五章 その③

「は?」

 少々キレ気味のユーシャの「は?」に、さしものまじょっこもちょっとビクっとしていました。

「いやいやいや。怒らないで。イジワルで言ってるんじゃないんだから! 本当に無理なものは無理なの。絶対に解除できない様に掛けたんだから」

 その言葉に一番ショックを受けていたのはステンでした。

 実はこの呪いの様な魔法を掛けた魔法少女を捕まえた事で、一縷の望みを抱いていたからです。しかしそれも当の本人から強く否定されてしまいました。

「勇者殿の言いたかった事はこれか?」

「ああまあ、そういう事だったんだが……。どうしたもんかな」

 困ったときのキョウソ頼みとでも言うのでしょうか、ユーシャはキョウソに視線を向けます。

「そうですねぇ……。理論上、解除不能な魔法というものは存在しません。どんな魔法であれ、必ず元になっている設計図の様な物が存在しています。皆さんが良く目にしている魔法から、まじょっこさん達魔法少女が使う出鱈目な魔法に至るまで全てです」

「つまり?」

「その設計図を読み取れば解除だろうと、改造だろうと、何だって可能です。勿論下手に手を加えると魔法が暴走したり、設計図が破綻して魔法が消えたり、予想も付かない状況に陥る事もありますので、私以外の人にはお勧め致しかねますがね」

 眼鏡をクイっ、からのキランと光らせ、キョウソは傲然と言い放ちます。

「ですので、魔法自体の解除は可能です。しかし、こんな程度の事は、理論はともかくとしてまじょっこさんも分かっているはずの事。その上で解除不能だと断言しているとするなら、やはり解除不能なのでしょう」

「長々と喋った結果がそれか……」

「まあまあ。まだ続きがあります。結論を急いではいけませんよ。

 魔法は解除出来るのに、魔法を解除出来ないとは一体どういう事か。これは私の推測ですが、お二人が受継いでいるその魔法は恐らく、自己増殖か自己複製をするのではないかと。違いますか? まじょっこさん」

「良く分かったね。キョウソの言う通り。無限に無劣化の自己複製をするようになってるの。その複製速度は私が全力でやって解除できる量の十倍の速度。つまり、誰にも解除し切る事は出来ない。解除不能なの☆」

「ですねぇ。真面に解除しようとすれば、それは確かに誰にも解除は不可能でしょう」

 そう言いながらもキョウソはどこか不敵な笑みを浮かべています。

「しかし、あなた方は運が良い! ここに魔法理論の天才たるこのわたくし、プロペート・クレンティアが居るのですから!」

 その堂々たる宣言に、まじょっこ以外の全員が「おおー」と声を漏らしながらパチパチと手を叩いていました。

「どうも有難うございます」

 キョウソは軽く一礼して、拍手に応えます。

「方法は二つ。

 一つは簡単な発想です。全部まとめて消してしまえばいい。ただ見た所、二人が受け継いでいるこの魔法は実に厄介な事に、人体の奥の奥、人の体を作り維持するために必要不可欠な設計図、その全てに刻み込まれている様子。これを一つとして残す事なく一度に全て消し去るというのは発想の容易さとは逆に非常に困難です。が、時間さえあればその魔法を創り出す事は可能でしょう」

「ふーん。で、どの位で出来るんだ? その魔法とやらは」

「そうですね……早くとも一月以上は掛かりますね」

「だめじゃねーか」

「他の人達では十年や百年掛けたって完成しないであろう魔法を、たった! たったの一月余で完成させると言っているのですよ! これが如何いかに凄い事なのか分かって欲しいのですが!」

「でも間に合わねーんじゃ、他の奴らと大差ねーな」

 ユーシャの辛辣な評価にキョウソはがっくりと膝を付きます。

「ふん。いーですよ。分かってます。間に合わない事は最初から分かっていましたから! ええ! ただ、そういうやり方もありますよ! って事を言っておきたかっただけですから!」

 己を鼓舞する様に大声で自己弁護しながら、キョウソは直ぐにすっくと立ち上がります。

「では気を取り直して、二つ目ですが……。簡単に言えば魔法が掛かっていない状態の複製体を作って魂を移し替える方法です。この方法は……」

 一旦喋りを止めて、キョウソはまじょっこを見つめます。

「まじょっこさんが協力して下されば、今から直ぐにでも可能です。ただし」

 また一旦口を閉じると、今度はステンの方に視線を向けます。

「失敗すると、魂が霧散して死にます」

 キョウソの言葉をステンが正しく理解しているかを確認して、キョウソは問います。

「どうしますか?」

「……成功率は……?」

「知らない方が良い事もありますよ」

「…………やる」

 少しの逡巡の後、ステンは答えました。

「後戻りは出来ませんよ?」

「どの道、やらなきゃ死ぬだけだ」

「分かりました。最善を尽くしましょう」

「私は協力するなんて一言も──」

「お願いします」

 まじょっこの言葉を遮って、ステンがまじょっこに頭を下げていました。

 その素直なまでに直球のお願いは、魔法少女であるまじょっこにはとても断れる物ではありませんでした。魔法少女として、困っている人の願いを叶えたくなる習性があるからです。

「うっ……。分かったわよ。で? 私は何をすれば良いの?」

「まじょっこさんには綺麗な形のステンさんの複製体の作成をお願いします」

「コピーを作れば良いのね?」

「そのままコピーしたのでは意味がありませんよ。その為に一番背格好の近いまじょっこさんにお願いしているのですから」

「あー……あー……そういうこと。はぁ……。まあオーケーしちゃったし、やるわよ。魔法少女に二言はない!」

 まじょっこはそう言うと、トコトコとステンに近付いて髪の毛を一本抜き取ります。

「ほい。カルちゃん」

「あいあいカル」

 まじょっこは抜いたステンの毛をカルちゃんに食べさせました。

 パクリと髪の毛を飲み込んだカルちゃんにまじょっこが手を添えます。

「じゃあちょっと集中するから静かにしててね」

 そう言ってまじょっこはそのままの姿勢で目を閉じ、意識を集中させます。

 カルちゃんの身体から魔力の光がまじょっこの右腕を通して流れ込み、まじょっこの全身を巡ると左腕を通して再びカルちゃんの元へと戻ります。

「アレは何をしてるんだ?」

 こそっとユーシャがキョウソに耳打ちします。

「そうですね。ヒトの設計図の話はしましたね? 今、カルちゃんの方にはステンさんの髪の毛から採取した設計図があります。それを元にまじょっこさんの身体と照らし合わせている所です。異なる部分を炙り出し、まじょっこさんの設計図で上書きして新たな設計図を完成させ、新しい体を構築するのです。差異の全てを上書きしてしまってはそれは只のまじょっこさんのコピーになってしまいますから、そこは慎重に狙いを絞って行く必要があります。勿論完璧に魔法が刻まれている部分だけを狙い撃ちにするというのは難しいですが」

 ヒソヒソと囁き合う二人の声に集中を乱す事なく、まじょっこは作業に没頭しています。

 これをゆっくりと時間を掛けて五回ほど繰り返すと、ゆっくりと閉じていた目を開いたまじょっこが、向かい合わせだったカルちゃんを反対側に向けました。

 カルちゃんの両目からピカーとピンクの光が放たれ、その光はカルちゃんの手前で像を創り出していきます。

 見る見る内にその像はヒト形となり、より精密に形作られて行きます。

 出来上がった外見は完全にステンのそれでした。幾つかの点を覗いて、ですが。

 魔法で作られたステンの複製体は、一糸纏わぬ姿で宙に浮いています。その為、実際のステンの身体とは明らかに異なる点が一目で本人には分かってしまいました。

「これ……女じゃねーかっ!」

 ステンの指さす手は、ワナワナと震えていました。

 そう。ステンの言葉通り、複製体の身体にはささやかながら胸の膨らみがあり、そしてあるべき性器が付いていませんでした。

「はて? 何か問題がありましたか?」

「いや。何も問題ないな」

 キョウソの疑問にユーシャがキッパリと答えます。

「問題大ありだろっ!」

 すかさずステンがツッコミを入れますが、誰も聞いていません。

「お・れ・は! 男だぞ!」

「「ははははは」」

 二人に軽く笑って流されています。

「あ~ステンちゃん? クン? まあどっちでもいいけど。君がどう言おうが私の身体を参考にしている以上は女性体しか出来ないから、諦めてネ☆」

 ふーヤレヤレと、一仕事終えたまじょっこがステンに非情な現実を突き付けます。

「そんなぁ……」

「まあまだ今なら止められるぞ?」

 ただその場合、その先に待つのは──。

「ハア……。いいよ、もう……。どうせ今までだって誰にも男だと思われた事なんて一度だってないんだ……。はは。本当に女の子になったって、何も……何も……ウッ……」

 過去から現在までの己の扱いを思い出し、ステンは思わず涙しました。

 そして現在進行形で勘違いしている目の前の男──ユーシャを涙目で睨み付けます。

「くそっ! もう! 全部お前のせいだっ! お前が悪い! お前が……」

 ボス。ボス。ボス。

 力のない拳がユーシャの胸を叩きます。

 分かっています。ユーシャが悪い訳じゃない事なんて。

 それでも何かに八つ当たりしなければやっていられません。

 元凶で本当に悪い奴に当たるまじょっこは、何故か「ステンちゃん可哀想……。そうよ。ユーシャが悪いわよね」とか呟きながら貰い泣きなんかしています。

 そんなまじょっこを、ステンのしたい様に叩かせていたユーシャは、「こいつぶん殴ってやりてぇ」とか思いながら、拳をぎゅっと握って我慢していました。

 一頻り言いたい事を言って、ユーシャをボコスカと叩き捲ったお陰で、ステンの気も少しは落ち着きを取り戻して来ました。

「うう……。せ……責任……」

 涙に濡れた瞳で、上目遣いにステンはユーシャを見上げます。

「……責任?」

 その余りの美貌に流石のユーシャも心奪われ、上の空でオウム返しになってしまっています。

「そ、そうだ。責任だ。責任を取れよな!」

「お……おう。何だか良く分からんが、良いぜ」

「聞いたからな!」

「……おう? おう。二言はない」

 責任って何だ? とステンの美貌が頭から離れないユーシャの思考は完全にから回っています。全くといっていい程に機能していません。

 言っている当のステンも、自分が何を言っているのか──言ってしまっているのか、よくよく理解していません。今この時の激情のまま、正に口走っているだけの状態でした。

「さあ! ちゃっちゃとやってくれ! 覚悟は出来た! ……できた……うぅ……鈍る前に早くお願いします……」

「はいはい。承知しました。直ぐに済ませましょう」

 キョウソの自信に満ちた笑みは、ステンに安堵感をもたらします。

「ではステンさん。そこのヒト形と重なる様に立って下さい」

 ステンはキョウソの指示通りに身体を重ね合わせます。

 まじょっこの魔力で出来たヒト形には何の抵抗もなく、触れても何の感触もないのが却って不思議な感じがします。

「もう少し手前に……。はい。少し右へ……はい。ではそのままでお願いしますね」

 位置が決まると、キョウソはステンの背後に回りステンの両肩に手を添えます。

 キョウソの両手が輝きを放つと、その光がステンの身体を巡って行きます。

「では行きますよ。3……2……ハイ!」

 1は!? とステンが驚いて振り向いた瞬間、ステンの目に映ったのは、キョウソの手によって地面に寝かされている自身の身体でした。

「切り離しは無事成功です。おっとステンさん。動かないで下さいね」

 ステンに釘を刺します。

 それからのキョウソの仕事は実に迅速で見事な物でした。

 肉体から切り離したステンの魂をヒト形と結合させると、ヒト形に使われていた魔力を使ってあっという間に質量を伴った肉体を形成してしまいました。

 服はまじょっこが魔法で手際よく着せたため、裸を見られる事はありませんでした。ただ、まじょっこが着せた服はやたらフリフリでキュートで少女チックな物で、ステンの趣味では全くありませんでした。むしろ全裸より恥ずかしいのでは? とすら感じて顔を真っ赤にして俯いていました。やたら短いスカートの裾を必死に抑えながら。

 その様子にユーシャはもう、あまりの可愛さに気絶しそうになっていましたが、何とか勇者的な力で耐えていました。

「ふむ。問題なさそうですね」

 すでに自分の意思で新しい体を動かしているステンの様子を見て、キョウソが満足そうな顔をしています。

「そ、そうだ! 『アレ』はどうするんだ……?」

 ステンが言う『アレ』とは他でもありません。

 抜け殻となった元ステンの身体です。今は床に横たえられています。

「それは勿論、肉体的な『死』を迎えて貰う必要があります」

「あ……やっぱり……?」

「ええ。でないと終わりませんからね」

 捨てた身体とはいえ、やはり自分の身体です。捨てたくて捨てた訳でもありません。分かっていた事とは言え、やはりいざとなると抵抗感がありました。

「流石に本人の目の前で剣でグサ。というのも趣味が悪いですからね。まじょっこさん。お願い出来ますか?」

「はいはい。もう何でもやるわよ。っとその前に……」

 まじょっこはザウルに訊ねます。

「魔法の解除は出来ないけど、次に受継がれない様にする事は出来るよ? どうする?」

「必要ない。先程も言ったが、私はこの魔法、悪くないと思っているからな」

「どうしてですか。殿下!」

 ザウルの答えに、ステンが恥を忘れて真正面から向き合います。

「国民の多くもお前と同じ様に勘違いしている者が多く居るが、王族に掛けられている魔法は王族同士で殺し合わせる為の物では無い。その勘違いを正さずにいるのも確かではあるがな。継承戦争の本質は、この国の誰もが自らの手で王を選ぶ事が出来る事にある。何なら王を無くす事すらもな」

「それはどういう……」

「この魔法にはあまり制約が掛けられていない。掛けなかったのか掛けられなかったのかは知らんがな。制約は三つのみ。一つ。継承戦争中国から出たら死ぬ。これは継承戦争が始まった時、国外に居た者も含まれる。二つ。継承戦争の期間は最大で一年。これが過ぎても王が決まって居なければ残っている者は全員死ぬ。三つ。最後に残った一人が王となる。以上だ」

 どういう意味か分かるか? と問う視線をステンに向けます。

「誰が……王族を殺しても良い……て事?」

「そういう事だ。むしろ自らの手を汚す私の様な者の方が少数派ではないかな。王になるべきではないと思われる王族を、民自ら排斥できる。それも合法でな」

「……っ!?」

「これもあまり知られてない様だが、この国には王族の殺害に関して罰則がない。面白いだろう? 初代が作り、絶対に変えてはならぬ法として定められている。曰く、『民に殺される王など必要ない』との事だ」

 ステンの知らなかった継承戦争事情に、言葉を失います。

「確かに他にも良き政治体制はあるのだろう。だがこの国は大戦以後に建国されて以降この魔法で回って来た。自慢ではないがこの国ほど腐敗の少ない国家は、この大陸にそうはない。継承戦争の度に、政府内の人員が刷新されるせいであろうな。故に、このままで良いのだ。いずれ王が不要になった時の為にもな」

 完全に納得出来たわけではないですが、さりとてザウルの意志を覆せる様な物も、ステンにはありません。不幸の連鎖を断ち切れるのならとステンは思っているのですが、ザウルはこれを不幸だと捉えていないとハッキリと言われてしまったからです。

「魔法少女殿。任せて良いか?」

「あ? ああ。もう良いのね。話が長いから退屈しちゃってたわ」

 う~んと一つ、大きく背伸びをして気合を入れ直します。

「じゃあパパっと済ませちゃいましょ」

 そういってまじょっこはステンの元身体へと歩み寄り、ステッキでコツンと叩きます。

 すると、ステンの元身体がピンクの光に包み込まれます。

 そして全身がピンクの輝きを放ち始めると──

「そーれ! どっかーん!」

 の合図でステンの元身体は浮き上がり、謁見の間の天井近くで盛大に爆発しました。

 とは言っても、爆音も爆風もありません。

 ステンの元身体はピンクの光の粒となって、花火の様に弾け飛んで消えて行きました。

「あー…………。綺麗だったな……」

 後にはステンの乾いた笑い声だけが残っていました。

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