五章 その①
「わあああああああああああああああ!」
空からゆっくりと降下してきた光球を、王城前の広場に集まった群衆は大歓声で迎えました。
巨大隕石が砕けて行く様は地上から遠視の魔法や望遠鏡などでも観察する事ができ、その様子は逐一報されていました。
光球は群衆より少し高い位置で停止すると、球形を解除し宙に浮かぶ光の板に変形します。
光球の中からステンの姿が現れると、群衆の歓声は更に大きくなります。
お腹の中から体全体を震わせる様な大音声に驚いたステンは、見るからに狼狽した様子でアワアワと周囲を見回しますが、誰も助けてくれそうな人は居ません。唯一残っていたキョウソも黙して語らずの姿勢を崩しません。この場の主役はステンだと理解しているからです。唯一助け舟を出せたはずのユーシャは、隕石騒動の原因となった魔法少女を追って行ったきりまだ戻ってきていません。
「スーテーン! スーテーン!」
そんなステンの様子を見ても、ステンの名を叫ぶ声が止む様子はありません。
一向に収まる気配のないステンコールに、ヤケクソ気味にステンは手を振り返して応え、熱狂が収まるのをただ待つより他ありませんでした。
姿を現しているのはこの二人だけです。行きの時の半分となっているのに、狂熱に踊る群衆の殆どはそんな事には気付いた様子もありません。
「少なくない?」「勇者様は?」
など、この事に気付いた冷静な人達も少ないながら居ましたが、ステンの名を叫び続ける群衆の中でその疑問は何の意味も持ちませんでした。
減った二人の内の一人、オヨメはというと、人知れず先に地上に優雅に舞い降りると、直ぐに愛しのドレンの許へと戻っていました。
今もドレンの傍に控えながら一緒にステン達を眺めていました。
当のステンはもうヤケクソの様な開き直った表情で、群衆に向かって大手を振っています。
キョウソはその少し後ろに控えながら、周囲を警戒している様子がオヨメには容易に見て取れます。
「セレーネさんはあそこに居なくて良いのか?」
こんな所にいるべき人物ではないだろうという意味も込めたドレンの疑問に、オヨメは即答します。
「私が居たい場所はドレン様のお側でございます」
「そ……それは光栄だな……」
国を──世界を救った栄誉よりも優先される。そんなオヨメの愛をドレンは正直受け止め切れては居ませんでした。余りにも自分とは掛け離れた次元の存在だと理解してしまったドレンは、オヨメを自分の側に縛り付ける様な事は世界にとって最大の罪悪だとすら感じる様になっていました。
そんなドレンの内心を知ってか知らずか、オヨメはただ幸せそうな笑みを浮かべてドレンの側に
さてもう一人のユーシャはと言いますと、落ちて行くまじょっこを追っかけていました。
このままでは墜落死してしまうから助けに向かっている……何て事はありません。
ここまで抵抗する以上、しっかり捕まえておかないとまた何をしでかすか分かった物では無いためです。つい先程油断して逃げられたばかりでもありますし。
自由落下で落ちて行くまじょっこをユーシャは宙を蹴って加速しながら追いますが、まじょっこが垂直落下しているため、横移動で空気抵抗を強く受けるユーシャは思った様に追い付けずにいました。
「くそっ。ちょっと弾き飛ばし過ぎたか。それにしても──」
まじょっこの落下姿勢が妙に綺麗なのが気になります。
「あいつまさか……」
ユーシャの懸念は的中していました。
まじょっこは少しでも時間を稼ぐために敢えて大きく吹き飛ばされる事で距離を取り、更に出来るだけ流れに対する面積を小さくする事で落下速度を極大化していました。
魔力が尽きて空中で移動も加速も出来ない中で、最大限の時間稼ぎでした。
「カールーちゃーん! やるわよ」
有無を言わせぬ口調で、胸にギュッと抱締めているカルちゃんに迫ります。
「ハア!? 止めるカル! 離せカルぅぅぅぅぅぅ!」
じたばたと暴れますが、所詮はマスコットです。魔力が尽きたりと言えど、歴戦の魔法少女の腕から抜け出す事など出来るはずもありません。
「
「駄目カルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
カルちゃんの悲痛な叫びも空しく、まじょっこの命に逆らう事は出来ず、カルちゃんの意思とは関係なくそのマスコットのボディが強く輝き始めます。
カルちゃんの輝きが最大に達すると、カルちゃんとまじょっこは自然と重なり合い、まじょっこの体の中へ取り込まれて行きます。
カルちゃんと合体すると、魔法少女の衣装が輝き出し光の粒子へと分解され、まじょっこの体を取り巻きます。光の粒子はまじょっこの周囲を高速で周りながら、頭、体、手、足、と各部位へと収束して行きます。集まった光の粒子は最後にパっと輝くと、新たなコスチュームへと変化していました。その姿は先程までの衣装に比べてヒラヒラ成分の少ない、動きやすそうな──攻撃的な印象を強くしていました。それは覚醒したまじょっこ正義の執行形態、ジャスティスモードでした。
空っぽだった魔力がギューンと充填され、それでもなお無尽蔵に生み出される続ける魔力で限界突破し、溢れ出た魔力がまじょっこの周囲の空間を歪める程になっています。
まじょっこはその溢れ出る魔力をぎゅっと
そのステッキを二度三度、クルクルと回転させてキャッチからのポーズ☆
「愛と正義の魔法少女! ジャッジメントマリー! 正義の鉄槌が悪を討つ!」
ババーン!
と完璧なキメポーズを取っていたのは、奇しくもステン達の直上でした。
ド派手な変身シーンとキメポーズで突如現れた魔法少女に驚いたのは群衆だけではありません。その真下に居たステン達も驚いた様子でパワーアップしたまじょっこを見上げていました。
突然の魔法少女の乱入で、それまで全く止む気配のなかったステンコールが鳴りを潜め、ざわざわと不安気な声で満ちて行きます。
魔法少女と言えば本来は平和の守護者、正義の味方、全少女達の憧れです。さっき本人も「愛と正義」と名乗っていましたね。ですが今の彼等にとって魔法少女とは恐怖の対象でしかありません。かの隕石の魔法少女と同一人物かどうか、地上に居る群衆には肉眼で確認する事は出来ませんでした。平和の魔法少女か恐怖の魔法少女か、ハッキリしないが故に群衆は逃げ出す事も歓ぶ事も出来ずに、ただ不安を募らせていくばかりでした。
しかしその不安は直ぐに解消される事になります。
はっきりとした恐怖という形で、です。
「この手は使いたくなかったけど……。しょうがないよネ☆」
まじょっこがくるりんとステッキで頭上に円を描きます。
描かれた円はゆっくりと上昇しながら、急速に拡大して行きます。グングン、グングンと広がって行き、王都の空を覆い尽くす程です。
「いっけー!」
まじょっこのステッキから魔力が円へと流れ込むと、円の内側の空間が別の場所へと繋がります。真っ黒な空間にキラキラと光る星が無数に見えるその場所は、夜ならいつでも見られる場所です。
まじょっこが作り出した巨大なワープゲートは宇宙空間へと繋がっていました。
そしてその奥から、円とほぼ同サイズの巨大な隕石が姿を見せていました。
事ここに至って
広場は一転阿鼻叫喚。大混乱の渦の中へと叩き込まれるはずでした。
「心配いらない! オレを信じろ!」
キョウソの魔法で拡大されたステンの声が広場に響き渡ります。
ステンの一喝は一時、恐慌に駆られる人々の思考を停止させました。
そんな中──、
「そうよ。ステンちゃんなら何とかしてくれるわ」
とバットさんの声が。
「そうさ! ステンちゃんには勇者様達が味方してるんだ!」
とステンの御近所の方々がバットさんに追随します。
「そうだ!」「そうだ!」
と声を上げ始めるステンをこよなく愛する西門街の人達が声を上げます。
ステンの名を呼ぶ声が、再び広場に広がって行きます。
思考の空白に、その希望はいとも容易く入り込み、広場の群衆達は先程以上の熱狂をもってステンの名を叫び上げました。
「スーテーン!」「スーテーン!」「スーテーン!」
もう広場から逃げ出そうとする人は居なくなっていました。
ステンの目論み以上に、恐慌はピタリと収まり無駄な死傷者を出さずに済みそうです。
広場から逃げた所で、隕石の被害から逃げる事など出来はしないのですから、大人しくして居る事が最善の選択肢なのです。
とはいえ、群衆の期待に応える力をステン自身は持ってはいません。
ステンは叫びました──。
「アストラのあほ───────────────っ!」
「ギリギリセーフだろ?」
しゅたっと、ユーシャがステンの背後に着地を決めていました。
「遅いんだよ馬鹿ヤロー」
「言う様になったじゃないか」
「こんな事に巻き込まれて、今更依頼主もクソもないだろーが」
「はは。一番の当事者の癖に他人事みたいに言うのな」
「ぐっ……。確かに当事者だけど、こんな事態は違うだろ!」
「はっはっ。そりゃそうだ! 俺だってこんな事態は想定外だしな!」
「談笑するのは後回しにして、さっさとアレを
「おう。しかし……でかいなー。さっきのよりでかくね?」
「倍くらいはありそうですねぇ」
「やれるんだろ? やれるよな? な? な?」
「ん~……お姫様の口付けがあれば頑張れるかもなー。なー? 勇者的に考えて?」
「は? 何が悲しくて男同士でキスしなきゃいけねーんだ。バカなのか?」
「しょぼん」
目に見えてユーシャが落ち込みます。どこか演技臭いですが。
しかし焦るステンは気付きません。
しょぼくれるユーシャと迫る隕石に視線を往ったり来たりさせています。
「あ~~~もうっ! 分かったよ! 後でしてやるよ! でも、頬っぺただぞ! 分かったな!」
「おう!」
シャキーン! と今までの落ち込みようは嘘だったので元気よく立ち上がります。
「……くそっ……。騙された……」
「絶対して貰うからな!」
「分かってるよ! もう何でもいいから早くアレを何とかしてくれっ!」
ステンのやけっぱちな叫びを力に変えて、ユーシャが再び星剣に力を篭めたその時です。
地上から一筋の稲妻が、空を駆け上がって行くのが見えました。
その稲妻は、王城から一直線に空を覆い尽くすワープゲートへと向かって行きます。
「あれは……?」と見送るステン。
「しまった……!」と焦りを見せるユーシャ。
「オヨメさんですねぇ」と解説してくれるキョウソ。
地上の危機、すなわちドレンの危機と
まじょっこが創り出したワープゲートに向かって一直線に宙へ跳び上がって行くオヨメは、
そこらのお店で普通に買える、ごくごく普通のハタキです。
しかし、オヨメが握ればそれはもう普通のハタキではありません。
げに恐るべき凶器──いいえ、兵器と言っても差し支えないでしょう。
勿論、オヨメの力を以てすればハタキで掃除をする事も可能です。
そんなハタキをきゅっと握り締めると、オヨメは巨大ワープゲートの中心に向かってハタキを大きく一振りしました。
するとどうでしょう! ハタキが払った空間に亀裂が生じると、その亀裂は瞬く間に広がり続け、ワープゲート全体にヒビが入ってしまいました。
そして更に追い打ちを掛ける様にもう一振り。
ヒビの入った空間は砕け散り、風に飛ばされる砂の様にワープゲートは跡形もなく掻き消されてしまいました。
「オ~ヨ~メェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
恨みがましいまじょっこの叫びが空を駆け抜けます。
その声に反応したのかどうか、事も無げにワープゲートを破壊したオヨメはまじょっこへと振り返ります。
オヨメがまじょっこを見る目には明確な一つの意思が篭められていました。怒りです。
「少々おいたが過ぎたわね……」
再三に渡るドレンへの攻撃にオヨメのリミッターは疾うに振り切れていました。
まじょっこはドレン個人など狙ってはいませんが、オヨメにはそんな事は関係ありません。
ドレンに害が及ぶ。イコール、ドレンへの攻撃と解釈されるのです。むしろそれ以外の被害など全くどうでも良い事です。国が滅びようが、大陸が消滅しようが、人類が滅亡しようが、です。
その本気の怒りの篭った視線に、さしものまじょっこも一気に血の気が引いていました。
無限の魔力も、ジャスティスモードも、オヨメを敵に回しては雪山に裸で放り出された様な心許無さです。
「あ……これはヤバい奴だわ。マジコロサレルヤツダワ……」
オヨメの怒りはドレンに仇為す者を滅ぼすまで収まりそうにはありません。つまりそういうことになります。
「元仲間の
もう「元」とか言われてしまっています。完全に敵として認定されてしまっています。
「おおおおぉぉぉぉぉ……」
どうするどうすると思考を駆け巡らせますが、そうそう良い案など出ては来ません。
ドレンを狙った魔法を繰り出してオヨメに庇わせ、その隙を付いて倒す。オーソドックスな作戦が真っ先に浮かびましたが、光の速度より速く却下しました。どう考えても、ただ火に油を注ぐだけです。そんな小賢しいやり方で倒せるのなら何の苦労もない事は、これまでの経験から良く知っています。
オヨメを倒すなら力で正面から打勝つより他に方法はありません。
ただ、それが出来るならとっくにやっているというお話です。
こうなったらもう、ユーシャに協力して貰って戦うか──現状を考えて無理筋なのは明らかなので却下です。
となれば、ユーシャに協力して貰ってオヨメに殺される前に、良い感じに倒して貰ってオヨメの溜飲を下げるのはどうだろうかと思案したまじょっこは、この案は案外悪くないぞと、うんうんと一人頷いています。
早速ユーシャに協力を要請すべく思念を魔法で飛ばします。
〈ユーシャ! 降参するからオヨメより先に──〉
あんたが良い感じに私を倒してと、そう伝えるハズでした。
しかしもう、その必要はなくなっていました。
まじょっこがオヨメに気を取られている隙に近付いたユーシャが、星剣の刃をその小さな身体の中心に突き刺していました。
「──へ……?」
背中から胸へ、突き抜けた刃をまじょっこは見つめ小さく笑います。
「はは……。やってくれたわね……ユー……シャ……」
心臓を貫かれたまじょっこは、あっという間に力を失って意識を手放しました。
全ての力を失い変身の解けた少女を抱き留め、万一にもその素顔が人目に触れない様に認識を阻害する魔法を掛けた上で、適当な布も被せておきました。魔法少女の掟とやらで、仲間以外に正体を知られると魔法少女としての力が失われてしまうためです。
とは言え、死んでしまえば正体を知られ様が知られまいが大した差はありませんが、魔法少女の正体をわざわざ暴露する様な露悪趣味もないということでしょう。
「あら。別に命まで取らなくても良かったのに。ちょっと地獄を巡って来て貰うだけのつもりだったのに。残念」
オヨメはそう言い残すと、死んだまじょっこにはもう興味はないのか、さっさとドレンの許へと戻って行ってしまいました。
「ヤレヤレ……。──ったく、世話の焼ける奴らだぜ……」
動かなくなった少女を抱えて、ユーシャはステン達の所へと戻って行きました。
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