終章

 王都の西門を抜け、本来は見晴らしのいい街道を歩く二人の姿が有りました。

 街道は騒動の収束を受けて戻ろうとする人達でごった返しています。王都から出て行かざるを得なくなった人たちも少なくなかったのですが、比較にはならず、王都から離れる人たちは街道の脇を歩かざるを得ない状態です。

 そんな人混みを横目に、ユーシャとステンは近くの街を目指して歩いていました。

 ユーシャはいつも通りの旅慣れた服装です。ステンは王都を出る前に寄った自宅から、動き易そうな服──大半を締める女性物の中から──を選んで着替え、幾つかを鞄に詰め込んでいました。そして外套のフードを目深に被って顔を隠していました。

「暑い……」

「人波が途切れるまでの辛抱だな。流石に目立つからな」

 ステンの美貌は一目見れば二度と忘れる事はない程のものです。面倒を避けるなら、出来るだけ顔は見られないに越した事はありません。

「これで良かったのか……? その……色々と」

「なる様になっただけだ。俺はてっきりお前が王になるもんだと思ってたんだけどなー。あの演説なんか凄くそれっぽかったじゃないか」

「ないない。あれは殿下が王になるから皆協力してくれって言っただけだろ。お前の解釈がおかしいんだ」

「いやいや。そうはならんでしょ。誤解を招く表現をしたステンが悪い」

「いーや。悪いのはお前の頭だ」

 やんややんやと掛け合う二人の声は、周囲の喧騒に溶け込んで消えて行きました。


 半日ほども歩くと、流石に王都に戻る人の列も途切れ、すれ違う人もまばらになります。

 ここまで来れば大丈夫だろうと、ステンは外套を脱いでいます。お陰で、すれ違う人は皆、ステンの姿を見た瞬間にその場で彫像の様に固まってしまっていました。王都に着いたらきっと良い旅の思い出話となっている事でしょう。

 日暮れまでには次の街に着くだろうと話していたら、街道から見える地平線の辺りを、凄まじい砂煙を巻き上げながら何かが駆け抜けて行きました。

「な……何だあれ……?」

 未知の現象への恐怖に戸惑うステンと同じく他の旅人たちも、すわ何かの天災かと様子を窺っていました。

「あー……」

 ユーシャがじっと目を凝らして砂煙を見たかと思うと、直ぐについっと視線を外していました。

「オヨメだな」

「オヨメさんが何でこんな所を走ってるんだ? 何て言ったっけ? あの教会騎士にべったりだったじゃないか」

「……どうせまた振られたんだろ。間違いないね」

「ええー。あんな凄い女性ヒトは見た事ないぞ。振るなんて勿体ない事するか?」

「凄いというか凄すぎるんだよ。あいつは。正直持て余すんだわ」

「あー……成る程……」

「あのドレンって騎士は真面目そうだったからな。自分には釣り合わないとか言われたんだろう。因みに悪い奴には、オヨメがどう見えるか分かるか?」

「さあ? ……うーん……そうだなあ。最強の手駒……とか?」

「良い線行ってるぜ。それは最後の一歩か二歩手前だな。最終的には……」

「最終的には……?」

 勿体付けるユーシャの言葉に、ステンがオウム返しで応じながらゴクリと唾を呑みます。

「良くて化物、悪くて怪物」

「ブッ! 大して違わねーじゃんか!」

「しかも制御不能だからな」

「怖くて置いとけねーわ!」

「そういう訳だ」

「お前の仲間には真面な奴は居ないのか……? いや、あの聖職者のおっさんは良い奴そうだったな」

「まー……うん。ソウダネー」

「おい……」

「布教の邪魔さえしなきゃ良い奴だよー。変態だけど」

「おい!」

「後は契約とお金だな。これにはうるさいんだなこれが。変態の癖に」

「おーい!」

「それ以外は凄く紳士で人が出来たヤツだよ。今回の騒動の後始末も手伝って行くみたいだしな。まあ布教の好機だと考えてるに違いないぜ。変態だけに」

 ユーシャの熱いキョウソへの変態推しが炸裂します。

(駄目だ。真面な奴が一人も居ねぇ……!)

「常識人が俺しか居ないから、たまに顔を合わせると苦労するんだ。全く」

「ハア?」

 ぎょっとした顔で凄く大きな「ハア?」が出てしまうステンでした。

「もしもーし。起きてますかー?」

「ちょっ!? 何その反応!? まるで俺が常識外れかの様な扱いは止めて貰おうか!」

「厚かましいにも程がある!」

「ええっ!?」

「そもそも、お前も何処までオレに付いてくる気だよ!」

「はっはー。どこまでだって一緒に居るぜ?」

「……母さん。今から逢いに逝きますね」

「冗談だよジョーダン。いきなり死のうとするな! ビックリするだろ!」

 ユーシャはぎゅっとステンの両手を掴んで自死を阻止します。

「はは。お前でもビックリする事あるんだな」

 ステンは楽しそうに笑っていました。

 勿論本当に死ぬ気なんて、もうありません。

 ユーシャも分かっていますが、勢い余ってという事もあります。

「はー……心配すんな。魔法少女協会の支部を見付けるまでだよ。そこまで行けばまあ、ほぼ安全だからな。魔法少女にならない限りは……だが」

「紹介状も貰ったしな」

 あの後、まじょっこに追い付いたカルちゃんから、まじょっこの魔力とメッセージ入りの紹介状が魔法で送られてきていました。今のステンには、まじょっこにこそ及ばないものの相当な魔力が秘められているそうで、魔力制御の訓練はしておいた方が良いとカルちゃんのアドバイスも添えられていました。

「一生面倒見ても良いけどな、俺は。責任取れって言われたしー?」

「うっ……あれはそれでそういう事じゃなくて……」

「それにご褒美のちゅーもして貰ってないぞ?」

「あーあー聞こえなーい!」

「報酬を受け取るまでは離れないからな」

「なっ……!? あーもう! とっとと行くぞ!」

 赤くなった顔を見られない様に、ステンはユーシャを追い越してずんずんと歩いて行きます。

 久しく忘れていた、心からの笑みが浮かんでいました。


 後世、歴代の勇者に関して記された書物に、勇者アストラの妻は歴代でも随一の絶世の美女であったとの一文があります。しかし、その名を記した物は一切見つかっておらず、「この『絶世の美女』とは誰か?」は勇者愛好家たちの恰好の酒肴しゅこうになっているのだとか。

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