五章 その②
「こ……殺したのか?」
力なくユーシャに抱えられる少女の姿を見て、ステンは恐る恐る訊ねます。
「こんな奴でも仲間だからな。そうそう簡単に殺したりはしないさ。世界と引換くらいじゃあ仲間は譲れない。もちろんステンもだぞ」
バチコンとウインクを投げますが、ステンに嫌そうな顔をされただけでした。
「取り敢えずこいつの事は後回しだ。何はともあれ脅威は去った。ステン。締め宜しくー」
「え? あ……」
隕石の脅威がなくなり、ユーシャも無事に戻って来た事でホッとしていたステンはすっかり忘れていました。
自分たちの足元には万を超す群衆が居る事を、です。
巨大隕石を降らせて世界を滅ぼそうとしている──様にしか群衆達には見えません──魔法少女を倒した勇者を引連れる、超絶美形の王位継承権者。即ちステンの姿に人々は涙を流して感謝の言葉を叫んでいました。
正直何もしていない身としては、その有り余る賛辞の嵐に居た堪れない気持ちで一杯でした。
「ホレ。お前が何か言わないと収集が付かないぞ」
「うぅ……」
ユーシャに背を押され、群衆達にその姿が良く見える様に一歩前へ踏み出します。
足が竦みます。決して高さの所為ではありません。
それでもキッと前を向き、力強い笑みで群衆達を見下ろします。
「勇者様達の活躍により! 悪しき魔法少女の脅威は去った!」
「おおおおおおおおお!」「ステン! ステン!」「勇者さまー!」
「しかし! 王都の負った傷は計り知れない!」
「そうだ」「そうだそうだ」「魔法少女を血祭りにしろー!」
「この傷は魔法少女の物か? 否! 皆の弱き心だ! 危機に抗い、立ち向かおうとしなかった。あまつさえ、他人を傷つける事で自身の恐怖を紛らわそうとした、その結果だ!」
ステンの強い非難の言葉に、群衆達はしんと静まりかえります。
「でも、だからこそ! やり直そう! 醜い心は曝け出した! そこには善なる光もあった! 今一時は遺恨は横に置いておけ! 手を取り合い王都を復興させるのはあなた達自身だ!」
そうは言っても、直ぐにはいそうですかと、好き放題暴れていた連中と手を取り合うなど出来よう筈もありません。
そんな事はステンにだって分かっています。
しかしそれでもステンは叫び続けます。
「皆同じだ。何も違いやしない! 誰もがどちらになっていてもおかしくなかった! 私だってそうだ! だが私には幸運にも彼らが居た! そうでなければ……」
死の運命に抗う事も、受け容れる事も出来ず、ただ逃げ続けていただけの日々でした。
それは今もまだ変わっていません。
人は殺したくない。
勿論、殺されたくだって……ない。
死にたくない。
生きていたい。
でも……その為に誰かを犠牲には……したくない。
彼が、アストラが現れなければ、きっと逃げ続けたまま無意味に死んでいただろう。
ステンは今この時、逃げるだけの日々に終わりを告げ、一つの決断を心の中で下しました。
全ては、あの人外達から早く解放されたいがためでした。
いい加減ユーシャに振り回されるのも、この慣れない口調も、心にもない言葉を混ぜながら喋るのもしんどくなって来ていました。
「近い内に当代の継承戦争に終止符を打つ! 新たな王の下、皆の力を貸してくれ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その言葉は、群衆に自分が王位を継ぐと宣言するかの様でした。
事実、その場にいた誰しもがそう受け取りました。
国を、王都を、自分達を救ってくれたステンの、王位奪取の宣言は群衆の歓喜によって迎えられました。
「「「スーテーン! スーテーン!」」」
群衆達に一度大きく手を掲げて応えると、ステンは身を
ユーシャとキョウソを付き従え、王城へと向かうその姿は正に新たな王の誕生を感じさせるものでした。
群衆達の喝采は、ステン達の姿が王城に消えるまで鳴り止む事はありませんでした。
◇
王城の謁見の間にザウルは居ました。
玉座にどっかりと座ったまま、戻って来たステン達を迎えます。その視線は睨み付ける様に鋭い物でした。
ザウルの側には
ドレンは陰のある表情で俯き勝ちに下手に立ち、その背後にはオヨメがそっと控えています。
そしてここに、ヴェンストの姿はありませんでした。
軟禁されたままな訳でもなく、呼ばれていない訳でもありません。彼はもうここに来る事が適わないためです。
ヴェンストがどうなったか、その結末を誇示するかのように一本の剣が玉座の横に突き立てられていました。その剣から滴る赤が、床にその結末を描き出していました。
ステンはその剣から、血から、目を逸らせずにいました。
冷や水を浴びせられた様にステンの心は一気に冷えてしまいました。
この事で、ステンは自分が多少なりと興奮状態にあったのだと知る事が出来ました。
群衆達からの熱烈なコールは、その気のなかったステンをも熱くさせていたのです。
「御苦労だったな。国の窮地を救ってくれたこと、感謝する。褒美は望む物を与えよう。私に出来る範囲でだがな」
ザウルの第一声は
その言葉にステンは反射的にその場に
ユーシャとキョウソは全く
「お……恐れ入ります……」
血の演出と、王たるの威厳を前にステンは委縮してしまっていました。
完全にザウルのペースでした。
全てザウルの計算であり、演出です。
国を救い、民を救い、今最も信任篤いステンに対抗するための苦肉の策でした。
「殿下、一つ宜しいでしょうか……?」
ステンは恐る恐る口にします。
「かまわん。申せ」
「ヴェンスト殿下は今どちらに……?」
分かっていながらも、聞かずにはいられませんでした。
「あ奴は死んだ。この私の手でな。他の
ザウルは血に濡れた剣を手に取り立ち上がると、ツカツカとステンの前まで歩み寄ります。
そして──、思わず顔を上げたステンの喉元に刃を突き付けます。
「この剣で奴の心の臓を貫き、後に首を刎ねた。信じられぬというなら首を持ってこさせようか?」
冷徹な笑みを浮かべステンに語り掛けます。
「今度はその剣で、わ……私も斬られるのでしょうか……?」
「そうしたいのはやまやまだがな。後ろの勇者殿がそこまでは許してくれぬ様なのでな」
ザウルはそう言うと、剣を下げ玉座へと戻ります。
ステンが咄嗟に後ろを振り返ると、ユーシャは素知らぬ顔をしていましたが、両手で抱えていたまじょっこを左手だけで抱き、右手は聖剣──星剣から戻っていました──の柄に添えられていました。
もしザウルが実力行使に及ぼうとしていたなら、ザウルの命は無かった事でしょう。
再びどかりと玉座に腰掛けると、ステンを
「どうすればお主は死んでくれる?」
「……っ!?」
ザウルの直球過ぎる要求に、ステンは息を呑みます。
そこには王に最も相応しい者は自分だという自負がある事を、ステンもまざまざと感じさせられました。そしてステンも、王に相応しいのはザウル殿下の方だと、心から認めていました。断じて自分は王の器ではないと、自信を持って言い切る事が出来ます。
「殿下──」
「おっと。その前に一つ、俺の方から良いかな?」
「アストラ!」
言葉を遮られたステンが非難の目を向けます。
「お前にも関係ある話なんだが?」
「聞こう」
ザウルがそう答えると、ステンもそれ以上は言いませんでした。
「その前に……ちょっと失礼」
ユーシャは左手で抱えていたまじょっこの、膨らみに乏しい平坦な胸に、無造作に右手を当て瞬間的に強い魔力を送り込みました。
すると──
ポンっ!
と、背中側から紫の羊が、何かに押し出される様にして飛び出してきました。
カルちゃんです。
カルちゃんは何が起きたのか分からないのか、周囲をキョロキョロと見回しユーシャに目を留めます。
「あっ! ユーシャ! 何も殺す事はないだろカル! 確かにちょっと世界を滅亡させかけたカルけど、何も殺す程の……殺す程の……いや、殺す程の事カルけど!」
カルちゃんは短い葛藤の末、軌道修正しました。
「そこは仲間じゃないカルか!」
「おう。だから殺してないだろ。まじょっこが死んでたらカルちゃんだって消えてるだろ?」
「はっ! 確かにそうカル。とんだ勘違いをしていたカル。すまないカル」
カルちゃんは非を認めると素直に謝りました。
「気にしてねーよ」
「でも確かに星剣でグッサリ心臓さされたカル。何がどうなったんだカル……? はっ! そうかカル! 星剣の刃は──」
「俺の斬りたいモノだけを斬る事も出来る。物体のある刃じゃないからな。だからジャッジメントモードになったまじょっことカルちゃんの繋がりだけを切った」
カルちゃんに肝心な所を言われる前に、ユーシャが遮って言い切りました。
「俺の予定ではカルちゃんがコロンと出て来るはずだったんだが、まさか強制解除で融合したままどっちも意識を失うとはな」
「何か確信があってやった訳じゃないのカルね……」
呆れた様子のカルちゃんに、ユーシャは本題を切り出します。
「ところでカルちゃん。まじょっこを起こせるか?」
「どれどれカル」
カルちゃんは前足を布を被ったままのまじょっこの額に乗せて意識を集中します。
「…………。電池切れの所を外部電源で無理矢理動かしてた処で突然断線しちゃって全部落ちちゃったって感じカルね」
「ふむ……。さっぱり分からん」
カルちゃんの解説に首を捻っているのはユーシャだけではなく、キョウソ以外の全員が頭に疑問符を浮かべていました。
「魔力を補充すれば大丈夫ってことカル」
そう言うとカルちゃんは自分の身体に貯蔵されているまじょっこの魔力を、本来の持ち主であるまじょっこへと流し込んで行きます。
すると間もなく──
「う……うん……?」
とまじょっこに反応がありました。
「よう。目が覚めたか? 色んな意味で」
「はっ……! あんた良くも殺してくれたわね! 何も殺す事ないじゃない!」
今気が付いたとは思えない程の勢いでまじょっこが怒りの声を上げます。
「カルちゃんに悪い影響が出ている様だな」
何故か深刻そうな顔をするユーシャと、何故か目を背けるカルちゃんがいました。
「はあ? 何の事よ? そんな事どうでも良いから、私を殺した事を謝──痛っ!」
あまりの羞恥に耐え切れなくなったカルちゃんがまじょっこの頬をぶん殴っていました。
「なにすんのっ!」
「止めてくれカル! 恥ずかしくて死にそうカル……」
「はあ? どういう……こと……?」
カルちゃんにぶん殴られて少し冷静さを取り戻したまじょっこは、キョロキョロと周りを見回します。ついでに自分の格好と妙に視界が狭い事にも気が付きました。
「あ……あははー……。うん。なるほど。おーけー。大体把握した……」
まじょっこは回復した魔力でステッキを取り出し構えます。
「変・身☆」
カッ! とステッキが光り、ピンクの光がまじょっこの身体を包み込み、衣装を変化させていきます。それはジャッジメントモードへの進化と良く似ていました。
光が消えるとそこには、フリフリで全体的にピンクな衣装に身を包んだまじょっこ(頭部に布)が決めポーズを取っていました。
「愛と平和の魔法少女! ピンキーマリー! 素顔は秘密だから許してね♡」
その前口上にユーシャ達以外の人達は呆れ顔でしたが、まじょっこは全く気にしていません。
「って邪魔ぁっ!」
ビターン!
いい加減鬱陶しい顔に被せられている布を剥ぎ取り、床に叩き付けます。そのついでに、必要のなくなった認識阻害の魔法も解除してしまいます。
「で? 私に何の用なの?」
わざわざ起こしたという事はそういう事なんでしょと、まじょっこは悪びれた様子もなく堂々としています。
「どういう魔法か知らんが、こいつらに掛けられてる魔法を解いてやれ」
ユーシャは単刀直入に用件を話しました。
お願いではなく命令系でした。
魔力からまじょっこが掛けた魔法だという事はハッキリとしています。掛けた本人に解かせるのが一番確実で手っ取り早いと考えるのは自然な事でした。
「ああ。それね。ごめん無理。てへ☆」
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