「んぁ~?らぶりん・・・。
私は今っ!このバカと話してんだよ・・・。
邪魔しようってんなら・・・」
顔を真っ赤にしながら睨みつける卑弥呼に、
らぶりんはミラーズの肩に飛び乗りながら声を挙げた。
「今はそんな事言っている場合じゃないでしょっ!?
その『薬』でユウナギ様が何とかなるなら、早く何とかして下さいよっ!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ・・・」
らぶりんの正論に卑弥呼はミラーズを睨みつけながら唸り、
その身体からは真っ赤な鬼の気が溢れさせ、
正論に対し呻る事しか出来なかった・・・。
そして卑弥呼は盛大に『はぁぁぁ~』っと息を吐くと、
『寄越せ・・・』と言ってミラーズから薬が入ったホルダーを受け取ると、
未だ立ち上がって来ない冥界眼の元へと向かって歩き始めた・・・。
卑弥呼は歩きながらも、
未だに立ち上がって来ない冥界眼の事が気になっていた・・・。
(どうして立ち上がって来ない?
もうとっくに回復しているはずだが・・・?)
眉間に皺を寄せそう考えと居ると突然『ドカーンッ!』と、
瓦礫を吹き飛ばしながら冥界眼が損傷した身体を修復し立ち上がり、
何故か1人で暴れ回っていた・・・。
「な、何だっ!?一体何が起こっているっ!?
つーか、あいつ・・・一体何やってやがる?」
『グガガッ!グガゲッ!』
「・・・何がどうなってっ!?」
冥界眼の様子に困惑する卑弥呼はただ立ち尽くすしかなかったのだが、
1人暴れ狂う冥界眼はそんな卑弥呼を視界に捉えると、
一目散に突進し拳を振りかぶった・・・。
「チっ!一体何がどうなっているかわからんが今はっ!」
卑弥呼は突進して来る冥界眼に合わせて構えを取り、
腹に宿る『赤い勾玉』を介し鬼の気を溢れさせた。
「もう余り長くは使えないがっ!」
『バシュッ!』
『鬼道・鬼纏いっ!』
噴き出した鬼の気をその身体に纏いながら半身と成り、
身体の重心を落とし、右拳に鬼の気を凝縮させながら、
その真っ赤な鬼の気を纏う拳を脇に構え引き絞った・・・。
そして卑弥呼を中心に突然地面が振動し始めると、
迫る冥界眼は卑弥呼に向かって跳躍しながら蹴りを放とうとした・・・。
『グギャァァァァっ!』
奇声にも似た咆哮を発する冥界眼に卑弥呼は薄く笑みを浮かべながら吠えた。
「これで終わりだぁぁぁっ!」
「グギャッ!」
奇声を発しながら右足の足刀に紫色の神力を纏わせ飛び込んで来る・・・。
それに対し卑弥呼は『しゃらくせぇぇぇっ!』と鬼の気を発しながら更に・・・
ゆらゆらと真っ赤な鬼の気が溜まる右拳を引き絞ると声を挙げた。
『鬼道・鬼纏い・奥義・対の技・
卑弥呼の声と共に繰り出したその右拳は、
牙を剥く獅子の如く放たれ、その真っ赤な一撃と紫色の蹴りが激突した。
『ドッドッドッドッドッ!』
工事現場で聞くような音を発しながら、
両者の一撃が卑弥呼と冥界眼の間で鬩ぎ合っていた・・・。
冥界眼はニヤりと笑みを浮かべ、卑弥呼もまた笑みを浮かべ返し、
互いの力が拮抗している事を現していたのだった・・・。
そして力が拮抗するこの現状に卑弥呼は、
口角を上げながら根負けしない冥界眼にこう言った。
「・・・悪くない攻撃だ。
だがな・・・この私の技は2撃目があるんだよ」
「グガッ!?」
「・・・今、見せてやるよ。
行くぞっ!目玉野郎っ!」
そう言い放ちながらも、
卑弥呼の左拳が力を溜め『キュイーン』と突然奇妙な音を放ち始めた。
そして・・・。
『鬼道・鬼纏い・対の技・獅子烈断≪ししれつだん≫っ!』
右拳を放ちながら、器用に右脚と左脚を瞬時に入れ替えると、
爪を立てた左手が大きく振りかぶられた・・・。
『・・・逝っちゃいな♪』
『グオンッ!』と響く風切り音がその威力を物語らせたが、
その一撃は届く事無く、何故か空振りに終わった・・・。
『ドサッ!』
「・・・なっ、何だっ!?」
驚く卑弥呼は突然落ちて来た冥界眼に視線を向けると、
そこには地面に這いつくばり藻掻き苦しむ冥界眼の姿があった・・・。
「な、何だってんだっ!?」
冥界眼の様子に戸惑う卑弥呼だったが、
警戒し後方にステップすると、身構えながら様子を見守った・・・。
すると地面の上でのたうちながら藻掻いていた冥界眼はふと動きを止め、
苦悶に満ちた顔を卑弥呼へと向けながら、たどたどしく口を開いた・・・。
「よ、よう・・・ひ、ひみ・・・こじゃ・・・ねーか?」
「お、お前っ!?ま、まさか・・・?」
突然そう発せられたその声に、卑弥呼は唖然とした。
(な、何だっ!?ま、まさかまた・・・こいつの演技かっ!?)
一瞬そんな事が頭に過りはしたものの、
卑弥呼はその物言いと不遜な態度と右目が黒に染まっている事に気付くと、
それが紛れもなくユウナギ本人だと核心出来たのだった。
「お、お前・・・まさか・・・ユウナギか?」
卑弥呼の声にユウナギは大量に汗を流しながら『あぁ・・・そうだよ』と答えると、
焦りつつも口を開いて行くのだった・・・。
「わ、悪い・・・が、い、一方的に話をさせ・・・てもらうぜ。
お、お前との・・・たっ、戦いの・・・中で・・・。
お、俺は何故か意識・・を・・・取り戻し・・・た。
だけどよ・・・か、身体の支配が・・・戻らねー・・・。
何でかは・・・わ、わからねー・・・が・・・
い、今は・・・今はこうやって・・・こいつに抵抗する・・・くらいしか・・・」
そう説明したユウナギに卑弥呼は駆け寄ろうとすると、
『く、来るんじゃねーっ!』とユウナギに一喝され、その足をピタリと止めた。
「ま、まだ・・・ち、近寄る・・・な・・・。
今はまだ・・・お、俺が抵抗している・・・だ、だけだ・・・。
まだ、取り戻せ・・・てねー・・・。
ひ、卑弥呼・・・。
な、何とかする方法・・・あ、あるんだ・・・ろ?
今の・・・今のうちに・・・何とか・・・。
お、俺がこいつを・・・押さえている・・・間に・・・よ」
地面を掻き毟りながら必死に抵抗して見せるユウナギに、
卑弥呼は『ま、待ってろっ!』と声を挙げた・・・。
そして一方、戦いを見守っていたミラーズとらぶりんは、
目の前で起こっている事に声を張り上げていた。
「ミ、ミラーズ様っ!?卑弥呼の様子がっ!?
あ、あれって・・・あれってもしかしてっ!?」
「・・・リョ、リョウヘイッ!?」
「そうですよっ!ミラーズ様っ!
ユウナギ様ですよっ!生きていらっしゃったんですよっ!」
「うぅぅぅ・・・・」
ユウナギが生き返ったと言う事に、
ミラーズとらぶりんは涙を流し号泣していた・・・。
そんな1人と一匹を横目で見ながら卑弥呼はマジックボックスに手を突っ込み、
その中から『薬』の試験管型・注射器が入ったホルダーを取り出した・・・。
「おい、小僧・・・。
コレを打てば何とかなるはずだ・・・」
「あ、ありが・・・てぇ・・・」
ユウナギは近寄って来る卑弥呼に苦しそうな表情を浮かべながらも、
必死でドロにまみれた右手を伸ばした。
そしてそんな時だった・・・。
突然この『亜空間』に物凄い轟音と振動が起こり、
卑弥呼が立って入れられず尻もちを着いた時だった・・・。
「・・・な、何だっ!?何事だっ!?」
「クッ!」
『バリンッ!』とこの『亜空間』の一部の空が割れ、
その中から男性と女性が落ちて来たのだった・・・。
『うわぁっ!きゃぁぁっ!』
『ドサッ!』
少し離れた場所に空から落ちて来た2人は、
その痛さに耐えていた・・・。
「い、いやはや・・・い、痛、たたた・・・な、何とも・・・」
「いててて・・・あぁぁ、もうっ!」
2人はそう言いながら立ち上がり周囲を見渡していると、
茫然と様子を見ていた卑弥呼達に気付き、
女性は大きく手を振りながら声を挙げた・・・。
「ん?あれ・・・は、もしや・・・」
「ユウナギ様~♪・・・ってっ!?」
突然この『亜空間』に乱入して来た2人が見たモノは、
事情を知らない者達がその立ち位置を見て、
ユウナギが瀕死になっていると思っても不思議ではない。
『ユウナギ様っ!?』
声を荒げた女性は慌てて駆け出そうとすると、
『あ、あれ・・・?』と弱々しい声を発しながら前のめりに倒れてしまった。
そしてそれに続き男性の方も『こ、これは・・・』と発しながら、
両手を見つめたままその場に片膝を着いたのだった。
「・・・チャ、チャダ子・・・か?
そ、それに・・・ラ、ライまで・・・」
呟くようにそう言った弱々しいユウナギの声に、
鋭くその声に反応をしたのはチャダ子だった・・・。
『ユウナギ様っ!?』
苦しそうな表情を浮かべながらも立ち上がったチャダ子は、
怒りの形相を見せながら声を挙げた。
「主様っ!?
い、今っ!お助け致しますっ!
き、きっっっさまぁぁぁぁっ!
お前かぁぁぁっ!」
「ま、待ちなさいっ!チャダ子さんっ!?」
ライトニングの静止も聞かず、
チャダ子は怒りの形相で尻もちを着き唖然としている卑弥呼へと突進すると、
容赦なく攻撃を仕掛けていった。
「きっさまぁぁぁぁっ!
よくもぉぉっ!よくもユウナギ様をーっ!」
チャダ子はそう叫びながら卑弥呼に攻撃を繰り出し、
それを躱し、そして捌きながら声を挙げた。
「ま、待てっ!待てってっ!
お、女っ!聞けっ!・・・って、あれっ!?
お、お前・・・もしかして、あの時のっ!?」
「うるさぁぁぁいっ!
よ、よくも、よくも我が主様をーっ!
よくもぉぉぉっ!」
チャダ子はその長い真っ黒な髪の毛を振り乱しながら、
防御に徹する卑弥呼を攻撃していった。
そしてライトニングは未だ苦しそうな表情を浮かべ、
倒れているユウナギを見ながら呟いていた。
「・・・と、とりあえずご無事なようで何よりですが、
此処に入る前の冥界の地で大量に力を吸われてしまいましたので、
お、思っていたよりも身体が・・・。
そ、それに更にこの地でも・・・力を・・・」
ライトニングは冥界の地で悠斗を救う為、
大量に神力を吸われ、そしてこの地でも同様に力を奪われていたのだった。
『はぁぁぁぁっ!』と・・・。
チャダ子は物凄い勢いで卑弥呼に攻撃を繰り出し、
その反応を見せ無茶な事は出来ないと判断した卑弥呼は、
防御に徹するしかなかったのだった。
ミラーズもこの状況に驚きつつも、未だ身体を動かせない現状に嘆いており、
らぶりんはそんなミラーズを護ると言う使命からこの場を動けずに居た。
そしてこの現状に未だ苦しむユウナギは、
『ぐぁぁぁぁっ!』と絶叫にも似た叫び声を挙げた・・・。
(ヤ、ヤベェー・・・。
ど、どんどん意識が・・・
て、てめーら・・・な、何やってんだ・・・
こ、こいつを・・・目玉野郎を押さえ・・・ら、られねー・・・)
ユウナギが地面の土を掻き毟るように藻掻き始め、
黒く染まっていたその右が紫色と交互に変り始めていた・・・。
「て、てめーら・・・い、いい加減・・・に・・・」
苦しそうにユウナギが消え入りそうな声を挙げた瞬間・・・。
『ぐあああああああっ!』と再びユウナギが絶叫すると、
瞬時にその目は紫色へと変わった。
身体から冥界の神力を立ち昇らせながら立ち上がり、
ゆっくりと何故か周囲を見渡していた。
『・・・グガガ?』
ユウナギの変化に気付いた卑弥呼は、右手に持つ『薬』を手に持ち守りながら、
必死に攻撃を繰り出して来るチャダ子に声をかけた。
「お、おいっ!お前っ!?い、いい加減にしろっ!
あの小僧がっ!や、やめろっ!」
「うるさぁぁぁいっ!
私の大切な主様にぃぃぃぃぃっ!」
卑弥呼の話など聞く耳をもたないチャダ子は目を血走らせながら攻撃をやめず、
ライトニングもまた己の主の様子に気付きながらも、
奪われ過ぎた力のせいで一歩たりとも動けずに居た。
「くっ・・・し、執事として・・・
な、何も出来ずただ見ているしか・・・」
『ぐあぁぁっ!』と声を張り上げながら立ち上がって見せたライトニングだったが、
ヨロヨロとふらつく自分の身体に嘆いていたのだった。
そしてミラーズとらぶりんは・・・。
「リョ、リョウヘイがまた・・・冥界眼の力に飲まれてっ!?」
「ミ、ミラーズ様っ!?
い、一体どうすればっ!?」
狼狽えている2人に・・・。
そんなミラーズとらぶりんを視界に捉えた冥界眼は『ニヤ~』と、
とても下卑た笑みを浮かべた・・・。
『グゲゲゲ・・・』
弱者だと認識していた冥界眼は再び笑みを浮かべると、
その身体に力を蓄え始め紫色の冥界の神力を身に纏った・・・。
両手を脇に構えながら冥界の神力を更に凝縮させ、
その行動から強烈な一撃が放たれようとしているのが見て取れていた・・・。
「こ、このままではっ!
は、早く・・・立ち上がらないとっ!」
ミラーズは危険を察知すると木にもたれかけながら必至に立ち上がって見せ、
そんなミラーズにらぶりんは必死に声を掛けた。
「ダ、ダメですよっ!ミラーズ様っ!?
まだ貴女はお身体がっ!」
そんな必死の呼びかけにも応えず、
ミラーズは下卑た笑みを見せる冥界眼に睨みを利かせていた。
「リョ、リョウヘイが・・・い、生きている・・・。
だ、だから私は・・・こんな所で死ぬ訳にはいかないのよ・・・」
ミラーズは右手の掌を上に向けると、
残り少ない神力を集め始めた・・・。
『シュルシュルシュル』
渦を巻きながら紫色の神力が集り始めると、
それはやがて小さなゴルフボールほどの大きさとなった。
「こ、これが今私に出来る事の限界・・・」
眉を寄せながらそう呟いたミラーズに、
冥界眼は『ギャハギャハッ!』と爆笑していた。
「い、いつでも・・・来なさいっ!
わ、私の命に代えてもっ!必ずリョウヘイを奪い返してやるわっ!」
そう声を張り上げたミラーズの気勢に、
敏感に反応したのは誰でもないチャダ子だった・・・。
『えっ!?』と振り返り動きを止めたチャダ子に、
卑弥呼は『今だっ!』と声を挙げると、ホルダーから数本の『薬』を抜き取り、
まとめて冥界眼に向かって投げたのだった・・・。
『間に合えっ!はぁぁぁっ!』
『シュツ!』
そう願いを込めて投げた卑弥呼だったが、
その願いは叶わず、冥界眼はミラーズに向かって高笑いをしながら、
両手に凝縮された膨大な神力を一気に撃ち放ったのだった・・・。
『ギャハハハハハハッ!』
『ドンッ!』
そう冥界眼が声を張り上げ、遅れる事コンマ数秒後・・・。
『ドスッ!ドスッ!』と卑弥呼が投げた『薬』が、
注射器に入ったその薬が、冥界眼の脇腹に刺さったのだった・・・。
『くそっ!』と卑弥呼が声を挙げるも、
薬の効果はまだのようで後はただ見守るしかなく、
ただミラーズの名を叫ぶしかなかった
「ミラ子ぉぉぉっ!」
「リョ、リヨウヘーイッ!」
「・・・くっ!」
「えっ!?」
ミラーズの叫びが響き卑弥呼が悲痛な声を挙げ、
ライトニングは己の無力さに顏を顰め・・・。
そして現状を理解していないチャダ子は戸惑っていた・・・。
ミラーズはユウナギの名を叫びながら残った神力弾を投げるも、
迫り来る膨大な力のその威力に、
波紋1つ立てず飲み込まれ消えていった・・・。
「くっ!でもまだっ!」
そして悔しさを滲ませながらも『私はまだ死ねないっ!』と、
悔し気な声を挙げた時だった・・・。
ふとそんなミラーズの頭の中に、らぶりんの声が流れて来た・・・。
そしてその声はミラーズだけではなく、
卑弥呼やチャダ子・・・そしてライトニングも同様だった・・・。
『・・・命に代えてもっ!
このらぶりんがお守り致しますっ!』
その瞬間・・・。
ミラーズの手前わずか数メートルにまで迫った時・・・。
『ブシャァァァァァァッ!』と途轍もない量の『蜘蛛の糸』が撒き散らされると、
それは一瞬のうちに巨大な紫色の『蜘蛛の巣』へと変化した。
『このらぶりんを舐めるなぁぁぁぁぁっ!』
巨大な蜘蛛の巣の真後ろでらぶりんは宙に浮きながらその全身を伸ばし、
『絶対に護るっ!』とそう声を張り上げた。
『らぶりんっ!?』
皆が同時にそう声を張り上げると、
放たれた冥界眼の神弾が大きな蜘蛛の巣に直撃した。
この時らぶりんは持てる力以上のモノを発揮し、
チャダ子と戦った時とは比べ物にならない程の力を見せていた。
その小さな身体からは計り知れないその冥界の神力を・・・。
だが、冥界眼の底知れない力にやがて巨大な蜘蛛の巣は崩壊を始めた。
それは『メルトダウン』でも起こしたように・・・。
その巨大な蜘蛛の巣はドロドロと融解し始め、
らぶりんの『命』を司る『真っ赤な魔石』が露出し、
地面もまたグズグズに溶け始めたのだった・・・。
「まだまだ諦めませんからっ!」
それを補う為にらぶりんは己の『命』とも言える真っ赤な『魔石』を光り輝かせると、更に力を吐き出し、融解した場所を補うように糸を吐き補強し続けた・・・。
「ら、らぶりんっ!私はもういいからっ!」
そんな悲痛な叫びが背後に居たミラーズから発せられた。
だがらぶりんはそんな言葉が届かないのか、
必至になって糸を吐き続けたのだった・・・。
それから数秒後・・・。
いたちごっこのような展開を見せていたが、
元々力の差は歴然・・・。
すぐにらぶりんがへばって来ると、
容赦なく冥界眼の神弾は巨大な蜘蛛の巣を崩壊させ始めた。
そしてもうダメだと思われた瞬間・・・。
後方で涙を流し、辛うじて立って居るミラーズに対し、
らぶりんは最後の力で糸を吐くとそれは1本の・・・
ただの蜘蛛の糸で出来た1本の『棒』へと形を変えた。
フラフラとしながらそのただの『棒』が、
紫色の神力を纏いながら浮き上がると、
突然ミラーズに向かって『ドンッ!』と突き放たれた。
『うっ!』と悶えながら飛ばされたミラーズは地面を滑り、
地面に伏せるような形になると、らぶりんから念話が流れて来た・・・。
{ミラーズ様・・・突然の無礼、申し訳御座いません。
ですがお許し下さい・・・。
貴女とユウナギ様・・・。
いえ、リョウヘイ様を再び会わせる為には、もうコレしか思いつきませんでした。
ですから・・・許して下さいね?
そして、今まで大変お世話になりました。
・・・ミラーズ様、お会い出来た事に感謝しております。
楽しい一時を・・・有難う御座いました。
それではミラーズ様・・・さようなら♪}
らぶりんは迫り来る巨大な神弾に抵抗しつつ、
その小さな身体を焼かれ溶かされながら、
そんな言葉を念話でミラーズに伝えたのだった。
そして、らぶりんの『命』とも言える『真っ赤な魔石』が、
『ピシッ!】と音を立てて亀裂が入り『命の終わり』を感じたらぶりんは、
最後に寂し気な声で何かを思い出しように『さようなら♪』と言った・・・。
『パキンッ!』
『必ずお守り致しますからぁぁぁぁっ!』
らぶりんはそう必要な叫び声を挙げ、焼かれドロドロになった状態で、
自分が今持てるその力を暴走させると『ドカーンッ!』と、
大爆発を起こし『自爆』したのだった・・・。
その衝撃は途轍もなく大きなモノでだったが、
らぶりんが身を呈したおかげで、ミラーズの手前・・・。
僅か数センチ手前で喰い止められていた・・・。
凄まじい量の土や砂が巻き上がり落ちて来る・・・。
それを茫然としながらミラーズはワナワナと身体を振らわせ、
止めどなく涙が溢れ出るのだった・・・。
『ら、らぶりん・・・。
らぶりん・・・わ、私の為に・・・そ、そんな・・・』
大粒の涙を流すミラーズはうつ伏せに倒れながらも地面に爪を立て、
『ガガガガガッ!』と土を削り取った。
その身を大いに震わせながら・・・。
そして今まで傍に居たらぶりんの面影を思い出しながら、
ミラーズは空に向かって叫び声を挙げた。
『らぶりーーーんっ!』
その叫びは止めどなく振り落ちて来る土砂の音と共に、
この『亜空間の大地』に響き渡るのだった・・・。
やる気のない暗殺者は、元・勇者 緋色火花 @hiiro8624
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