五章 その④
ザウルが最後に一人となり正式に王となると、継承権者の証である右手の痣が跡形もなく消え去っていました。
「ふむ。やはり消えるのか」
前王に跡が残っていなかった事から、そうだろうと予想していた様です。しかし、跡の消えた右手を見て、感慨深げな表情を浮かべています。
「ふー。これで今回の継承戦争も無事終了ね。お疲れ様ー」
元気よく挨拶をして去って行こうとしているのはまじょっこです。
「はっはっはっ」
ガシっとユーシャがまじょっこの両肩を掴みます。
「逃がさん」
「なにようっ! もういいでしょ! 放して! おうち帰る!」
「まだ肝心な話を聞いてない」
「な……何の事かしら……」
あからさまにキョドリながらまじょっこは目を泳がせています。
「あ! 隕石の事か!」
ステンの声にビクッと肩を震わせています。
「そう。隕石の事だ」
「あう……」
ユーシャに顎を掴まれ無理矢理顔を向かせられてもなお、まじょっこは視線を逸らし続けます。ただし、その顔からは滝の様に汗が流れ落ちています。
「マリーが言わないならボクが説明するカル」
「あ! カルちゃん! ヤメて!」
「黙れカル!」
ペチーン!
とまじょっこのおでこにカルちゃんの黄金の左前脚が突き刺さります。
カルちゃんがまじょっこの抵抗を一蹴すると、とくとくと語り始めました。
「そう。あれは今から三百年程前の事カル。終戦後の大陸の復興期の事カル。その頃ここにはまだ確たる国家は存在しなかったカル。入植して来た人達の共同体が無数に存在し、それぞれが自治をしていたカル。そしてこの近辺の沿岸を荒らし回っていた、新進気鋭の海賊の頭領がこの国の最初の王になる男カル」
「ほほう。初代は海賊だったのか。成る程。道理で歴史書に出自が残されていない訳だ」
「そうカル。海賊だった男カル。凄い男だったんだカル。腕っ節は勿論カルが、なにより頭がキレていたカル。何せ──」
「う───!」
何とかカルちゃんを黙らせようとするまじょっこの口を、ユーシャが塞いでいます。
「何せ本気のマリーを負かして捕まえてしまったんだカル」
「魔法少女お決まりの、まずは一回負けておくヤツじゃなくて?」
「マジのヤツ、カル」
深刻そうな顔をしてカルちゃんは頷きます。
「まあ負けて捕まったのは良いカル。そういう事もあるカル。問題は、この後カル」
「うー! うー!」
まじょっこの抵抗が更に激しくなりますが、ユーシャにがっちりと抑えられているためどうしようもありません。
「完全敗北のショックでマリーは抵抗する気力を喪っていたカル。墜とすも殺すも自由カル。そんなマリーに頭領が要求した事は一つカル。それが例の魔法カル。それが終わったら──」
「たら?」
「『ガキに用はねぇ』って言われてポイ捨てされたカル」
「何もされずに?」
「一切、誰にも手を付けられずに、カル」
全員の視線がまじょっこに突き刺さっていました。
まじょっこはもう暴れるのを止め、顔を真っ赤にして涙目でプルプルと震えていました。
「「あーはっはっはっはっはっは!!」」
ユーシャとキョウソの大爆笑が謁見の間に響き渡りました。
ユーシャなんか床を叩いて大笑いしています。
拘束を解かれたまじょっこがそんなユーシャを顔を真っ赤にして蹴っていますが、まるで効果はありません。
「マリーなんかもう奴隷の気でいたのに、まさかのポイ、カル。暫く茫然としてたカルねぇ」
「うっさいうっさい! こんなプリティーな女の子を捕まえておいて、何もせずに解放する無法者共がどこにいるって言うのよ! 詐欺よ詐欺!」
「その後は海賊行為はぱったりと止めたようカルから、元から海賊行為は魔法少女を誘き寄せるためだったんだカル。当時はまだ大陸に魔族の残党が居たり、魔法少女の数も少なかったカルから、それなりの悪事を働かないと対処してなかったんだカル。つまり、全部全部頭領の掌の上だったカル」
「ふー、ふー……。……リベンジには行かなかったんだな」
ユーシャは行儀悪く床に寝そべったままカルちゃんに訊ねます。まだゲシゲシ蹴られていましたが、完全に無視です。
「完全に心が折れてたんだカル。それ以降この辺には近付かない様にしてたカルが、今回の継承戦争の監視役に、運悪くクジで当たってしまったカル」
果たして誰にとって運が悪かったのでしょうか。
「結構辛抱してたカルが……長引いてたせいで、我慢の限界に達したみたいカル……」
「捨てられた腹いせが、国ごと消し飛ばそうっていう発想に至るのがこえーわ」
「ふむ。しかしそれなら直接魔法で吹き飛ばせば……ああ。そういえば魔法少女は魔法で人を傷付けてはいけないのでしたね。それで隕石を……なるほど。直接じゃなければ黒よりの白という理屈ですか」
キョウソは自分の疑問を自分で解決して得心していました。
そしてそれは正解でした。
「もういいでしょ! あーもう! 人の黒歴史を掘り起こして何が楽しいの! えーいもう! 笑うな!」
「あー笑った笑った。久しぶりに転げまわるほど笑わせて貰ったわ。だが、このまま解放って訳にもいかんだろ。なあ? また何時滅ぼそうとするか分からんしな」
「し……しないわよ? たぶん……百年くらいは……」
まじょっこは段々と小声になって行きます。
「ポイ捨てされたのが気に食わねーってんなら、なあザウルさんや!」
急にユーシャに話を振られたザウルは少し驚いた様子で反応に困っています。
正直こいつらが居ると生きた心地がしないから、早く何処かへ行って欲しいなぁなんて思っている事は、決して知られてはいけません。
「何か良い案でも?」
「良い案かどうかは判らんが、どうだ? このまじょっこを嫁に貰ってみるってのは?」
「んん??」
ユーシャの提案に流石のザウルも目を点にして驚いていました。
「な……ななな……っ! 何を勝手に……っ!」
またも顔を真っ赤にして怒りだすまじょっこでしたが、先程までとはどこか様子が違いました。怒っているというよりは……。チラチラとザウルの方を窺っているあたり、案外その気の様です。
「殿下も王となられた以上、身を固めてお世継ぎを御作りになるのが次なる仕事でありましょう。かの魔法少女を改心させ娶ったという事にすれば、民からは反感以上の評価を得られましょう。それに、これほどの実力を持った魔法少女殿を妻としたなら、退屈とは無縁で御座いましょうな」
スホルステンはユーシャの案に乗り気です。
「そうだな。確かに面白い女子ではある。爺も賛成だと言うのなら──」
ザウルは玉座からまじょっこの許へ行くと、その顎を軽く摘んでクイっと自分の方を向かせて目と目を合わせます。
まじょっこは借りて来た猫の様にカチーンと固まってしまっていました。
「私の妻とならんか?」
「は──はっ!?」
思わず「はい」と答えそうになったまじょっこが、ドンとザウルを突き放します。
「だ──誰があんたの嫁になんかなるか! バーカ! ばーかばーか! 私をモノにしたかったら私に勝って見なさい!」
ベーっと真っ赤な顔のまま、文字通り飛んで何処かへ行ってしまいました。謁見の間の、それはそれは
「ああ! マリー! 待つカル~~~~!」
一同に器用に一礼して見せたカルちゃんも、マリーを追って飛んで行きました。
「行かせて良かったのか?」
「もう大丈夫だろ。多分な」
ステンの問いに、ユーシャは気楽気に答えます。
「ふむ。次に彼女が来るまでに勝つ算段を立てておくとしよう」
ザウルはまじょっこが消えて行った空を暫く眺めていました。
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