第21話 未来の大商人

5-6 リポリ

統一歴0年7月29日

○カガヤ・セイジロウ


 地平線まで続く長大な道の両端には収穫を待つ麻畑が広がっている。刈り入れの準備をしている農民達の顔には余裕の笑みが浮かび、歌まで聞こてきて非常に楽しげだ。


 コトを出発してすでに一ヶ月。マーロ領であるロイカに入りこの道を進むことで大幅に旅程が短縮されている。ロイカがマーロの領土になってまだ三ヶ月も経っていないにも関わらず、この発展。アキツ様や父の勘は正しかった。未熟者の僕にでも分かる。


 マーロはこれからさらに発展していく。


 カガヤ家は、初代アキツ・ジローの頃より続く商家だ。アキツ家の征領に物資の補給で付き従い、財を成した。父はその4代目、僕は5代目に指名される予定になっている。


 このマーロ視察をやり遂げることで、晴れて本当の5代目候補になることが出来る。カガヤ家に跡取りは僕一人なのだが、若気の至りでやらかしてしまい、一度候補から外されている。


 物心ついた頃から、アキツ家、カガヤ家の初代達の英雄譚を聴いて育ってきた。才気溢れる英雄達の物語に眼を輝かせ、その4代目にあたる父のように自分も力を発揮していくのだと信じて育ってきた。


 10を過ぎた頃、商家の同世代の子供達と自分を比べるように、比べられるようになって、気付いた。


 僕に、たいした才能はないのだと。


 人よりも理解が遅く、一つの物事を覚えるのに倍の時間がかかった。運動能力に至っては他人の半分にも至っていないかもしれない。


 父や周りがそのことを咎めたわけではない。ただ、自分自身が耐えられなくなったのだ。自分の才能が期待に添えないという事実は思っているよりもきつい。自暴自棄になり、家の金を無断で使い、遊び呆けるようになった。


 2年前の夏、見かねた父に呼び出された。道を踏み外した僕に、それでも父は優しく根気強く説き伏せようとしてきた。


 心の中を埋め尽くす申し訳なさ。跡取りが自分でなければ、もっと能力のある子供であれば、この尊敬する父親にこんな失望を味合わせる必要もなかったのに。


「僕が生まれてこなければよかったんだ!いや、僕を廃嫡してもっと優秀な人間を跡取りにしてくれればいい!いっそせいせいする!」


 思わず口に出た暗い想い。


 この時、生まれて初めて父に殴られた。人に殴られたこと自体が初めてだった。そして、父が泣いているのを見たのも。


「そのような事!!!二度と言うな!!お前がいるから!私は死にもの狂いで働くことが出来る!今の私がいるのは!お前のおかげなんだ!お前のおかげなんだよ!!!二度と!二度と私の前で自分を卑下するな!」


 あの父が声を荒げている。その言葉に嘘や誤魔化しは見当たらなかった。いつのまにか頬を伝う涙に驚く。傷つき、泣くことすらしていなかったのか。


 その日、久しぶりに父の腕の中で、大声で泣いた。


 全てが吹っ切れた。才能もなければ人望も失った。完全に何もない。僕に許されるのは、がむしゃらな努力だけだ。


 頭が悪いから人の3倍勉強した。分からないことは頭を下げて聞くようになった。自分を守るための誇りなどゴミのように捨て去った。


 運動はするだけ無駄だからやらなくなった。自分に才能がないと認めてみると努力がとても楽なものになった。


「お前には努力の才があるな。」


 久しぶりに父から出た褒め言葉、涙を堪えるのに必死になった。こんな僕にも、才能があったんだ。


 そうして2年、後継候補にまで戻ってくることができた。父と共に訪れたコトの王城で、アキツ様からマーロの調査を命じられた。


4-6 マーロ

統一歴0年8月2日


 マーロの領都は想像以上に栄えている。コトのような洗練された栄華ではない。荒削りながら、これからの繁栄を予感させるような熱気が都を覆っているのだ。


 領主館の目の前に建っている巨大な建造物には大きな時計が備え付けられている。コトですら民に時計を共有出来てはいない。その意図は商人の端くれだから分かる。正確な時の共有は物事を円滑に進めるはずだ。


 領都の至る所でたっている屋台では見たこともない食べ物が売られている。試しに一つ食べてみたパンは今まで食べたどれよりも美味かった。食物ゆえに交易品にならないのが残念なほどだ。


 そして何より、至る所で聞かれる領主バルディへの賛辞。この半年で急激にその力を伸ばした秘密は誰も知らないが、3月に生まれた息子が神子であるという噂を仕入れることができた。何か関係がありそうだが、流石にそこを探るのは難しいだろう。


 コトの商会の跡取り、という肩書きが効いて領主館を訪れることができた。対応に出てきたのは領主ではなくジモディという小男だ。


「コトからわざわざのご来訪、誠に有難う御座います。で、早速ですがどのようなご用件でしょうか。」


 気鋭の領主の出迎えとしては覇気のない男だ。横にいる美しい女性の方が堂々としている。


「急な訪にご対応いただき、有難うございます。特に大きな理由はないのですが、これから発展するであろう領都を当商会としても捨て置けず足を運ばさせていただきました。可能であれば商いの許可を頂きたいのですが。」


 こちらが探りを入れていることくらい理解しているだろう。当たり障りのない答えで返しておいた。流石に商いの許可は出ないだろう。


「それは行幸!まだまだ発展途上の領です。大商会が出店していくれるのであれば願ってもないことです。すぐに許可を出すよう手配いたします。」


 許可するのか!?領主の度量が大きいのか?こいつが馬鹿なのか?自領の商人を保護しないのか?我が商会が出張れば小さな商会など相手にはならないはずだが?


「怪訝な顔をされていますな。なに、我が領は特殊ですからな。対等に商いが出来ると思いますよ。」


 しまったな。顔に出てしまったか。しかし、対等とは。甘くみられたものだ。まぁ、調査の副産物のようなものだ。有り難く頂いておこう。


「有難い申し出です。マーロの繁栄に寄与できるよう尽力いたします。」


 すぐに許可証の発行をすると部屋に一人取り残されてしまった。


 突然目の前に強い光が現れた。部屋の中を光が埋め尽くす。声が、出せない。


『コトの商人か。こちらを探りにきたんだろうが、ちょうどよかった。アキツ・ジローという男、一度会ってみたかったんだ。伝手はあるか?』


 頭の中に言葉が流れ込んでくる。なんなんだ、これは。


「アキツの王とは父が懇意にさせて貰っている。お前は、何者だ!」


『それはいいな。じゃあ、帰ったら、シラオカイチローが会いにいく、と伝えてくれ。・・・これが通じるか、秋山さん。』


 最後は独り言のようだが、シラオカイチロー?こいつの名か?聞いたこともない名前だ。


「分かった。伝えるだけ伝えておく。で、お前は何者だ!!!」


『まぁ、それはおいおい分かる。それより、お前、なかなか良い才を持ってるじゃないか。』


 その言葉に古傷が抉られる。


「才だと!?ふざけやがって!何が才だ!!!お前に何が分かる!隠れてないで出てこい!ぶん殴ってやる!」


『おいおい、何怒ってるんだよ。お前、賢者の資質があるだろ?魔法の適性が高いし、魔力の質もいい。ほぼ全属性の魔法が使えるだろうに。』


ん?魔法?

いや、魔法なんて試したことないが?


『え!!?何キョトンとしてんの?いや、魔法!!!えっ?使ってこなかったの???まじか!!!もったいねぇ!!!』


「お、お、俺は商人だ!魔法なんて使うわけないだろ!」


 何を言ってる?魔法の才能?俺に?たしかに試すことすらしなかったが。


本当に?あるの?才能?


『いや、商人でも魔法使っていいでしょ!使えるんだから!お前、運動能力は低いけど、魔法の方は抜群だよ?あと、商人としては普通?とりあえずなんか魔法使ってみろよ。使えるはずだから。』


商人は普通ってなんだ!!!

魔法!?

使えるわけないだろ!


 まぁ、物は試しだ。乗せられてやる。とりあえず、水魔法でいいか?右手に魔力を集めて、水出てみろよ!!!出るわけないだろ!!!


水出たーーーーー!!!!!

そこそこ勢いよく!

出たーーーー!!!


あ、魔法適性が高いから、運動能力低かったのね!!!

気づかなかったーーーーーーー!!!!!

まじ、そこそこ人生損したーーー!!!!!


『ほら、出るじゃん。とりま、魔法の勉強しとけよ。あと、商人としての才能も上乗せしとくから、ちゃんとそっちにしかないもの持って来いよ。』


あ、なんか力が流れ込んできたーーー!!!

うわ!すごい!!!

頭の中、すっきりーーー!!!


『じゃあ、言伝忘れんなよ。』


 そう言って光が消えた。なんだったんだ、あれは。意味がわからない。ただ一つ確実に言えることがある。


マーロの発展、あいつだーーーー!!!

あいつがやってるーーー!!!


 急いでコトに戻ろう。カガヤの後継は僕だ!さっさと継いで、マーロに支店を出そう。もちろん僕が自ら移り住む!!!憧れていた英雄譚は絶対こっちにあるから!

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